第23話被告アムンゼン プロローグ

「ああ、テイル先生。お待ちしておりました。今回はその……いつにも増してテイル先生のお越しを待望してまして……」


 牢屋番のポチが俺を発見するといそいそと駆け寄ってくる。まさに忠犬である。かわいい奴め。


「今回の被疑者はアムンゼンと言うんですがね、なんでも自宅に大量に自分の、その、おしっこを保管していたらしくて、それで近所からの苦情がエスカレートして逮捕となったみたいなんですが。『牢屋でも自分のおしっこを保存させろ。さもなければ、人権侵害で訴える』なんて言い出すんですよ」


 ポチがため息をついた。


「まったくもう、牢屋に閉じ込められた囚人は人権を無視されるなんて、いつの時代の話なんですか。この国は、とっくの昔に『被疑者のうちは罪が確定していないから、無罪として扱われる』という近代法の思想が行き渡っていると言うのに。テイル先生、牢屋と言ってもですね、水洗トイレも完備されていますし、下手なホテルよりも快適なくらいなんですよ。あのカポネさんも、『ポチ君だったね。君のおかげで快適な牢屋生活を楽しめた。あたしは借りは返す女だ。困ったことがあったらなんでも言ってくれたまえ』なんて言ってたんですから」


 カポネのセリフは、警察官に自分を頼らせて恩を売り自分の手駒とするためのものか、あるいは『君には世話になったね(ニッコリ)』的なお礼参りの時の定番セリフだと思うのだが……純朴なポチは言葉通りにしか受け取っていないようだ。まあ、それくらいのいい意味でのバカでないと牢屋番なんて務まらないのかもしれないが……


「しかしだねえ、ポチ君。聞くところによると、今回の被疑者はなかなかの美少女らしいじゃないか。そんな美少女が、ポチ君の管理する牢屋で、例えばペットボトルにおしっこを溜め込んでいると言うのは、なかなかいいシチュエーションじゃあないのかい」


「いやまあ、たしかにアムンゼンさんは北欧出身で、その肌の白さとか、髪の毛の銀髪っぷりとかはグッときますけどね。そうそう、瞳がきれいなブルーアイなんですよ。やっぱりこう、太陽の光が届かない北国育ちの幸薄さがたまらないって言うか……って、何を言わすのですか、テイル先生。たしかにアムンゼンさんは美少女ですが、だからって、そのおしっこでどうこうするほど自分はハイレベルじゃありませんよ。ほら、ガリレオさんも何か言ってやってください」


 ポチが俺に同行していたガリレオに助けを求める。と言っても、ほとんどポチが自分からぺらぺら喋ったようなものなのだが……だが、それにもかかわらずガリレオは俺に白い目を向けてくる。


「テイル先生。わたしは先生のことは科学者としては尊敬していますけれど、今の発言はどうかと思いますが。そんな、あったこともない女性のおしっこがどうのこうのなんて……そう言うことは、もう少しお互いがお互いを理解しあってからの方が……例えばテイル先生とわたしのように……」


 ガリレオが何やら言っているのを俺はあえて無視してポチに確認する。


「トイレがどうなっているかはわかったけどね、ポチ。食事の方はどうしてるんだね」


「当然きちんと配慮していますよ、テイル先生。アムンゼンさんがどんな宗教や主義思想を持っていようが対応できるのがわが警察の理念ですから。そんな、人権侵害だなんて断じてそんなことは」


「で、肝心のおしっこはアムンゼンさんはどうしているんだい」


 俺がそう質問すると、ポチはとたんに口をモゴモゴとさせる。


「それはその、支給されたお茶のペットボトルに、その……」


「ため込んでいると言うわけかね」


「ですがね、先生。水分の支給はペットボトルでって規則になってるんですもの。しょうがないじゃないですか。たしかにアムンゼンさんはまだ被疑者ですがね、それでも常時水道を使い放題というわけにはいかないんです。牢屋を水浸しにされても困りますし、濡れタオルで自殺をしようとする人間もいますしね。まさか、アムンゼンさんにトイレの水を飲めっていうんですか。テイル先生いくらなんでもそれは……」


 ポチが俺で良からぬ想像をしているが、そこを俺が押し止まらせる。


「落ち着けよ、ポチ。なにもポチの対応が悪いと言っているわけじゃあない。むしろ、今回の裁判でポチの対応が正当なものだったと賞賛されるだろうな。問題があるとすれば、前回のカポネさんを収監した際に、ポチがいろいろ便宜をはかったことかな」


「な、何をいうんですか、テイル先生。人聞きが悪いなあ。冗談はよしてくださいよ」


「どうせ、カポネに『看守さん。いちいちトイレを使ったら便水願いますなんて言わなくては水も流せないんですの』なんて色気たっぷり迫られて、なんやかんや融通を効かせたんだろ。まったくもう」


 俺に図星をつかれてあわてふためいているポチを放っておいて、俺はガリレオと牢屋に入れられているアムンゼンのもとに向かうのだった。

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