第22話被告アムンゼン イントロ実験

「テイル先生。なんだかとっても寒いです。ここはいつものスタジオなんでしょうか」


「まごうことなきいつものスタジオだよ、ガリレオ君。ちゃんと、防寒具のコートやマフラーや手袋。それに使い捨てカイロや体のシンから暖まるためのウイスキーなんてのも用意してある」


「それを早く言ってください、テイル先生。なんで前もって今回のイントロ実験は寒い中収録するよって言ってくれないんですか。防寒具を着込んで、カイロをあっためて、それからウイスキーをキュッと……」


「やっぱり、ウイスキーはダメだ、ガリレオ君。こんなものはこうしてしまおう」


「あ! なにするんですか。わたしのウイスキーを取り上げないでください、テイル先生。返してくださいよ」


「うるさい。前回の収録で、ガリレオ君がだらしなく酔っ払ってしまったのを忘れたのか。ガリレオ君みたいなお子様には、スピリットが強い蒸留酒は早かったようだな。ビールやワインのようなジュースみたいなお酒がガリレオ君にはふさわしい。というわけで、このウイスキーは俺が飲んでしまおう。お、都合よく極寒のスタジオにいい感じの氷があるね。ここはひとつロックで楽しむとしよう」


「テイル先生、ずるい。テイル先生がそんなにおいしそうにウイスキーをやっちゃったら、わたしまでのどがかわいてきちゃいましたよ。あれ、でもなんでですかねえ。暑いとのどがかわくのはわかりますよ。汗をいっぱいかきますからね。でも、寒いとのどがかわくのはなんででしょうか」


「ほほう、いい質問をするじゃないか。さすがはガリレオ君だ」


「へへへ、どうもありがとうございます、テイル先生。それよりも、こんなに寒いのにどうしてわたしはのどがかわいているんですか、教えてくださいよ」


「それはね、寒いと体の表皮からどんどん水分が蒸発していくからだよ、ガリレオ君。このスタジオの現在の気温は、氷点下にまでなっている。ところが、人間って言うのは恒温動物だからね、ガリレオ君の体温は三十六度から三十七度程度のはずだ。で、ガリレオ君の直に外気に触れている部分の空気は氷点下だった外気の温度が上昇して、ガリレオ君の体温近くまでなってしまうんだ」


「そうなると、どうしてわたしの体から水分が蒸発することになるんですか、テイル先生」


「それはね、空気には飽和水蒸気量というものがある。簡単に言うと、気温が上がるにつれて、空気中に含まれる水蒸気の限界量は上昇するんだ。となると、氷点下以下の空気は、カラっカラに乾いていると思ってもらっていい。寒いせいでそうは感じにくいだろうがね。その空気がガリレオ君の体温で暖められると、さらにカラカラに乾くことになる。そんな空気にさらされては、ガリレオ君も体内の水分はあっという間に蒸発してしまうんだ」


「そんな、わたしのうるおいのあるお肌がそんな危険なことになってしまっているんですか」


「そうだよ、ガリレオ君。汗をかかないからと言って、体内から水分が失われていないと言うことではないんだ。むしろ、暑い時よりも寒い時こそ水分補給に気を配った方がいい。そうしないと、お肌の問題よりももっと深刻な問題が発生することになるよ。早い話が生命の危機だね。凍死するよりも先に水不足で死んじゃいかねないよ」


「えええ、死んじゃうなんてイヤですよ、テイル先生。どうすればいいんですか」


「簡単だよ、ガリレオ君。水分を補給すればいい。さいわいなことに、この氷点下のスタジオには雪や氷が沢山ある。水の原材料には事欠かないからね。水分の補給ならば経口補給が一番手っ取り早いかな。ああ、でも……」


「それを早く言ってください、テイル先生。それじゃあ、いただきます」


 モグモグ、パクパク


「テイル先生……そのですね、お腹の調子が……大変な危機的な状況であると申しますか……」


「人の話は最後まで聞きなさい、ガリレオ君。『雪をそのまま口にしてはお腹を冷やしてしまう。こんな氷点下の環境ではなおさらだ。真夏の暑い盛りにかき氷を食べるのとではわけが違うんだよ』と忠告しようと思ったのに。ちゃんと、雪を溶かすための燃料となるガスコンロも用意してあったのに」


「だって、だって、テイル先生」


「安心しなさい、ガリレオ君。ここは氷点下のスタジオだ。仮にガリレオ君が大きいものや小さいものを漏らしてしまったとしても、そのお漏らしは急速に冷凍される。つまり、臭うことはないだろう。それに、氷点下ともなると細菌は活動を停止するからね、ガリレオ君のお漏らしが被害を拡大させることはない」


「ちっとも安心できませんよ、テイル先生。あたしが今ここで、収録中にお漏らしなんかしてしまったら、わたしのいろいろなものが台無しになってしまうじゃないですか」


「そうか、なら、ガリレオ君にはオムツを進呈しよう。万が一に備えて、俺は収録前からオムツを履いてきた。ガリレオ君、科学をこころざすならば、不測の事態への備えを忘れてはいけないよ。まあ、今回だけは特別に……」


「!!!」

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