第17話被告カポネ 面会
「おう、テイル先生か。待っとったで。とりあえず、座りいや」
牢屋に入れられているというのに、カポネの威厳はすさまじい。牢屋の中を見ると、さまざまな快適設備がそろっている。ポチがカポネの色気にメロメロにされた結果だろう。
「ご招待されたもので。カポネ様の頼みとならば断れませんよ」
「あたしが頼んだわけじゃないんだけどな。あたしが『弁護されるならテイル先生がええなあ』なんてボソッと言っただけで、こうしてテイル先生が牢屋まで来てくれるんやから……組織のトップにはなるものやな」
カポネクラスになると、ああしたいこうしたいなんて言う必要はないのだろう。誰それが気に食わないといえば、その人物は東京湾にコンクリート漬けにされて沈み、どこそこの賭場がつまらないと言えば、その賭場にダンプトラックがつっこむのだろう。
「それで、テイル先生、あたしは酒が原因でこうしてお縄を頂戴しとるんやけど……じゃあ酒ってなんや」
「エチルアルコール、つまりC2H5OHが含まれている液体ですかねえ。固体の酒というのもなくはないでしょうが……その割合は99パーセントを超えるとこれはもう消毒薬というか燃料でしょうし、1パーセント以下なら少なくとも法律上は酒とみなされないんじゃあないでしょうか」
「さすがテイル先生やな。酒で裁判しようちゅうのにその酒についての科学的知識がないのなら話にならへんからな。じゃあ、その酒はどうやって作るんや?」
「ワインでしたら、市販の百パーセント果汁のブドウジュースに製パン用のドライイーストをパラパラとふりかけて、常温で二、三日放置しておけば発酵でできるんじゃないですか。小学生の自由研究レベルだと思いますけどね。お猿さんが巣の中にブドウを溜め込んで置いたら、お酒になってたなんて言い伝えが由来の猿酒なんて言葉もあるくらいですし」
「ええで、きにいったわ、テイル先生。あんさんはあたしが見込んだ通りのお人や」
「はあ、それはどうも」
カポネのヒットマンの標的になることにはならなさそうだ。
「テイル先生の言う通り、酒なんて簡単に作れるんや。酒が先かパンが先かっちゅうレベルなんやな。酒の歴史は人間の歴史っちゅうてもええくらいや。そんな文化の象徴である酒を、お上の都合で違法になんかしくさって……これやからお上っちゅうのは信用ならんのや。テイル先生、本来ならば酒は重要文化財として保護されるくらいのものやありまへんのか。あたしはその文化を後世に伝えようとしたやけなのに、こんな牢屋にぶちこまれて……」
「落ち着いてください、カポネさん。俺も伝統的な文化を野蛮だの未開だのというように決めつけて排除するようなことは大嫌いです。というわけで、ぜひカポネさんのお力にならせていただきたい」
「ほんまか、信じてええんやな、テイル先生。なにかあたしに力になれることはあるか? 金か? 女か? 牢屋の中にいようとも、あたしがその気になればなんでも用意できるで」
「それじゃあ、とりあえずカポネさんの商品の品揃えをおうかがいさせてもらいましょうか」
俺がたずねると、すぐにカポネがリストを胸の谷間から取り出した。牢屋でも商談がしょっちゅう開かれていたんだろうな。
「なんや、テイル先生も酒がお好きなんか。ええこっちゃ。好きなもの選んでくれえな」
「では、お言葉に甘えて……へえ、ビールやワイン、日本酒だけじゃなくて、ウイスキーやブランデーに焼酎なんてものもあるんですねえ」
「お、テイル先生も強いスピリットのやつが好きなんか、男やな。ビールやらワインやらは先生の言うドライイーストに作らせてしまいやからな。ドライイーストは酵母菌で要は生き物やからな。その生き物が作るものやから、どうしてもアルコール度数が強いガツンとくる酒は作れへんのやな」
「そうですね、ビールやワインといった醸造酒は酵母菌の働きのみで作られるものですからね。エチルアルコールってのは酵母菌が糖分を食べ物として消化した際のおしっこですからね。酵母菌も自分のおしっこまみれのなかでは生き辛いでしょう」
「テイル先生は、あたしのおしっこいらへんか。部下の中にはあたしのおしっこを聖水やってありがたがる連中も大勢おるんやけど」
「テイル先生はそんなものをありがたがったりしません!」
俺とカポネの話にガリレオが顔を真っ赤にして割り込んでくる。そんなガリレオをなだめて、俺はカポネに質問を続けるのだった。
「それで、蒸留で度数の強い酒を作るわけですけれど……カポネさん、度数が九十パーセントとかそんなレベルのお酒ってありますか? ウオッカがジュースに思えるくらいのキッツイやつ」
「あるで、さすがに普通には売っとらへん。特別なお客様のための裏メニューとして用意しとる。スピリタスや。テイル先生ならええやら、ここの牢屋にあるから飲んでいくとええ。それにしても……スピリタスをご所望とは。ますます気に入ったで、テイル先生」
「いえ、俺が飲むのではなくてですね……」
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