第9話被告ウタマロ プロローグ

「あ、テイル先生じゃないですか。お久しぶりです。それにガリレオさんも……お帰りなさい……じゃなくて、このようなむさ苦しいところにようこそおいでくださいまして……でもなくて」


 前回のガリレオ君の事件以来、俺を慕うようになったポチが牢屋で俺にあいさつしてくる。ポチは俺だけでなく、同行しているガリレオにもあいさつしようとするが、要領を得ない。


「いいんですよ、ポチさん。別に気にしなくて」


 ガリレオもこう言っている。牢屋を出るときの看守からの言葉と言えば、『もうこんなところに戻ってくるんじゃないぞ』であり、再開したときの言葉と言えば『またやらかしたのか』が定番だが、この場合そうもいかないだろう。だいたい、たしかにここはむさ苦しいが、そこにうら若い乙女であるガリレオを閉じ込めていたポチが言う言葉かね。


「いやあ、申しわけない、ガリレオさん。それにしても、テイル先生。こんなに早く再会できるなんて、うれしいなあ」


「おいおい、ポチ君。仮にも君は刑事で、俺は弁護士なんだからあんまり馴れ合うと、癒着だのなんだのマスコミに騒ぎ立てられるぞ」


 これはあくまで建前で、俺はポチを利用する気満々なのだが……本音は隠しておくものだからな。


「平気ですよ、たしかに自分はテイル先生のことを心の師匠と思っていますけれど……それはそれとして、弁護士でいらっしゃるテイル先生を先生呼びするのは不自然じゃないでしょう」


「それもそうだけどね……」


「ですが、テイル先生。今回はテイル先生でも厳しいんじゃあないですかねえ。なにせ、国の事業計画に対して、工事予定地で座り込んで反対運動していたところをひっ捕らえられたんですから。いくら基本的人権だのなんだのと言っても、公共の福祉とか公衆衛生と言うお題目で国家権力をかさに着られたら人一人なんて簡単に思想強制場送りにされてしまいますからねえ」


 ポチはそんなことを言うが、俺は今回も無罪判決が出ることを確信している。なぜなら俺が弁護するだ。


「それで、ポチ君。その被疑者の名前と容疑を教えてくれるかな」


「了解です、テイル先生。名前はウタマロ。容疑は公務執行妨害ですね」


 公務執行妨害か。国が逮捕すると決めたやつを、いつでもどこでも逮捕することができるようにするために作った罪状だ。なにせ、逮捕したい人物の目の前に警察官をたちはだからせてから、転んで『公務執行妨害につき現行犯逮捕します』と言えば牢屋送りにできるんだからな。権力てのは怖いなあ。


「そのウタマロさんは、具体的にどんなことをしたの、ポチ君」


「どうも、被疑者ウタマロの地元では特殊な土着の地域振興があったみたいで……その御神体がなんでも巨大な鉄の棒らしいんですよねえ。その地域の言い伝えでは、その鉄の棒はかれこれ何千年もさびずにそそり立っているとか」


「ほほう」


 これは、あの前回のガリレオ君の事件で皆既月食をその目で見たサイエが得意げに否定しそうな民間伝承だ。


「たぶん、誰かが夜中にこっそりさび防止剤でも塗っているんでしょうけれど……ところが、お役所がそんなものは危険だって言うことで取り壊しを決定したらしいですよ、テイル先生」


 少数のバカが大騒ぎするのを恐れて過剰に反応するお役所仕事の見本みたいだな。


「実際、自分が子供の頃に遊んだ公園のブランコやジャングルジムが取り壊されてしまってるんですよ。なにもなくなってしまった公園を見ると、なんだかなあって気になるんですよ。そりゃあ、自分もこうえんでv遊んでて怪我ぐらいしましたよ。でも、だからといって遊具をなにもかも取り壊しちゃうのはやりすぎと言うかおかしいと言うか……これ、ここだけの話にしてくださいね、テイル先生」


 安心しろ、ポチ。少なくとも今回は無罪判決を裁判所に出させるだけでなく、その鉄の棒の取り壊しも撤回させてみせる。だが、今のところは古き良き昔を懐かしんでいるポチの顔を楽しむとしよう。そのほうが俺の勝利が確定したときポチも喜ぶだろう。


「それでですね、テイル先生。なんでもその御神体はありがたく拝見するだけのものではなくて、実際に触ったり撫でたり抱きついたりしてご利益を授かると言うものらしくて……それがまた問題をややこしくしているんですよねえ。拝見するだけの御神体だったら、ガラスケースに入れておくなりなんなりの対策もできるんでしょうが……お触りがダメとなると地域の信者ががっかりしちゃうんですよねえ。それで、御神体が倒れたりして怪我人が出たら一大事ですし……」


 事なかれ主義のお役所がそんな時にすることは決まっている。取り壊しだ。まったく、古くからの言い伝えをなんだと思っているんだ。


「それで、その御神体ってのはどんなものなのかな、ポチ君」


「ここに写真があります、テイル先生」


 その写真を見たガリレオが顔を真っ赤にした。


「まあ、これは、なんというか、その……」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る