第5話被告ガリレオ 実験

 裁判長のテレポート魔法で俺たち一同は地図に示された場所に転移した。魔法ってものは便利だね。


「テ、テイル君。撤回するのなら今のうちなんだからな。後になって『でたらめでした』なんて通用しないぞ」


 すっかり三流悪役になったサイエが震えながら何か言っているのを無視して、俺はガリレオとアカデミックな話に花を咲かせる。


「テイル先生。太陽を地球だけなら楕円軌道になることは証明できたんですけれど……」


「え、証明できたの。すごいじゃない、ガリレオさん。ほかに何か問題があるの」


「それが……月も考慮すると途端に複雑になっちゃって」


「ああそうか。太陽、地球ときたら月も考えるのは科学者として当然だよね。でもそれは『三体問題』と言ってね、きちんとした答えが出ない問題なんだ。ごめんね、ガリレオさん。余計な労力使わせちゃって」


「そんな、テイル先生が謝ることなんてないですよ。牢屋の中で時間は有り余っていたんですから。それに、答えが出ないことをわかってるなんてすごいです、テイル先生。わたしなんて、自分が解こうとしている問題が数学的に解ける問題なのか解けない問題なのかわからないことばかりなのに」


「いやあ、数学的に解けない問題があるなんてわかってるだけでもガリレオさんはすごいよ。『世の中には科学で解けない問題なんてない』なんて言っちゃう人間がたくさんいるんだから」


「そんな、テイル先生に褒めれれたらわたしどうにかなっちゃいそうです」


「そうなんだ、ちなみに、『三体問題』は厳密には解けないんだけれど、近似っていう方法があるんだよ。これならきっかり正確な答えは出せなくても、それに近い答えを出すことはできるんだ。ただ、少し計算が面倒なんだけれど……次に太陽が姿を隠す場所と時間をあんなに短い時間で導き出したガリレオさんが手伝ってくれればなんとかなるかもしれないな」


「します。手伝います。わたし、テイル先生の命令ならなんでも聞きます」


「おいおい、気が早いよ、ガリレオさん。まだガリレオさんが無罪になると決まったわけじゃないんだよ。それどころか僕まで牢屋に入れられちゃうかもしれないっていうのに」


「そんな、テイル先生がついているんだから無罪になるに決まってます。それからガリレオさんなんて他人行儀な呼び方はやめてください」


「じゃあ、ガリレオ君」


「はい、テイル先生」


 そんなことをしていたら、あたりが暗くなった。どうやら日食が始まったらしい。まずはサイエが騒ぎ出した。


「そんな馬鹿な。われわれ偉大な人類にも未だなしえていない核融合の光が月にさえぎられるなんて。そんな馬鹿なことがあるはずが。太陽が姿を隠すなんて世迷いごとが実際に怒るなんて」


「だからね、サイエ検事。太陽が姿を隠すのは、科学的に予測されることで……そもそも。昔の人の言い伝えっていうのは全部が全部絵空事というわけじゃなくて、実際の起こったことを物語仕立てにして今に伝わってきたなんていうものもあって……」


 せっかく俺が科学的に説明してやってるというのに、サイエの耳にはまるで入っていないようだ。そのかわりに、裁判長が俺に質問してくる。


「月が太陽の光をさえぎるという事が現実に起こることはわかったけどね、テイル弁護士。それがここみたいな赤道付近の南国で起こることにも何か理由はあるのかね」


 さすが裁判長ともなるといい質問をする。どこぞも三流検事とはえらい違いだ。


「ああ、それはですね、月の地球の周りを回る公転軌道と、地球が太陽の周りを回る公転軌道がほぼ平行だからですよ、裁判長。ですから月が太陽の光をさえぎる場所は赤道付近が多くなるんですね。もちろんブレはありますけど」


「ほほう。太陽が姿を隠すという伝承が赤道付近の多いのは、けして文明の進歩具合がどうとか、発展の途上具合がこうとかと言ったことが理由ではないんだね、テイル弁護士」


「そういうことです、裁判長」


 そうこうしているうちに、月が太陽を完全に覆い隠してあたりが真っ暗になった。


「終わりだ。この世の終わりだ、科学の敗北だ」


 嘆き悲しんでいるサイエを無視して、俺はガリレオと学術論議を再開する。


「どう? ガリレオ君。予測と実測のズレはどのくらいかな?」


「結構ありました。それにしても、テイル先生はすごいですね。『ズレはどのくらいかな?』なんて、ズレがあることを前提とした言い方じゃないですか」


「そんなの、当たり前だよ。人間がやることなんだから完璧じゃないに決まってるさ」


「わたしなんか、太陽と地球の動きを二つだけで計算して、地球と月の動きを二つだけで計算して、それを比べれば予測が正確にできると思っていました。わたしもまだまだですね、テイル先生」


 そんなふうに俺とガリレオが話していたら、太陽が再び月から顔を出し始めた。


「ああ、助かった。核融合のありがたい光の再来だ。世界は救われた」


 サイエがそう言って太陽を拝んでいる。これじゃあ何が科学で何が宗教かわかったものじゃないな。

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