第2話被告ガリレオ プロローグ

「しかし、テイルさん? でしたっけ……あんたも物好きですねえ。魔女裁判が平気で行われていたような中世ならばともかく、近代的な法制度のもとでの裁判ではどんな容疑者にも弁護士がつけられるとはいえ……太陽が姿をかくすなんておとぎ話を吹いて回るような非科学的人間を弁護するなんて。わざわざこんな牢屋に来てまで。負けるのが怖くないんですか」


「いやあ、刑事さん。弁護士なんて言っても、最近は競争が厳しくて……こういった有罪が九分九厘は確定しているのに、自分は無罪だなんてごねている被疑者をうまくなだめてちゃっちゃと有罪判決にさせて弁護料を国からいただく……なんて仕事をしないとやっていけないんですよ」


 ちなみにこの言葉は口からのでまかせだ。俺は今回も無罪判決を勝ち取ることを確信している。だが、こんな心にもない言葉を言っておけば俺の目の前で無能そうな顔をぶら下げている刑事は気分をよくするだろう。


「そういうことですか、テイルさん。それならば話は速いですよ。なにせ、わが国では刑事裁判は有罪判決がくだされる確率は九十九パーセントと言われていますからね。われわれ警察がクロと判断したら、それは有罪ってことですよ」


「まったく刑事さんのおっしゃる通りで。警察が優秀ですから、自分みたいなだめな弁護士が食っていけるわけでして……なにせ、警察が有罪と判断したんですから、有罪ということは決まりきっていますからね。あとは自分が被疑者をうまく丸め込めば万事解決です。


 案の定、この無能を絵に描いたような刑事は俺の言葉にのせられている。俺は被疑者を丸め込むどころか、引き続き無罪を主張させ続けようとしているのだが……そんなことは口にはしない。


「しかし、あの被疑者もなんなんですかねえ。太陽が姿を隠して昼間なのにあたりが真っ暗になるなんて……そのうえ、何月何時何分何秒に太陽が姿を隠すなんて予言して、結局大外れだったんだから。この科学万能の今の時代にそんなおとぎ話、子供だって信じませんよ」


「『今の時代』と言うことは、刑事さんも子供の頃は太陽が姿を隠すなんておとぎ話を信じていた口ですか?」


 無能……なんて言うのはかわいそうだから善良と言いかえてあげよう。この善良だけが取り柄そうな刑事の子供の頃は、なにも考えていないような能天気なお子様だったことだろう。そんなお子様は、おじいちゃんやおばあちゃんが話すおとぎ話を目を輝かせて聞いていたことだろう。


「いや、お恥ずかしながら……自分でもわかってますよ。太陽が自ら光を出して輝いている恒星で、地球がその周りを回っている惑星だってことは。それが科学なんですから、太陽が昼間に姿を隠すなんてあるわけないってことが。でも、子供の頃に信じていたおとぎ話を否定されちゃうのはなんだか寂しい気がしますよねえ。これ、ここだけの話にしておいてくださいよ、テイルさん」


「わかってますよ、刑事さん。この科学全盛の時代に、そんなおとぎ話を信じているなんて言ったら、中世みたいに魔女裁判で火あぶりにされないまでも、思想強制場送りですからね。なんでも、そこでは奴隷のような扱いを受けるとか」


 この人が良い刑事は、うっかり俺に重大な秘密をもらしてくれた。これは無罪判決が出た後にどんな態度を取るか楽しみだ。


「それで、今回の被疑者なんですけれど……なんとか太陽が姿を隠すなんて主張をこれ以降しないように弁護士であるテイルさんから説得してくれませんかねえ。被疑者の名前はガリレオなんですけれど、まだうら若い女の子なんですよ。有罪は確定だとしても、裁判で今までの主張を撤回すれば、なんとか執行猶予で済むと思うんですけれども……」


「そうなんですか、刑事さん。たしかに、年端もいかない女性が思想強制場で奴隷にされるのは問題ですよねえ。まあ、『わたしは絶対に罪を認めない』なんて言っている被疑者を『有罪だと認めれば執行猶予で済むよ。思想強制場には行きたくないでしょ。執行猶予ならシャバで暮らせるよ』と説得するのも弁護士のテクニックですからね。ひとつやってみますか」


 もちろん大ウソだ。この弁護士テイルがすることは、ほかの誰にもできない無罪判決を裁判所に出させることだけだ。


「そのガリレオなんですけれどね、テイルさん。なんだか拘置所で妙な数字ばっかり書いてるんですよ。ひょっとして、幼い女の子がこんなところにいれられて頭がどうかしちゃったんじゃあないですかねえ。だとすると、弁護士のテイル先生じゃなくてお医者の先生を呼んだ方がいいんですかねえ」


「そのあたりも含めて、ガリレオさんと話してみますよ。それにしても、数字かあ。刑事さん、ひょっとして、数字以外にも丸をいっぱい書いていませんでしたか?」


 俺の質問に刑事は驚いて答えた。


「そうなんですよ、テイル先生。なんでわかったんですか」


「まあ、弁護士のカンとでも申しましょうか」


 どうやら俺の予想通りのようだ。これで今回の裁判ももらったな

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