第5話 魔王と少女
魔王は溜息をつく。
顎髭を撫でながら嘆息し、あれからずっと側に付き纏うガブリスを見る。
「いい加減に離れてくれ。落ち着かない」
「ならば私に命令を下さい、魔王様。私は何をすればいいでしょうか」
「いらぬ。何もするな」
魔王は言う。
「そもそもがこれは我らの闘争。我らの戦争だ。貴様らの手は借りん」
「このままでは負け、魔族は滅びてしまいますよ?」
魔王は玉座の背もたれにもたれかかり、ゆっくりと目を閉じる。
「ああ、知っている」
全ては理解の上。
この戦争の果てにあるものは恐らくは滅亡。それは避けられぬ運命だろう。
魔族の七割弱は殺され、その中でもとりわけ強い四体の魔族も殺された。
その時点で、魔王の勝機は万に一つもなくなった。
魔王は、世の魔族の力を扱う事ができる。生命として脈動する魔族のその力を、自らのものとして振るうことができる。
それが魔王の力の本懐。
つまりは魔族の数だけ強くなることができる。それが魔王としての彼の力である。
魔王は目を開ける。
「だが、それも仕方の無いこと。結局はこういう運命なのだ」
「運命に全てを委ねるとは、魔の王らしからぬ発言ですね。まるで人間みたい」
魔王はガブリスを睨む。
「その発言は我に対する侮蔑と捉えてもいいのか、小娘」
ガブリスは首を傾げる。
「何故、憤るのですか。事実、運命を信仰するのは人間の特権でしょう。魔族には、そういう信仰はないはずですが」
「……貴様はあのノアの子のくせに無知なのだな」
魔王は言う。
「人が運命を信仰するのは、その神が目に見えぬ存在であるが故、この世を運命……つまりは神の筋書きとすることで心の支えを得ているに過ぎない」
魔王はさらに続ける。
「だが、一方の我が愛しき同胞たる魔の者らには、この我がいる。目に見える絶対の支配者たるこの魔王が。だからこそ運命などには縛られず、神などの信仰もしない」
魔王は「だが」と続ける。
「魔族にはこの我がいるが、この我には人間同様に信仰すべきものはない。だからこそ我は人間同様に運命とやらを信じているに過ぎない」
「……成程。心があると厄介ですね、魔王様。いちいち何かに縋らなくては生きてはいけないなんて」
ガブリスは淡々と言う。
「なんだ、小娘。お前とてあの狂ったクソ野郎を信仰しているのだろう。それと同じことだ」
「いいえ。私にとってあの方は、私の製作者に過ぎません。魔族のように絶対の支配者としてあの方を見ることは決してありません」
ガブリスは無感情のまま言葉を並べる。
「事実、私の他の姉妹達は皆があの方を殺しました」
魔王は苦笑する。
「随分な環境で育てられたのだな、小娘。それにしても奴は自らが生み出したものに殺されたのか。それなのに未だ生きてるとは、やはりゴキブリ以上に馬鹿げた生命力だな」
魔王も以前に一度だけノアを殺したことがある。それなのに生きている。
ノアは殺しても死なないを地でいく男である。
「はい。つまり私たちには信仰という概念はない。何かに縋りたい等とは思わない。そもそも心すら与えられなかったので、当然だとは思いますが」
ガブリスは少し悲しそうに言った。
「そうか」
魔王は支配者の特性故、心を測る能力には長けている。
その魔王にとって、目の前の少女の心の揺らめきを感知することなど容易いこと。
(心がない……か。それは違うということには、どうやら自覚はないようだな)
心とは誰かが与えるものではなく、環境が作るもの。
目の前の小さな少女は、そのことを分からない。
産まれたての無垢な赤子のように世界のことを何一つとして分かってはいない。
(心が芽生えつつあるが、それを育む環境が今までなかったのだな)
魔王は少女を哀れみ、それから溜息をひとつつく。
「お前のことは信用はしないし、その力を借りることもないが……、……まあそうだな……ここにいることはとりあえず許可しよう」
魔王は「我が滅ぶまでだけど、な」と付け足した。
その言葉を受け取り、ガブリスはまた首を傾げる。
「元々、そのつもりですよ、魔王様。出ていけと言われても出ていくつもりはないですし」
出ていけという命令をされたところで適当な詭弁をもって魔王の側にいるつもりだったガブリスに、魔王は深いため息をついた。
史上最悪の魔導学者は、今日も混沌を齎す 百合好きマン @yurisuki0
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