第4話 勇者の進軍
翌朝。
レイチェスは腰のベルトの鞘に磨いた剣を収め、立ち上がる。
「アイリ、そろそろ行きましょうか」
レイチェスの顔は引き締まり、ただの少女から勇者のものに変わる。
「ええ」とアイリは頷き、勇者に肩を並べ立つ。
「今日はどこまで進軍するつもり?」
「そうね。ディルカトロスの里まで」
ディルカトロスの里というのは、魔王城のある闇の世界の手元にある、小さな里のことだ。
「敵の最大戦力たる四天王がもういない以上、ただ押し切るだけで容易く突破できそうね」
魔王の配下の最大戦力でもある四天王と呼ばれる四体の強靭な魔族は、もういない。
全てレイチェスが撃破した。
だからこの進軍は今までのものに比べると容易いものになるはずだろう。
「そうね。でも、アイリが昨日言ってたように油断は大敵よ。まだ我らの勝利というわけではない。ただ、勝ち目が見えているに過ぎない」
「分かっているわ、レイチェス」
二人は歩き、自軍の待機場所へと向かう。
自分たちの軍を待機させているのは、絶対の断崖に囲まれた身を隠すには最適な場所。
そこにレイチェスとアイリは合流した。
「皆さんおはようございます。今日はディルカトロスまで軍を進めたいと思います」
そう、彼らに告げると、待機していた軍の中で最も徳が高く、さらに高い知性を備えた男が前に出てきた。
「ディルカトロスですか。それは進めすぎなのではないでしょうか、勇者様。我々はただの人間に過ぎません。いくら四天王がいないとはいえ、我々はただの魔族相手にも単騎だと手も足も出ない」
男は言う。
「ただでさえ性能に大きな差があるのに、無理をして疲労困憊のところを狙われては勝てるものも勝てません」
一理ある、とレイチェスは思う。だが、それでも出来るだけ今日中に軍を進めておきたいというのがレイチェスの考え。
早めに魔王を討伐し、この聖戦を終わらせる。それこそが今までに志半ばに死んでいった者達へ、また未来ある子供たちへ、捧げることができるせめてものことだった。
レイチェスは首を振り、進言してきた男に答える。
「今は責め時です。敵を殲滅する好機。このチャンスを生かすには多少の無理も仕方の無いことです」
「好機といえど、無謀で挑むのは愚かに過ぎます」
「いいえ。むしろ無謀で挑んでもなお、好機として見ることができるこの状況を、生かせず殺す。それこそが真に愚かなことですよ」
どちらの言い分も正しいことだ。
本来の戦争ならば敵陣地に攻め込むには、相応の準備が必要だ。
足並みを揃え、武力を万全に整え、確実に勝てるとの見込みの上で攻め込む。
それが戦争の本懐だ。
戦争はギャンブルなどではない。だからこそ一か八かなんてのは有り得ない。
あってはならないこと。
だが、それはあくまでも平凡な戦争の形に過ぎない。
こと今回のこの魔族との戦争に関しては全く違う。
レイチェスはそのことを弁えていた。
ーーレイチェスは戦争に関しては素人同然だ。
だからこそ、本来の戦争をしらない。
だが、一つだけ彼女には分かっていることがある。
それは自分の死がそのまま人類の敗滅に繋がるということ。
そして、自分の進軍こそがそのまま魔族の敗滅にも繋がるということも。
全て理解していた。
だからこそ彼女は無謀を押し通す。
「無謀も程々にしてください、勇者様。ここからは慎重に慎重を重ねていくべきです。相手はあの闇の帝王であり混沌の権化、最強の魔王です。その枕元に近付くならば万全のほうがいいでしょう」
男は引き下がらない。
勇者とは違い、戦争の何たるかを骨の髄まで知ってるが故に引き下がるわけにはいかなかった。
「魔王は私が殺すわ。だから心配ない」
レイチェスは断言する。
その力強い言葉に、「おお」と他の兵士たちは沸き立った。
彼ら(アイリ含めて)も、最初こそはこの男と同じように勇者の無謀に異を唱えていた。
だが、勇者の蛮勇ともいえる強行と、その末の必勝に他の兵士たちのほとんどが魅せられた。
今はもう勇者に異を唱えるものも少なく、皆が着いてくるようになった。
「……その根拠はどこにあるのですか」
男はなおも食い下がる。が、その言葉にレイチェスはにこりと微笑む。
「私の額に刻まれたこの聖痕こそが勝利の証よ。私を信じなさい」
それは本来ならば何の保証にもなってはいない。だが、彼らにとってその聖痕とその力は、絶対的な信仰の対象にもなっていた。
男は奥歯を噛み締めて、渋々引き下がる。
「それでは参りましょうか、皆さん」
勇者は腰の件を引き抜き、天高く掲げる。
「ここが最後の正念場。魔族は一匹残らず殲滅するわよ」
おお!と声が上がり、その勇者の行動に倣い、他の者たちも剣を引き抜き、一斉に掲げた。
「我らが人類に栄光あれ」
そう呟き、人類の勝利を掴む最後の進軍が始まった。
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