第3話 勇者の戦場
荒れ果てた大地。
雲は淀み、草木は枯れた寂れた地上に、二つの軍勢は争いを起こしていた。
一つは白い鎧に、大国グラストホールの紋章の旗を掲げた聖騎士の軍勢。
もう一つは、怪物の姿形をした者達の大軍。
それら二つの勢力は、ぶつかり合い、殺し殺されを繰り返していた。
そんな殺戮の連鎖の描かれる中に、一際目立つ活躍を見せる存在がいた。
「はぁあああああああああああぁぁぁ!!」
金髪の長い髪を引き、眼光に鮮血の色を宿す一人の女性。
その手には、血濡れの刃が握られて、その額には光の傷跡が浮かび上がる。
本当に人間かどうか怪しいほどの活躍を、後ろを奔る兵共に見せるその存在は、一騎当千の怪物どもを容易く一刀両断していった。
「おお、流石は勇者レイチェス・グラトニー様だ」
誰かが沸き立った。
そう。その彼女ーーレイチェス・グラトニーの活躍は、まさに勇者そのもの。
圧倒的な強さを誇り、魔物を蹂躙し、人々に希望を抱かせる。
そんな御伽噺の中にのみある、光の勇者そのもの。
「……っ、」
だが、それは本来の彼女には荷が重い。
レイチェスは目の前の怪物を斬り伏せながらも激しく湧き上がる苦痛に表情を歪ませる。
(う、ぐぐ、頭が割れそうだ)
脳髄に重りをぶち込まれたかのように頭が重く痛い。
あまりの痛みに意識は混濁しかける。
自分は本当に生きているのか、前に進んでいるのか、それすらも分からない。
ただ、目の前に怪物が現れたから剣で斬り捨ててるだけ。
(もう、私も終わりなのか)
レイチェスの頭の中に死の実感が過ぎる。
(いや、まだだ)
レイチェスは周りの共に戦う者達を見る。
この、自分ほど強くもないのに懸命に走り、人の尊厳と生存のために戦っている。
皆が頑張っている。
その事にレイチェスの心は奮い立たされる。
(まだ、私は倒れるわけにはいかない。この戦いで必ず勝利し、彼らに安寧を……)
レイチェスはただそれだけのために突き進む。が、既に限界も近いレイチェスは、背後の敵を一匹、仕留め損なった。
「隙あり! 死ね、クソ人間!」
びゅんと鋭い爪が勇者の小さなその身に迫る。ーーが、
「レイチェス! 危ない!」
その爪を横から割り込んできた人影が受け止めた。
「アイリ!」
それは勇者レイチェスの親友の少女ーーアイリである。
アイリは、魔物の爪を短剣で受け流し、そのままレイチェスを自分の元に引っ張り、当面の安全圏を確保する。
「油断大敵よ、レイチェス。しっかりしなさい! あなたがやられたらこの戦局が覆りかねないの!」
「ええ、そうね。ごめんなさい。助かったわ、アイリ。ありがとう」
二人は背を合わせ、怪物たちに向かい合う。
「あともう少しで我らの勝利なのだから踏ん張るのよ、レイチェス」
「ええ、そんなこと言われなくても分かってるわ」
さらにレイチェスの額の光の傷跡の輝きが強くなる。
「ぐっ」
思わず苦痛に声が漏れる。と、そっとレイチェスの手が握られる。
「レイチェス、大丈夫?」
アイリの暖かい手。
思わずレイチェスは頬を緩めて、答える。
「大丈夫よ。ありがとう」
この痛みに耐えることができたのは、恐らく彼女の存在が大きいかもしれない。
「四天王は全て倒した。残るは魔王だけだもの。それまで耐えればいいだけ、頑張るわ」
レイチェスは剣を構える。
「レイチェス……、そうね。早く終わらせて、一緒にコルト村に帰りましょう」
アイリも構え、眼前の敵を睨み付ける。
「それじゃあ行くわよ、アイリ」
「ええ、レイチェス」
そうして二人は走り、敵を倒していく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お疲れ様」
その日の夜。アイリは切り株に腰かけるレイチェスに、湯気の立つ暖かい飲み物を差し出しながらもそう言い、それをレイチェスは「ありがと」と受け取った。
「今日も流石の活躍だったわね、勇者様」
くすりと笑いながらアイリは言い、それに対してレイチェスは「もう」と唇を尖らせる。
「勇者様はやめてよ、アイリ」
「あはは、ごめんごめん、レイチェス」
レイチェスの座る切り株の開いた狭い隙間にアイリも座る。
「どう! 今もまだ聖痕は痛む?」
「うん、少しだけ……、でも闘ってる時よりはマシだけどね」
「……そっか」
アイリは横目でレイチェスの額を見る。
戦闘時は輝いている聖痕だが、今はただの生傷のようで痛々しい。
「その傷、目立つわね。この戦いが終わったらその傷も消えるのかしら」
レイチェスは恥ずかしそうに前髪で額を隠し、ううんと首を横に振る。
「これは永遠に消えない傷だよ。聖痕の力の証明のようなものだから」
「そっか……」
「うん。ふふ、こんなんじゃ嫁の貰い手はないかもね」
レイチェスは自嘲する。
「でもいいんだ。皆を守って、戦い抜いたことの証明だもん」
レイチェスは言う。
彼女の根は普通の少女だ。
聖痕を刻まれる前は、戦闘の「せ」の字も知らなかったほどの、甘いものに目がないただの普通の村娘だった。
レイチェスは戦闘時は聖痕の力のままに勇者として振舞っているだけに過ぎない。
そのことを、彼女の幼なじみで親友でもあったアイリは、よく理解していた。
「大丈夫よ、レイチェス。貴女は可愛いもの。その傷も貴女の愛らしさの前ではちょっとオシャレなタトゥーみたいに見えるわ。それに、もしいい人が現れなかったその時は、私が貰ってあげる」
アイリは微笑みながらレイチェスの頭を撫でる。
「ふふ、ありがと、アイリ」
アイリの軽口にレイチェスは笑みを返し、それから手元の飲み物を一口飲む。
少し冷えていた。
(本当にありがとう、アイリ)
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