キスと人工呼吸の境界線

「わー! いい景色ですね!」

「すごいよね〜……めっちゃ綺麗!」


 鮮やかな青と灼熱の太陽。

 そして、様々な水着が煌めくそこは――海だった。

 少女たちは、海に遊びに来ているのだ!

 洋服のような水着を纏い、海を眺めている。


「じゃあ、海を楽しみますか!」

「うん! まずは海で泳ごー!」


 少女たちは無邪気に砂浜を駆け回り、煌びやかな海へダイブする。

 その際、檸檬色の髪と雪のように白い髪が輝く。

 そして水を浴びると、温度差にびっくりしたのか――二人はビクッと身体を震わせた。


「ひゃー! 冷たいですね、結衣ちゃん!」

「あはは! そうだね、緋依さん! なんだか笑えてきちゃう……!」


 妙に甲高い声をあげ、敬語で話す少女――緋依。

 なぜか笑い声をあげ、心底楽しそうな少女――結衣。


 緋依の方が一つ年上なのだが、どうしてか緋依が敬語を使っている。

 だが、そんな些細なことは二人の笑顔の前ではどうでもよくなってくる。


「海って……こんなに綺麗なんですね……」


 そうやって、遠くの地平線を見やる緋依。

 そんな緋依に何かを感じたのか、結衣も揃って同じ場所を眺める。


「うん……ほんと、綺麗だね……」


 ――地平線の彼方には、一体何があるのだろう。

 二人の少女はそれを考える。

 だが、多分きっと……ここよりもっと綺麗な景色が待っているに違いない。


「……なんだか向こうの方まで行ってみたいな……」

「そうですね……じゃあ、行ってみます?」

「え、でも……あんまり遠くに行かない方がいいんじゃ……それに、半分冗談だったし……」

「大丈夫ですって! いざとなったら変身すればいいですし!」

「うーん……まあ、少しだけなら……」


 緋依が目を輝かせて結衣の手をとる。

 結衣は乗り気ではなかったが、緋依にせがまれて渋々了承した。

 そして、二人は地平線の彼方へ歩もうと――!


「ごぼがぼぼぼぼ……」

「結衣ちゃーん!?」


 ……していたが。

 結衣は盛大に海の底へ方向転換しようとしていた。

 まあ、端的に言うと――足がつって溺れかけていたのだ。

 今にも沈もうとしている結衣を、緋依はなんとか助け出そうと必死に泳いでいる。


 そうして海の脅威を知った少女たちは、人気のない――砂浜のふちの方にたどり着いた。

 緋依は肩で息をしていて、結衣は意識を失っている。


「はぁ……はぁ……ゆ、結衣ちゃん?」


 緋依が呼びかけるも、結衣からは返事がない。

 どこか嫌な予感がした緋依は、結衣を揺すって叫ぶ。


「ね、ねぇ……結衣ちゃん? 結衣ちゃん! 返事をしてください……!」

「……ん……」


 ――よかった。生きてはいるようだ。

 それならば一安心、と緋依は胸を撫でおろす。


 それにしても、結衣の寝顔というのはなかなかにこう……そそるものがある。

 とりあえず命の危険はなさそうなので、少しだけ味見してみることにした。


「ちょっとだけ……失礼します」


 そう呟くと、緋依は結衣に口づけする。

 なかなかに甘く、脳が糖の過剰摂取でとろけそうになる。


「……緋依さん?」

「っ! 結衣ちゃん!?」


 結衣が起きてしまった。言い訳できる状況ではない。

 緋依がどうしようと悩んでいると。


「人工呼吸してくれたんだよね?」

「――へっ?」


 結衣は緋依がキスしたのを人工呼吸だと思っているらしい。

 緋依はホッと一安心する。


「そ、そうなんですよ! 結衣ちゃんが溺れて心配になっちゃって……!」

「ごめんね、緋依さん。ありがとう」


 そんなやり取りをして、結衣と緋依はその砂浜を立ち去った。

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