緋依の過去Ⅱ

「……さん? 緋依さん?」


 ハッと、緋依の意識が覚醒した。

 そこで見た見慣れない景色に、緋依は一瞬硬直する。

 だが、徐々に脳が起きてくると、記憶が戻ってきた。


「……そういえば、結衣ちゃんの家に遊びに来ていたんでしたね……」


 遊びに来ていたのに、なぜ過去むかしを思い出したのか……謎である。


 緋依は怪訝な顔をして、ベッドの上にあるにゃんこクッションを見やる。

 その様子に何を思ったのか、結衣は慌ててそのクッションをベッドの中へ隠した。


「ご、ごめんね……? 猫嫌いだった??」

「……へ? え、そ、そんなことないですよ?」


 不安そうに緋依の機嫌を窺う結衣に、緋依は安心させるべく笑顔を浮かべる。

 そんな時、ベッドの中から元気な無機物が現れた。


「もー! 気持ちよく寝てたのになんですかぁ!? クッションに当たって目が覚めちゃいましたよ!!」


 怒っているのか、声を張り上げながら結衣に迫る魔法のステッキむきぶつ

 そんなステッキを、結衣は渾身の力で投げ飛ばす。


「ふんっ!!」

「ギャーッ!?」


 ……そんな結衣の力で、魔法のステッキは窓の外まで飛んでいった。

 いや、“飛ばされた”と言った方がいいか。


 そして、結衣は何事も無かったかのように、笑顔で緋依に向き直る。


「さ、おしゃべりの続きしようか♡」

「……え、あ、はい……」


 笑顔ではあるが、どす黒い何かが放たれている。

 結衣は絶対敵に回したくない人だ。

 緋依は結衣の機嫌を損ねないようにしよう、と心に決めた。


 そんな時、不意に結衣が零す。


「――ねぇ、緋依さん。緋依さんはひとりじゃないから……大丈夫だよ」


 その言葉を受けて、緋依は目を見開いた。

 死にたかった過去を断ち切ってくれるような言葉。

 死ねずに今日まで生きてきたのは、きっと――


「……結衣ちゃんに会うため、だったりして」

「緋依さん?」


 緋依が小さく呟いた言葉は、結衣には届かなかったようだ。

 結衣の頭にはクエスチョンマークがたくさん浮かんでいる。

 そんな結衣のようすを見て、緋依は豪快に笑う。


「あははははっ! 私、今――すっごく幸せです!」


 それから緋依は、お腹が痛くなるまで笑った。

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