緋依の過去

「ねぇ、邪魔なんだけど」

「あ、ごっめーん。そこにいるの見えなかった〜」

「てかほんと幽霊みたい。ほんとは生きてないんじゃない?」


 様々な罵詈雑言が、少女ひよりに浴びせられる。

 その少女は、学校に居場所がなかった。

 いや、居場所がないなんてレベルじゃない。


 その少女の名前、容姿、性格全てが認識されなくなる。

 だから少女ひよりは、極力人と距離を置くようにして過ごしていた。

 人の近くにいると、ぶつかることが多いから。


 いかに迷惑をかけないで生きていくか。

 そのことしか考えていなかった。


 ☆ ☆ ☆


 そんなふうに空気として生きてきた緋依に、ある日事件が起こる。

 これ以上何があるのか、それは――


 バシャッ。


 水が飛び散る音がした。

 緋依は典型的ないじめ現場である、女子トイレにいる。


 今は掃除の時間なので、先生に見つかった時に言い訳や言い逃れがしやすいのだ。

 そう――


「あ、ごめんね〜。手が滑っちゃった〜」


 こういうことだ。

 トイレの床を拭いたばかりの、汚い雑巾が入ったバケツ。

 そこに水をたっぷり含ませて、緋依にかけたのだ。


 いじめの主犯格である子が、自ら手をくだした。

 そして、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている。


 その両隣には、その子の妹分のような存在の子が一人ずついて。

 トイレの入口には見張りの子が二人ほどいる。


「……ねぇ、なんでこんなことをするんですか?」


 緋依は、ずっと訊きたかったことを訊いた。

 他にもターゲットになりそうな子もいるだろう、とか。

 どうして自分がターゲットなのか、とか。

 そのことも含ませながら言った。


 その言葉を受けて、主犯格の子は目を丸めて驚いた。

 そして、少し考え込むような顔をした後。


「さあ? そんなこと考えたこともなかった。……まあ、強いて言うなら――ストレス発散とか?」


 真顔で、そう言い放った。

 悪びれもせずに、普通の会話のようにぶっ飛んだことを言った子を見て。


 狂ってる。

 緋依はそう思い、睨むようにしてその子を見る。

 緋依の眼には、煮えたぎるような殺意が含まれている。

 そこで、緋依の意識が途絶えた。

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