第127話 そういうことか!

「大丈夫、大丈夫ですよ結衣様! あそこを見てください!」


 自我を失いそうになりながらも、結衣はガーネットに促されるまま、顔を上げる。

 すると、そこには……


「あ……夏音、ちゃん……」


 結衣がずっと探していたものの姿があった。

 床にぐったりと倒れてはいるが、気を失っているだけのようだ。


 結衣は安心して、気が抜ける。

 それと同時に、何かが結衣の中から消えていくような感じがする。

 憑き物が取れたような、そんな感じだ。


「……つまらないデスネ〜。魔王姿になってくれたらオモシロかったのに……興がそがれマシタ」


 吸血鬼のような少女は、絶対零度の瞳で結衣を睨む。

 そして、そう言い捨てると、蝙蝠のような翼を羽ばたかせてその場を後にした。

 残された結衣は、夏音の無事を確かめる。


「夏音ちゃん! 夏音ちゃんっ!!」

「……にゃ? あれ……結衣おねーさん?」

「よかった……無事で……」


 夏音が無事だとわかり、結衣はホッと安堵する。

 身体に目立った傷はついていないし、どこもおかしなところは見当たらない。

 夏音の無事を確かめられたことで、結衣はガーネットの言葉を思い出した。


『――なぜ夏音様は結衣様を見て逃げたのでしょうか』

「あ……」


 その事を、確かめなくてはならない。

 結衣はバッと夏音に向き直り、優しく話しかける。


 「ねぇ、夏音ちゃん……」

 「ん? なんですにゃ?」

 「あのさ――」


 ――そして、結衣が今までに起こったことを話し終えると、夏音は何かを考え込むような顔をした。

 めずらしく、ガーネットも自分の力で答えを見つけようとしているのか、「う〜ん……」と唸っている。


 そんな二人の様子を見て、結衣も色々考える。


 なぜ夏音の身代わりが結衣から逃げたのだろうか。

 逃げたのではない。ここにおびき寄せるためである。


 ――なんのために?

 決まっている。結衣と戦いたかったからだ。


 ――夏音の身代わりは、なんで出てきた?

 ……それ、は……


 結衣はハッと目を見開き、世紀の大発見をしたような。キラキラとした眼差しで夏音を見やる。

 夏音は結衣に凝視されていることに気付き、困惑した。


「……え、あ、あの……結衣おねーさん? どうしてそんなにまじまじと夏音を見るんですにゃ……?」


 上擦った声を出し、結衣と若干距離を取りながら訊く。

 身体を舐め回すように見られている夏音は、無意識に腕で胸部を覆った。

 だが、結衣はそんな夏音に勢いよく近づいて言った。


「ねぇ、夏音ちゃん!」

「……な、なんですにゃ? っていうか近くないですかにゃ??」


 必死に保った距離を容易く縮められ、夏音は泣きそうになる。

 だがそれ以上に、確実に息づかいが聞こえるほどの近さで、夏音は顔を赤らめずにはいられなかった。


「わかった! わかったんだよ!」


 そんな夏音の様子を知ってか知らずか。結衣はいつも通り、笑顔で言い放つ。


 そして、ガーネットはなぜか「むっひょーっ!」と興奮していた。

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