第66話 夏音の力

 満月が照らし出す露天風呂。

 雅な雰囲気が漂うそこは、夏音から見たら逃げ出したくなる光景があった。


「お、やっほ〜」

「お、おねーさんは……」


 前に夏音の温泉宿に、結衣と一緒に来ていたお姉さん。

 確か名前は――


「せーちゃんさん……」

「せーちゃんさん言うな!」


 ザバァ。石畳の上に腰掛けていたせーちゃんが、勢いよく立ち上がる。

 その衝撃で、お湯が勢いよく波打つ。


「……で、なんの用ですかにゃ?」


 夏音が呆れ気味に、半眼を向けながらそう問うと、せーちゃんはゴホンと咳払いした。

 その後、急に真面目な顔になり、夏音は一瞬硬直してしまう。


「ちょっと話したいことがあって来たのよ」

「……話したいこと?」


 夏音がせーちゃんの言葉を反芻してそう訊くと、せーちゃんはコクリと頷く。


「この前、結衣と結衣のお母さんとここに来て、あなたと出会った。……そうよね?」


 せーちゃんは、夏音に確認するようにそう尋ねる。

 夏音は訝しげながらも、黙って頷く。

 すると、せーちゃんがここに来た理由を話し出す。


「その時から私はあなたが結衣の敵なんじゃないかって……薄々勘づいていたの」

「――!」


 夏音は目を見開くことしか出来なかった。

 そして、せーちゃんは夏音を置き去りに、なおも言い続ける。


「あの時あなた……獣耳付けてたわよね?」

「……それだけで、決めつけたんですかにゃ?」


 せーちゃんを睨むようにして言い放つも、せーちゃんは夏音の様子を気にしていないようだった。

 そして、せーちゃんは淡々と言葉を重ねる。


「私の武器は魔法を無効化する。……知ってた?」

「まあ……何となくですけどにゃ……」


 夏音の疑問を無視して続けるせーちゃんに、夏音は訝しげな顔をする。

 夏音の疑問にも答えてほしい。そう思っていた。


「そう……なら――」


 そこでせーちゃんは、わざとらしく言葉を切って言う。


「――あなたの衣装にも魔法が使われているって、知ってた?」

「……なんの、ことですにゃ……?」


 夏音はわからない。

 この人が何を言っているのか。そして、問われた内容も。


 夏音はずっと、魔法少女に対抗する大きな力とだけ捉えていた。

 だけど、そうではないらしい。


「私もね、よく分からなかった。だけど、あなたの獣耳と尻尾は魔法で作られたものなの」


 せーちゃんは、真っ直ぐに夏音の瞳を見つめる。

 せーちゃんの瞳には、強い意志と――凛とした爽やかさがあった。


「あの時、あなたが温泉から出た後……こっそり確かめてたの」

「……それで、夏音の衣装に魔法が使われてるって……分かったんですにゃ……?」


 夏音は問うように、そして、確認するようにせーちゃんさんの瞳を見つめ返す。

 すると、せーちゃんはコクリと頷く。


「そう。私の武器を当てたら消えたもの……まあ、すぐに復活したみたいだけれども」


 と言って、夏音の頭を見やる。

 夏音の頭には、大きな狐の耳が付いていた。

 それを、夏音は触って確認する。


「えっ!? 発動した覚えないのににゃ!?」


 夏音は驚きのあまり、目を剥く。

 しかし、せーちゃんさんは「やっぱり……」と目を伏せながら続ける。


「あなたは私から見ても幼いわ。だから――」


 そしてゆっくりと目を開きながら、本当に、淡々と思ったことを告げる。


「あなたはまだ、その力を制御しきれていない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る