第67話 結衣の力

「……こんなんで、我を殺せるとでも?」


 同時刻。咲姫小学校では、殺伐とした雰囲気が漂っていた。


 嘲笑するように矢を握り潰した結衣のようなナニカは、言う。

 しかし、真菜はその圧力に負けじと言う。


「ううん。だって……本気で、放ったら……結衣が……死ん、じゃう……から」

「――はっ。何を言うかと思えば。そのような心構えでは我に矢は届かんぞ?」


 真菜の言葉を、結衣(仮)は鼻で笑う。

 その様子に、真菜は顔を顰める。


 そうだ。こいつの言う通り、自分は甘い。

 こいつを殺してでも、結衣を助けるべきだ。


 真菜は内心そう思う。だが、それでは意味がないのだ。

 だって、そうしたら――


「また……結衣と一緒に、笑い合うことが……出来なく……なる……」

「――は?」


 結衣は誰の犠牲も許さない。それがたとえ、どんなに狂気に満ちている敵だとしても。

 結衣は誰も見捨てない。誰であっても助けるし、救う。そんな人だから。


「結衣と、笑い合えなく……なるのは、嫌……だ!」


 真菜は死を覚悟してそう叫ぶと、今まで沈黙を貫いてきたガーネットが、力強く言い放つ。


「結衣様! 戻ってきてください! これが、私たちの――“願い”です!」

「お、お前達は……一体、何者だ――!?」


 驚愕に目を見開く結衣(仮)を、真菜は見下すようにようにして言った。


「何者……って……? そんな、の……結衣に……戻ってきて……欲しい者達に……決まってる、じゃん♪」


 だが、語尾は楽しそうに、嬉しそうに躍らせる。

 その言葉、その態度に。結衣(仮)は、静かに目を閉じた。


 ――…………


「ん……? あれ……私……」

「あ、気付い……た?」

「……あの、今の私の状況、説明してもらっていいかな……?」

「え……? 何……って――」


「――お姫様、抱っこ……だけど……?」

「違う! そうだけど違う!!」


 結衣は、目覚めたら友人にお姫様抱っこされていた。

 意味がわからないと思うだろう。結衣は自分でも意味がわからない。


 しかも、真菜の肩からガーネットが覗き込んで、小さく「ぷくく……」と言って笑っている。

 はっきり言って、殴りたい。


「――あ! ごめんね、真菜ちゃん……私ならもう大丈夫だから……」


 とりあえず、このまま抱っこされているわけにはいかない。

 真菜に悪いし、何より恥ずかしい。


「ん……? いいよ、別……に。この姿だと……腕の力、凄いから……さ」


 真菜が獣耳……猫耳を揺らしながら、笑って答えた。


 結衣が気を使っていると思ったのだろう。

 そういうことではなく、結衣が降りたいだけなのだ。


 結衣の落胆の気持ちに気付いていないのか、真菜は話を続ける。


「すっかり……暗く、なっちゃった……ね……結衣のお母さん……怒る、かなぁ?」

「え……? あー、どうだろ? 私のお母さんあまり怒らないから……」

「ふふっ。結衣の……お母さん、優しそう……だもんね」


 なんでもない、ただの、友人間で交わされる会話。

 多分真菜は、結衣を混乱させないようにしているのだろう。


 結衣が醜い感情に支配されて、あんなことになってしまった時のことは自分でも覚えている。

 だけど、言うべきではないと思った。


「ねぇ、真菜ちゃん」

「……ん? な……に?」

「あのね――」


 だから代わりに――


「そろそろ本当に、降ろしてくれないかな?」


 周りの視線が痛いと、訴えた。

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