第54話 け、獣耳っ娘!?
「ふおおおお……! これが温泉……!」
「っ……! こ、これは……!」
「いいわね〜……風情って言うのかしら?」
結衣たちは食事の時と同じく、目の前の光景にそれぞれ感想を零した。
それは決してマイナスな意味などではなく。むしろ、プラスな意味だ。
「……プールみたいに飛び込みたい……!」
いや、まあ、今はプールも飛び込みは禁止されているのだけれども。
それでも結衣は身体を震わせ、期待の眼差しで温泉を眺めていたが、すぐに却下の声が響く。
「だめよ。壁に禁止事項が書かれてたでしょう?」
「うぐっ……! そ、それもそうだけど……」
確かに『飛び込みは他のお客様のご迷惑となります』と、ご丁寧にイラスト付きで書かれていた。
結衣は「禁止」だと言われれば、そんな事はしない主義だが。
「内緒だよ」と言われたら、言いたくなるような心理も無くはない。
それが今、結衣の中でせめぎ合っている。
そんな結衣の葛藤に興味が無いのか、あるいは知らないのか、せーちゃんはもうとっくにシャワーを浴びている。
それを見ていると、結衣はなんだか気力が削がれたので、飛び込みはやめておく事にした。
大人しく結衣もシャワーを浴びようと思って、せーちゃんの近くに座る。
すると、温泉のお湯の中から口ずさむ声が聞こえてきた。
「ふんふんふーん♪」
「ん? ……って、えええ!?」
「どうしたの、せーちゃ――ん!?」
せーちゃんにつられて後ろを向いたら、結衣たちよりも年下の少女がいた。
可愛らしい八重歯を付け、右眼の方にだけ長く伸びた前髪をしており、その髪の色は活発そうな赤茶色をしている。
それだけ聞けば「何でそんなに驚いてんだ?」と疑問に思うだろう。
だが――
「ねぇ、あれって……」
とせーちゃんが耳打ちする。
そう、その少女は……その少女は――
「け、獣耳っ娘!?!?」
既視感のあまり、真菜の姿が一瞬結衣の脳裏に浮かんだ。
だが、真菜とはちょっと違った尻尾を持っていた。
真菜はするりとしなやかな猫の尻尾を付けていたが、その少女は太くてモフりがいのある……狐のような尻尾を付けて揺らしている。
結衣の叫び声に気が付いたのか、耳をぴょこぴょこと軽く前後に揺らす。
「んぅ? おねーちゃんたちは誰ですにゃ?」
その子の第一声はとても気の抜けるような、甘い声だったのを、結衣は覚えている。
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