第39話 魔王、降臨

 覚醒した意識で、結衣が最初に目にしたのは。

 こちらを凝視して笑顔の仮面が剥がれ落ちた天使と、結衣の無事を知って安堵の声を上げるガーネット。


 しかし、結衣はそれらを興味もなく無機質に見つめる。


 そしてガーネットを放り出して、単身で天使の方へ突っ込む。

 その瞳の奥に、煮えたぎる程の殺意を伴って。


「結衣様!?」


 ガーネットの――困惑に染まった声が聴こえるが、結衣はそれを無視した。

 眼前の天使は、結衣が自分に突進して来ることに頭がついていかないのか、ただ目を剥いて呆然としている。


 ガーネットを放ったことで変身は既に解除され、結衣は生身で異能力を持った敵へ挑もうとしている。

 だが――


「ぐるるるる……」


 敵意と殺意を剥き出しにし、怒りで我を忘れて獣じみた本能塗れの。

 結衣は自分でも自分とは思えない変わり果てた姿が、眼前の天使の瞳に映る。


「くっ……!」


 やっと身体が言うことを聞いたのか。

 天使は身を翻し、後退しながら翼を広げて空を飛ぶ。

 結衣はその動きを視ると、その動きを追った。


「なっ――!」


 結衣が自分を追えたことを、驚愕に染った顔で視る天使は。

 その後起こった出来事に、さらに目を剥くこととなる。


 結衣の姿が徐々に変わってゆく。

 白かった髪は紅く染まり、頭から鬼のような角が二本生え、さらに服が痴女のような申し訳程度の布面積となる。


 その姿はまるで――魔王そのものだった。


 頬と腕に傷のような縞模様ができ、頭上には天使のような光輪を掲げ、マントが蝙蝠の翼のようなデザインとなり。

 殺意と威圧感を放っていた。


 空模様が紅い晴天から闇のような曇天に変わり、ますます異様なオーラを醸し出している。

 雲のカーテンがかけられ、日の入りになりかけていた地上がさらに黒く染まる。


 結衣の深緑色の瞳は――琥珀色に変わって不気味に光る。

 結衣は変わり果てた自分の姿を興味もなく一瞥すると、ニヤリと嗤った。


「すごい……! すごいや……これなら――」


 結衣が言い終わる前に、天使が仕掛けてきた。

 翼をはためかせ、警戒しながらも徐々に距離を詰めてくる。


 そして天使が手を天に掲げると、空から一筋の光が降りてきた。

 周りが暗いからか、目を開けていられないほど眩い光が降り注ぐ。


「……この光が私の全て。神から与えられた力」


 そうやって天使は苦しそうに、顔を顰めて――


「天使の私が――振るうことが出来る力」


 涙を零しながら……言った。


「――これは、全てを灼き尽くす焔。人が触ると瞬く間に穢れる繊細な光」


 それは、まるで――


「だけど、それでも――この光はこの世の全てを呑み込む……世界中最悪の敵」


 何かと、戦っているようで――


「――これを放っちゃったら……やばいことになりますね」


 顔を引きつらせながら、無理して笑顔を作る様は――


 ――その様子をただ見ていることしか出来ないガーネットは、ただ一人呟く。


「あれは――あの光の魔力量は膨大すぎる……! 加えて言えば、結衣様のあの姿も――個人の魔力量とは思えない……」


 息をのみ、主人の行く末を見守ることしか出来ない自分に、ガーネットは歯がゆさを禁じ得ない。

 だが――


「……言葉なんていいから早くその物騒な光放てば? ――『口より先に手ぇ出さなきゃ』」


 そう言って結衣は不敵に笑うと、天使はたじろいで一歩後ずさった。

 だがその様子に構わず、結衣は続ける。


「私がその光――受け止めてあげる!」


 口元を歪め、悪役のような笑みをひたすら浮かべる。

 天使の仮面を被った悪魔より、余程自分の方が悪魔的だなと結衣は内心思いながら。


 身体が震えて、血の気が引いた顔を見せる天使を――結衣はのぞき込むように見る。


「さぁ、ほら! ほら!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る