謀反人との謁見

 七家筆頭当主屋敷の謁見の間にて、サルーンが当主の椅子に座り、下座にレントーク王とクレイとサルーンの姉シスが共に並んで立っている。本来、レントークの正式な王に対してこのような扱いはあってはならないことだが、事情が事情故にこのような立ち位置になっている。サルーンはさながら審議官といったような感じだ。


 レントーク王はクレイ達の父親だ。まだ四十歳を過ぎたばかりの男であるはずだが……見た目は白髪が頭で顔に生気がない。まるで老人のように衰えているように感じる。杖を使いながらかろうじて歩いている様子で、シスの支えがなければ数歩と歩くことは難しそうだ。


 この状態はサルーンもクレイも予想外だったようで、父親の変わりように衝撃を受けていた。それでも王は審問される立場であるがゆえに子として接することが許されないのだ。ここでは、七家筆頭当主とレントーク王という独特な関係であり、その関係故に変な雰囲気が漂っている。僕は、サルーンの横で座りながら、じっとレントーク王をじっと見ていた。


 サルーンはレントーク王に椅子を与えることにした。このままでは立ち続けるのが難しく、話を聞くこともままならないと判断したからだ。シスには与えられない。それに対してシスは不満そうな顔を浮かべることはなかった。


 ようやく会議が始まろうとしたときに、シスが急に僕を指差してきた。


 「あの男は何者よ!! ここは人間が来ていい場所ではないわよ」


 人間? ああ、僕のことか。なるほど、確かにこの場には人間という種族は僕だけになるか。しかし、別室には魔族だっているんだぞ。僕がシスという女性を見つめ、どのような人物か探っているとサルーンが代わって答えてくれた。


 「このお方はイルス公国の主、ロッシュ公だ。今回はお前らが引き起こした騒動を鎮めるのに大変なご苦労を負わせてしまったのだ。シス。お前は王の付き人であるからこの場にいることを許しているのを忘れるな。身の程を知れ」


 サルーンがこのような語気を荒くする場面を見たのは初めてだ。これがサルーンの本来の姿なのか。


 「さて、王よ。我らは王が招き入れた王国を返り討ちにした。我らに言うことはあるか?」


 「お前たちは反逆だ。処刑になるべきだ」


 「ほお。王国に降伏したのは正しい判断だったと思っているという事か?」


 「ああ、そうだ。その通りだ。私は常に正しいのだ」


 「なるほど。私が考える王とは民の生活を一番に考え、生命を守ってやるのが役目と心得るが、王はどう思う?」


 「知るか。民など。私が一番大切なのは、王家だけだ」


 「どうやら王が王である以上、レントークは発展もしないし、民が幸せになれないようだ。王よ!! あなたに退位を望む。今ならば、それなりの待遇でそなたの地位を約束しよう。考える気はあるか?」


 「私は王だ。お前が何者でも、それは揺るがない」


 どうもさっきからおかしい。生気がなく、サルーンの話を聞いているかどうかわからないようだが、一応は話が通じているのが気持ち悪い。僕はサルーンに耳打ちをして、シスにも話を聞いたほうが良いと告げると、頷き返してきた。


 「シスよ。お前は常に王の側にいたな? 王の意思で降伏を選択したのか?」


 「当たり前でしょ? いえ、当たり前かと。降伏の署名は行いうる行為ですから。私もその時、王国の使者と王が対面しているのを見ていましたから」


 「王国の使者と王か……ところで、シスの私室を調べさせてもらったが……王国との間で取り交わした密書がいくつか見つかっているが? これはどう説明する?」


 「そ、そんなの知りません!! 私には何のことか分かりません」


 「知らないというのか。そうか。そうなると、この密書はシスではない誰かが取り交わしたということか。そういうことでいいのか?」


 「その通りよ。私でない誰かよ!!」


 「そうか。しかし、密書が見つかった以上、王が何者に誑かされ、降伏に署名した可能性があると思うが、どうだ?」


 「そんなこと知らないですよ」


 「そうか。ところで、王は体調が悪いのか? 一年前にあった時は、大変元気だったようだが。明らかに顔色が優れないようだが。シスが王の側に付いたのは一年前くらいか?」


 「私を疑っているんですか? 知らないですよ。疲れじゃないですか?」


 「どうやら医者にもかかっていなかったようだな。話ではシスが断っていたとか。何か理由があるのか?」


 む? なんだか面白くなってきたぞ。シスが少しずつ追い込まれていくような感じがした。


 「そ、それは……そう!! 王に必要なのは静養なのです。そ、それに医者にかかれば、レントークの民に無用な心配をさせてしまうから。だから、断ったのよ」


 ちょっと厳しい言い訳だな。サルーンは何か確信的な事を掴んでいるのではないだろうか? それを言わないのはシスを追い詰めるためか?


 「なるほど。王の体調不良はそれほどのものだったか。静養が必要となれば、七家に一言相談があっても良かったと思うが。我らは王家の補佐も王の要請があれば出来るはず。なにゆえ、相談がなかったのだ?」


 「それは……王が、王が求めなかったからですわ!! 私の独断で決めることなんて出来ないことを知っているではないですか」


 「王が求めなかったということだな? それは真だな?」


 「え、ええ」


 「王よ。七家への打診を断ったのは事実か? その理由が知りたいのだが」


 「知らんな。私は王だ。何人も私の邪魔はさせんぞ」

 

 王の言っていることが分からなくなったぞ。


 「王は知らないようだが? シスは嘘を付いているのではないか?」


 「し、知らないですよ。王は今は体調が優れないから、わからないだけではないですか?」


 どうもさっきから平行線だ。話が進んでほしいものだ。するとサルーンが一つのツボを取り出した。


 「シスよ、このツボに見覚えはないか?」


 「え? なんでそれが……いいえ、知りません」


 「そうか。これもシスの私室から出てきたが、密書同様、知らないというのだな? 私には分からないな。自分の知らないものばかりの部屋にいるというのは。これはな、神経毒のようだぞ。これを服用すると徐々に体が蝕まれ、まさに王のような姿になるようだ」


 「そ、そう。それは怖いわね」


 「シスが王に与えていたのではないか? 料理番の報告では、必ずシスが王への配膳をしていたらしいな。それで一騒動があったみたいだな。なにゆえ、王の配膳にこだわるのだ?」


 「違います!! 私は王の身の回りの世話をするために王家に入っているんですから。それが私の仕事だと心得ております」


 「しかし、シスの部屋から神経毒が出てきて、食事にそれを混ぜることができる唯一の立場にいることは明らかだ。何か申し開きはあるか?」


 「横暴よ。私は薬のことなんて知らないし、毒も盛ってないわ。それに王の体調不良は毒のせいだっていい切れませんわ」


 どうやらサルーンの出せる情報は終わってしまったようだ。毒と配膳はなかなか面白かったな。シスもなんとか逃げ切ったな。僕はサルーンに声を掛けた。


 「サルーン。どうであろう? 王に聞いてみては? 王ならば見ていたかも知れぬぞ」


 「しかし、義兄上。王はさっきから返事がおかしいのは見ていたではないですか」


 僕は王におもむろに近寄り、シスに顔を向けた。かなり睨まれているが、なにかしたか? 王は僕が目の前にいても焦点が全く合っていない。こんな状態でサルーンの質問によく答えていたものだ。一つ聞いてみた。


 「王よ。サツマイモは好きか?」


 「知らんな。私は王だ」


 何を言っているんだか。どうやら、王は洗脳されている様子だな。どんな質問にも同じような答えをするようになっているんだな。よくできたものだ。僕は王の頭に手をかざし、浄化魔法を使った。王に淡い光が包みだし、なにやら変な物体が外に出てきて、床のカーペットに黒いシミを作っていった。更に回復魔法を使うと、王の瞳の焦点が合ってきた。


 「王よ。私が見えるか?」


 「おお、なんだか長い夢を見ていたようだ。私は一体」


 王の姿はさっきと打って変わって、年相応の姿になり、クレイの面影を感じる優しそうな王の顔があった。僕は王に説明をすると、王は頭を抱えた。


 「私は悪夢を見ていたと思っていたが……夢では……なかったのか」


 そう言うや否や、立ち上がり、僕に頭を下げてきた。


 「公国のロッシュ公。この度はレントークをお救いして頂き、感謝の言いようもありません。どうやら、私はシスに……誑かされていたようです。知らず知らずのうちに毒を盛られ、王国の降伏の書類に署名をしてしまったようだ。このような失態は……サルーン!! いや、七家筆頭当主よ。私を処刑するがいい」


 「ちょ、ちょっと待ってよ。私は関係ないわよ。変なこと言わないでよ」


 「シスよ。すまなかったな。私が不甲斐ないばかりに、お前に要らぬことをさせてしまったようだな。だが、お前の行為によって国民の多くが犠牲になったのだ。その責任を取らなければならない。お前が正直に語らなくても、いずれ真実が暴かれるだろう。夢の中で仲良さげにしていた王国の者に聞けばな。フォレイン侯爵といったか?」


 フォレイン侯爵? まさかこの一件に深く関わっているとはな。公国とレントーク王国を一人で翻弄するとは、大した人物だな。シスは観念したようにうなだれてしまった。フォレインの名前が出ては逃げられないと思ったのだろうか?


 そういえば、サルーンはさっきから一言も発していないな。


 「義兄上。なにをしたんですか?」

 

 そっちか。王の言葉は無視ですか?


 「浄化魔法というやつだ。毒を除去することが出来るんだ。そして、毒によるダメージを回復魔法で治療したんだ」


 「凄いですね。それが出来るとわかっていれば、こんな問答なんて要らなかったのに」


 ん? 僕はサルーンが面白がってやっていると思っていたが、違ったようだな。それよりも王が孤立しているぞ。早くかまってやったほうがいいんじゃないか? サルーンは王に目を向けた。


 「王よ。ひとまず、体が元に戻ったことは喜ばしい限りだ。私は……王の処刑は考えていない。禅譲さえしてくれれば良いと思っている」


 「それでは示しがつかぬ。私が王国にレントークを売ったのは事実だ。その責任を……」


 「良いではないですか。これは作戦だったのです。王国をおびき寄せ、完膚なきまでに叩く。それが見事、公国と協力して成し遂げた。国王はむしろ偉業を成し遂げたのです」


 「それはちと無理があるのではないのか? 私もそこまで馬鹿ではないぞ」


 「良いのです!! 私はもう少し王と……いえ、父上と話をすればよかったと思っております。王家と七家という壁が今回のような悲劇を生んだのです。私が王となれば、その壁をなくすつもりです。そして、父上には私を補佐してほしいのです」


 「ふむ。サルーンよ。私の息子。立派になったな。私もお前ともう少し話をすれば、違った今があったかも知れないな。しかしな、私が生きてレントークにいれば、おまえにとって良いとは思えない。やはり処刑をしてくれ。それが……父として、お前に残せる唯一のことなのだ」


 「父上……」


 二人の気持ちがぶつかり合い、なんとも悲しい結末になりそうになっていた。しかし、僕がこの場にいる意味をようやく見つけることが出来た気がした。


 「王よ。どうであろう。公国に来ないか? こうやって頼りになる息子が後を継いでくれるのだ。安心できるであろう」


 それに王は難色を示そうとしたが、サルーンは手を叩いた。


 「それがいいでしょう。父上にはレントークの特使として公国に赴いてもらいましょう。公国との外交全般を担ってもらうことにしよう。どうだ? 父上」


 「しかしな……」


 その時、扉が開けられクレイが現れた。クレイは父親の顔を見ると胸に飛び込んでいった。


 「父上、お久しぶりにございます」


 「クレイ……本当に済まなかった。お前には辛い思いばかりさせてしまった。しかし、なぜお前がここに?」


 クレイはここにいる理由を説明すると、僕を睨みつけてきた。娘を取った男と映ったのか?


 「ロッシュ公は……クレイを大切にしてくれているのか?」


 「もちろんですよ。父上。私のためにレントークを救ってくれたのですから」


 「何⁉ それほどの想い……ロッシュ公、私はこれほど感動したことはないぞ。娘を……クレイをこれからもよろしく頼む」


 おお、随分とあっさりと認めてくれたものだな。


 「よし!! 決めたぞ。私は公国に行く。ロッシュ公。私はそなたに数え切れないほどの恩が出来たようだ。是非とも、返させてくれ。そうでなければ、死んでも死にきれぬわ」


 「これにて一件落着ですね」


 そういってサルーンが幕を下ろそうとした。しかし、一人だけ忘れられた存在がいた。シスだ。サルーンは汚物でも見るような視線をシスに向けた。


 「お前には掛ける言葉もない。あろうことか王に毒を盛り、王国と通じるとは言語道断。お前には然るべき取り調べをした後、処刑とする。この件については恩赦はないと心得よ」


 この決断について、王は何も言うことはなかった。情状酌量の余地がなさすぎたのだ。これからの熾烈な取り調べによって事実が明らかになることだろう。シスが巻き起こしたレントークの悲劇はなんとか回避できたが、それでも受けた被害は甚大なものとなってしまった。

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