王国の狙い

 サルーンによる裁判のような一幕が終わり、レントーク王は王という地位を捨てることで罪に問われることはなかった。全ての元凶はシスにあり、レントークに王国軍を招き入れた罪は全てシスがかぶることとなった。ただ、それだけではレントークの損害に全く見合わない。


 僕はイハサを呼び出した。


 「イハサ。王国に対しての賠償案は出来たか?」


 その問に待っていたとばかりに、怪しい笑みを浮かべる。サルーンも賠償という響きを受けて、やや驚いたような顔をしていた。


 「義兄上。その件についてですが、王国に請求するのは難しいかと。王国は一応はレントークが正式に調印した降伏宣言書に基づいて、入国をしたわけですから」


 確かにサルーンの言っていることは尤もだ。こちらとしては王国に賠償を求める場合、進軍の不義を主張しなければならない。それには降伏宣言が嘘であったことをいうのが分かりやすいだろうか。しかし、それこそ難しいだろう。レントークでは王が外交の全てを司っているため、調印をした以上は効力があったとするべきなのだ。つまり、正常な判断で調印されていないと証明が出来たとしても、進軍自体は適切なものとなってしまう。


 じゃあ、シスが王国と通じ、王の状態を悪化させたのに王国が噛んでいることを証明するということもあり得るだろう。しかし、それこそ証明が難しい。一応はシスの部屋から出てきた密書があるが、それだけで一国を糾弾するのは難しい。それこそ密書の捏造を疑われかねない。相手は強大な王国である以上は、確実な証拠で攻めなければ。


 サルーンの問いにイハサが答えるようだ。


 「サルーン様。今回の賠償はレントーク七家で出すつもりです」


 サルーンはよく分かっていないようだ。今回の一件は、レントークに入ってきた王国がレントークの民に対して武力で損害を与えたという話だ。降伏というのは、民にも及ぶべきもので王国はレントークの民を庇護するべき立場になる。その行為に対して、七家が立ち上がり民を守ったという話だ。こちらとしては王国を攻めるのではなく、王国軍が暴走したという話にするつもりだ。王弟の嫡男に全ての罪をかぶせることで賠償を引き出したいのが狙いだ。


 もちろん、賠償額を釣り上げるために捕虜となっている王国兵と嫡男ミータスの身柄も引き渡すことを条件に加えることにしている。


 「なるほど。それならば王国に対して非を唱えることが出来るわけですね。それはなかなか面白い考えです。私としては今回の一件で受けた被害は相当なものでしたが、正直に言えば、結果的に公国との交易を結ぶことが出来たのでレントークとしては損害はかなり抑えられる計算なので、王国に賠償というのは深く考えていませんでした。払わないという思い込みもありますが」


 イハサはサルーンの言葉に同調するように頷いた。


 「私もおそらく王国は賠償に応じないと考えています。我らが請求するものは王国にとっては肝心なものばかり。それらを受け入れれば、王国の規模は今より大きく縮小してしまうでしょう。ただ、この請求の狙いは王国の非道を王国国内の者たちに伝えることなのです。それにより、戦いに敗れたアウーディア王家はたちまち苦しい状況に置かれることになるでしょう」


 「そういうものですか。父上はどう見ますか?」


 「一言で言えば、それが政治だ。サルーン。お前も王となるからにはしっかりと今回のことから様々なことを学ばなければならない。私はレントークという歴史に遵守しすぎてしまったがために王国に付け入る隙を与えてしまった。これからはサルーンの思ったとおりに行動してみるがいい。私はお前を応援するぞ」


 親子の会話というのもいいものだ。僕はその嫡男の状態が気になるところだが。するとアロンが謁見の間にやってきたのだ。どうやら嫡男に関する事のようだ。


 「ご歓談中に失礼をします。王弟の嫡男から由々しき事を聞いたのですぐに報告をと思いまして」


 アロンの顔はやや青ざめている様子だ。サルーンはアロンに報告を聞くために続きを促した。


 「実は王弟は大規模な魔族を利用した公国殲滅を目論んでいるようです。その対価としてレントーク王国に捕虜として捕まっている兵士二十万人を使うつもりのようです。それをもって公国を殲滅した後、レントークに兵士虐殺の汚名を着せる予定だとか」


 なんとも王国が考えそうなことだ。もはや形振り構っていられなくなったのだろう。大量の魔族か…・・あの魔族カミュといったか。あの娘だけでも砦を難なく吹き飛ばしてしまった。大量の魔族ともなれば、公国が誇る砦とて容易に消し去ってしまうかも知れない。これは困ったことだ。


 「アロン!! それでバカは……嫡男ミータスはその時期をいつだと言っているのだ?」


 「それは残念ながら分かりませんでした。ミータスの話をいろいろと聞いて、私なりに推察をするんですが」


 今回の一戦は王弟としてはミータスに手柄を与える一環で行われた可能性が高いようなのだ。前々から魔族による公国侵攻は計画されていたが、その後の王国運営を強く考えるようになっているようだ。それは嫡男ミータスのことだ。王弟は一応は先王の弟ということになり、ミータスは現王の従兄弟にあたる。そのため、王位継承権というものが発生するが王に子供が生まれれば、王位継承権などすぐに後退してしまう。それならば、王を亡き者にし、ミータスを王に据えればいい話なのだが……。


 残念ながらミータスは王国民からの評判がかなり悪い。素行がかなり悪く、被害を受ける王国民も少なくない。そんな者が王になれば、たちまち王国は弱体化してしまうだろう。それを阻止するための今回の戦だったのだ。

公国に邪魔をされないように停戦協定まで結び、レントークへの進軍を正当化するために降伏宣言書まで作るために王に毒も盛った。完璧なまでに工作をし、さらに三十五万人という王国の大半の兵を与えて進軍させた。


 そしてアロンは一呼吸をおいた。


 「しかし戦に敗れてしまった。これによりミータスが王の座に就くのはかなり遠のいたと考えるべきでしょう。そうなると王弟としては再びミータスを王の適格性をあげるために様々な工作をする必要があります。その時間分だけ魔族侵攻が遅れるものと考えられます」


 なるほど。今魔族侵攻をしても王弟としては得るものは少ないということか。それにしても王弟も親なのだな。あんな愚物を王にするために必死になるとは。しかし、時間を稼げたのはありがたいことだ。


 「それでミータスの様子はどうだ?」


 アロンはやや笑ったような表情をして、僕達を案内してくれた。ミータスがいる拷問室に。そこは筆頭当主の屋敷の地下にある。長い階段の先にいくつもの扉がある場所が出てきた。そこにある扉はどれも厳重な鉄の扉で容易に開けることが難しい感じがした。というのは想像で、実際は鍵もなく、意外と軽い扉のために簡単に開けることが出来た。


 中に入ると小さな小部屋と言った感じで、三、四人が入ると窮屈さを感じるほどだ。そこの真ん中に長椅子に横たわっているミータスがいた。猿ぐつわをつけられ、周りには拷問器具のようなものが散乱している。それを見ていると血なまぐさい匂いが漂ってくるようだ。


 ミータスは目ばかりが動き、僕達を見ると何かを叫んでいる。しかし猿ぐつわのせいでただの騒音にしか聞こえない。拷問係のような男はサルーンの姿を見るとすぐに平伏してしまった。こんな光景はサルーンには良くないのではないかと心配になってします。ただ、王はその拷問官にたいしてあれこれと聞いては頷いていた。


 「どうやら、ミータスは全てを吐いてしまっているようだな。これ以上の拷問は無意味だろう。ロッシュ公。済まないがこの者にも回復魔法を使ってくれないか。一応は王国に返す物だからな。綺麗にしておいたほうが良かろう?」


 人を物呼ばわりするとは。王も表情には出さないが、ミータスにはかなり怒りを感じているようだ。王は本当に汚物を見るような見下した表情をしていた。僕は言われるがままにミータスに回復魔法をかけた。潰れた様々なものが回復していく。失われた髪だけは元に戻るのに時間がかかりそうだ。僕もミータスを見たが、目はすっかりと怯えきったものとなっていた。といっても何の感情も湧かない。僕達はすぐに拷問室を後にした。


 僕達は謁見の間に戻らずにサルーンの私室に向かうことにした。その部屋の前で、アロンが報告をしてきた。


 「サルーン様。先程、王国より伝令が来ました。なんでも王国からの使者がやってくるとか。私はその対応の準備がありますから、この辺りで。王よ。今まで王として我らを導いてくれたことに感謝しております」


 「ああ。アロンよ。これかはサルーンを王として支えてやってくれ。私が親としてやれることは少なく不甲斐ないが、アロンが側にいるだけで私は安心だ」


 「もちろんでございます。サルーン様に嫌がれようとも生涯をかけてお守りいたします」


 王とアロンが熱い握手を交わした後、アロンは足早にその場を去った。王国の使者が来るとなるとイハサには最終的に詰めてもらわなければ。と思ったが、イハサに先に言われて去っていった。結局、僕とサルーン親子だけが残った。部屋に入ると、そこにはクレイだけが待っていた。部屋にはコーヒーの香りが漂い、準備して待っていてくれたようだ。ただ、久しぶりにゆっくりと対面する親子の空間に僕が居ていいものか疑問だ。


 「ロッシュ様はすでに私達の家族ではないですか。ロッシュ様もゆっくりと寛いでください」


 「その通りですよ。義兄上」


 「ロッシュ公。それで? クレイとはどうやって知り合ったのだ?」


 本当にいい親子になったな。ただ、確認したいことがある。


 「王の名前はなんだ?」


 「おお、そういえば名乗っていなかったな。私はボートレ。ボートレ=レントークだ。なるほど。王でなくなれば名を名乗らなければならないか。ところでロッシュ公、妻が複数人いると聞いたが……」


 「ああ。いるぞ。折角だから紹介しよう」


 僕はサルーンの部下にエリスたちを連れてくるように頼むとすぐに駆け出していってくれた。それからしばらくするとエリス達がやってきた。ミヤとシェラは明らかに面倒くさそうな顔をしている。


 「ロッシュ公。それでこの女性たちのどれが妻なのだ?」


 「えっ!? 全員ですけど。公国にも妻を残しているので、向こうに行ったら紹介しますよ」


 「えっ!? 全員? ちょっと多すぎないか? クレイ。本当に幸せか?」


 「幸せですよ。ロッシュ様は戦争に強いだけでなく、夜も強いんですよ」


 クレイ、余計なことを。


 「ロッシュ公をどうやら見くびっていたようだな。私の想像を遥かに超える存在だ。これだけの女性を幸せにさせるとは……是非ともご教授願いたい」


 するとサルーンとクレイからボートレを叱責する声が聞こえてきた。


 「私は長らく一人だ。妻達は早世してしまったからな。公国に行けば、それこそ一人だ。相手が居てもよいではないか」


 それからボートレの妻候補について話し合いがされることになった。なんだ? この場は。僕は聞きたくもないボートレの恋話にうんざりする気持ちで聞いていた。これから王国の使者が来るのに緊張感のない親子だなと思った。

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