祝勝会 後編

 サルーンが王国の傘下に入ることをレントーク王国の貴族の前で宣言をした。僕も初めて聞く話だ。ただ会場の中で一人だけ拍手したものがいる。アロンだ。七家の当主の中で戦場で将軍として働いたのは彼だけだ。その彼がサルーンの発言に同意したという意味合いは大きいだろう。今まで王国との関係については中立の態度をしていた貴族に対して、まるで踏み絵を強要するような雰囲気に変わっていった。


 「今は混乱しているものもいるだろうが、この方針は変えるつもりはない。もし、この方針に従えない者がいれば私はレントーク七家筆頭当主として、その家の家督を強制的にさせるつもりだ。我がレント−クはこれ以上、王国に靡くつもりは一切ない!! その事を考え、自らの身の振り方を決めて欲しい。レントークに残り、公国と共に王国と戦うか、レントークを離れるかだ」


 いつもの落ち着いたサルーンと違う、鬼気迫るような雰囲気で語る。この状況でのんびりしている貴族はこの先、生きてはいけないだろう。真っ先に手を上げ、サルーンに迎合する貴族がチラホラと見えるようになっていった。まだまだ大多数は中立という判断保留をしているようだ。


 僕としてはサルーンの発言は有難かった。しかし、それによって内部分裂を起こしては元も子もない。 僕はエリスにカバンを渡し、頼みごとをした。エリスは満面の笑みを浮かべ、リードとルード、シラーを連れて会場を離れていった。


 それから数十分もの間、貴族たちはあちこちで議論を交わしていた。やはり王国の恐怖がなかなか拭いきれないのだ。そんな中、新たな料理が運ばれてきた。先ほどとは趣が異なり、様々な料理が用意された。これがエリスに頼んだものだ。これから共に戦うという公国をよく知らない貴族も多い。公国と言えば、豊富な食料だ。その一端を見せれば変心する貴族も出てくるという浅はかな考えから来たものだ。


 「皆のもの。今、用意された料理は我が公国で作られた作物で作った料理だ。十分な量とはいかないが、公国の一端でも知ってもらえると嬉しい限りだ」


 そういうと、サルーンにいち早く迎合した貴族が食事に手を伸ばす。もちろん旨いに決まっている。その貴族がわざとらしくするものだから、若干嘘くささが目立つが……それでも口にした貴族たちは満足げな表情を浮かべていた。


 「この料理に使わている食材は公国の作られている一部のものに過ぎない。公国にはもっと多くの食材があり、それを使った料理も徐々に生み出されているのだ。サルーン卿が言ったことが実現すれば、我が公国はレントーク王国と貿易を開始しようと考えている。サントーク王国とはすでに交易を開始することが決まっている」


 そうすると、貴族から王国と同じではないかと声が出てきた。なるほど、もっともだ。王国も食料を供給する代わりに亜人を渡すように言ってきていたな。


 「サントーク王国とは木材と引き換えということになっている。レントークにも、たくさんの特産品があると聞いている。その一つがコーヒーだ。僕はレントークから譲って欲しいものはたくさんあるぞ。もちろん、亜人がいらないわけではない。貴重な労働力になることは否定するつもりはない。そのため、人が自由に行き来できる環境が出来ることを僕は望んでいるが、交易については人が対象になることは絶対に無いぞ」


 周りがどよめく。するとある男が手を上げる。その男の領地には甘い果実が成る木があるらしい。それも交易の対象になるかを聞いてきた。


 「もちろんだ。ただ、船旅に耐えられるように工夫をしなければならないが。それも十分に交易の対象になりうるぞ。いいか? この国の産物は公国に無いものが多そうだ。それら全てが交易の対象となる。それらを作るのは、いつだって人だ。その人を交易の対象にしてしまうことがどれほど愚かなことか分かるか?」


 その言葉で領内に産物がある貴族はサルーンに靡いていく。しかし、領内に山しかなく、産物らしいものがないものは去就を決め兼ねている。


 「実はな、僕はこのレントークを回った時に気付いたことがあるのだが……いや、本当は言うつもりはなかったが優良な鉱山が多いぞ。それを採掘すれば、いくらでも交易の対象となりうるな。山が多ければ、もしかしたら鉱山である可能性は高いのではないか? 」


 その言葉に意外にも反応したのがサルーンだった。


 「その言葉は真ですか? レントークに鉱山が多いという話は聞いたことがない。その詳細を後で教えてくれないでしょうか?」


 ふむ。まぁ鉱山開発は公国でも始まったばかりで、鉱石の発掘量は未だに心もとないところだ。レントークでも開発が進めば、融通し合えることが増えるかも知れないな。


 「よかろう。興味があるものはいるか?」


 すると貴族の中から手を上げるものが出てきた。その話し合いは祝勝会が終わったあとで場を設けられることになった。僕とサルーンは固い握手を交わした後に壇上を降りていくと、その時は会場中から割れんばかりの拍手が起こった。サルーンもこの状態が信じられない様子で驚いたような表情をしていた。サルーンは壇上から降りて、僕にそっと話しかけてきた。


 「あんなに頑なだった貴族たちが義兄上にかかれば、ああも簡単に考えを変えてしまうとは。一体、何をしたのか教えてくれませんか?」


 「別に大したことはしたつもりはない。公国にとって利益ある取引をしたいがために必死なだけだ。それが貴族たちにも利益になると思っただけなんだろう」


 「分かりません。私には貴族たちが王国を見限って公国に付いたようにしか見えませんでしたが」


 「別に彼らに主義主張があるわけではないのだろう。彼らにあるのは領民を食べさせていくという責務があるに過ぎない。サルーン、今回の戦で公国からの食料の援助がなければどうなっていたと思う?」


 「おそらく王国には勝てなかったでしょう」


 「かも知れないな。食料が戦争における絶対的な要素とはいうつもりはないが、重要な要素だ。それでは兵の士気に影響したと思うか?」


 「それは間違いありませんね。サツマイモを手にした兵たちの士気は高いように感じましたから」


 「食料の心配がないというのは、そういう効果があるものだ。安心して戦争を継続することが出来たということだ。食料にはこの安心という統治に不可欠なものを生み出してくれる効果がある。それゆえ、領主は食料というものに苦慮するのだ」


 「それはわかります。それでしたら、王国でもいいではないですか」


 「自領の住民を売り渡すようなことは誰もしたがらないだろ?」


 「あっ!! なるほど。自領で食料と交換できる物があるとしれば、それに食いつくのは領主としては当然ということか。義兄上はそれを言っておられたのか。むむむ。私は食料というものにそこまで深く考えたことがなかったです。領主としてこれほど不甲斐ないことはありません」


 「そんなに気にすることはないぞ。食料の心配なんてしないにこしたことはないんだ。むしろ、食料だけに目が向いて、大局を見失うことなんて多くあることだろう。食料ばかりあっても国は動かないものだよ」


 「勉強になります。これからも義兄上から様々なことを学びたいです」


 「おかしな事を言うな。サルーンはこれからレントーク王として民を率いる立場であろう。自分の信じた道を進むがいい。大切なのは、忠告をしてくれる忠臣を側に置くことだ。その者たちがいれば、きっと国は正常な方向に進むことが出来るものだ。僕はずっとそれをしてきた。だからこそ、今の公国があると思っている」


 「義兄上の家臣は幸せでしょうね」


 「そうかな? だといいが。まぁ、公国に遊びに来るといい」


 「もちろんですよ。義兄上」


 僕はサルーンと別れた後もエリス達は次々と料理を作り続けた。久々の料理で火が付いてしまったのだろうか? それでも七家の貴族たちは料理が運ばれる度に皿を空にしていく。口の周りを汚しても気にならないらしい。ミヤ達と合流し、エリスの料理を思う存分堪能した。時々出てくる、蛇肉の料理は喧嘩騒ぎになるほどの人気を博した。やはり蛇肉の旨さは共通のものだったか。


 アロンも必死になって皿に食いついていた。僕が近づくと、冷静な素振りを見せながら新たな料理が運ばれこないか扉の方をチラチラと見ていた。


 「アロンはサルーンがあんなことを言うのは知っていたのか?」


 「当然です。サルーン様は材木都市を攻略したあたりから考え始め、七家領防衛の時に決心をしたようです。初めて聞いた時は私も驚きましたが、公国の強さ、ロッシュ公の高潔さに胸惹かれるものがありましたから、反対はいたしませんでした。私自身もその決断が正しいか分かりませんでしたが、王国を退けた公国軍を見て、サルーン様の先見の明に驚いたものです」


 やはりアロンはサルーンの懐刀と呼ぶに等しい存在なのだな。そうであれば、アロンには是非ともサルーンから離れずにやってもらいたいものだ。


 「アロン。サルーンをこれからもよろしく頼むぞ。あいつはどこか頼りないところがある。英断をする判断力、戦場に出るほどの胆力はあるが、側に誰かいてやらねばならない。僕はサルーンがその適役だと思っている」


 アロンは僕の手を握りしめ、涙を滲ませて僕の目をじっと見つめてきた。


 「ありがとうございます。サルーン様をそこまでお認めに慣れているお方は私を除き、ロッシュ公だけです。サルーン様は年少で筆頭当主という重責を担わされました。周りは皆大人で、対等に話を出来るものがいなかったのです。サルーン様がロッシュ公とお会いになられてから人が変わったように明るくなりました。私の方こそ、どうかサルーン様の相談相手になってください。私は……サルーン様から離れるようなことはありません。終生、忠誠を捧げるお方だと決めた方ですから 」


 僕はアロンの肩に手をやり、新しくやってきた料理をよそった皿を差し出した。その途端、湿っぽい雰囲気がなくなり、アロンは僕に一礼をしてから皿を奪い取って、食べては幸せそうな顔を浮かべていた。本当に大丈夫だろうか? ちょっと不安になる。


 祝勝会はそのままお開きとなり、翌日、レントーク内の領主が集まり公国との交易の品目についての話と鉱山開発についての話をしたことで、レントーク王国すべての領主が妥当王国で一つにまとまることが出来た。その分、公国の負担は増えることになる。航路の確保を続けることが必要不可欠となったのだ。


 ちなみに今回、ドサクサに紛れてレントーク王国の南東にある島を勝手に占領しているのだが、その領有権をサルーンに特別に認めてもらうことになった。レントーク王国自身もその島のことは認識はしていたが、領有する意思はなかったようで、貿易の拠点となるならば、ということで認めてもらったのだ。


 そして数日が経ち、いよいよレントーク王とクレイの腹違いの姉と対面する時がやってきたのだった。

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