祝勝会 前編

 僕達が遅れていったが、戦勝会はちゃんと始められていた。どうやら先に戦線離脱したクレイがしっかりと根回しをしていてくれたようだ。そういえば、と周りを見渡すと妻達の姿がいつの間にか居なくなっていた。どこでいなくなったんだ? と疑問に思っているとサルーンがこちらに近づいてきた。


 「義兄上。主賓にも拘わらず、遅れてくるとやりますね?」


 「なんだ? 嫌味のつもりか?」


 「滅相もないですよ。姉上から話は聞いています」


 僕は一体何を話をしたのか気になったが、あまり詮索すると墓穴を掘るかも知れないので軽く流すと、勝手にサルーンの方から話してきた。


 「朝からかなり酒を召し上がったとか。私はすぐに寝入ってしまいましたが、義兄上ほどにもなると、疲れを知らないようですね」


 「あ、ああ、そうなのだ。ついな。勝利の美酒というやつだ。本当はこの場で楽しみたかったが我慢できずにな。そのせいで寝坊してしまっては、面目ないな」


 「疲れ知らずというのは、盛んなことですよ。私には隠し立ては不要です。英雄色を好むって言いますもんね」


 クレイ……正直に話しすぎだろ。あとで説教が必要なようだ。僕はサルーンに気になっていたことを聞いた。


 「サルーン。聞きたいんだが……あの時の救援は本当に助かった。あれがなければ王国に決定的な打撃を与えることは難しかっただろう。しかし、あの短期間であれだけの人数をよくかき集められたな。正直に言えば、七家軍には全く期待をしていなかったからな」


 「おっしゃる通りです。おそらく我々の手では軍の再編は間に合っていなかったでしょう。何よりも深刻だったのが戦いたくないという気持ちが兵士たちの間で蔓延していたからです。目の前で多くの同胞が王国軍によって殺され……いえ、争っていましたから」


 「では、どうやって?」


 「それは、エリス様と姉上のおかげなのです。二人は避難すべき時に避難もせずにずっと領内に残り、兵たちの治療に当たっておりました。そのときに、お二方が公国軍を助けてほしいと親身になりながら説得を繰り返していたのです。我々は義勇兵という形で兵を募っておりました。最初は集まらなかったのですが、エリス様達の治療を受けた者たちが次々と志願にやってまいりまして。ついに三万人という人数を集めることが出来たのです」


 初耳だ。そんなことをエリス達がやっていてくれたなんて。僕達はエリスたちに救われていたんだな。


 「そうか」


 「ええ。ですから、エリス様たちを是非褒めてやってください」


 僕は頷くしか出来なかった。サルーンからこの話を聞かなければ、僕は一生このことを知らずに生きていただろう。もしかしたら、と思う。今までもこんなことがたくさんあったのではないだろうか。知らず知らずのうちに妻たちに助けられていたのでは。そう思うと、なにやら妻たちに申し訳ない気持ちになってしまう。すると、サルーンが僕の肩の向こうに目をやる。


 「どうやら、来たようですね。それでは私はこれで。また後で話をしましょう」


 一体誰が来たのだ? 僕はサルーンの去る姿を見ていると、後ろから声が掛けられた。


 「いつまでそっちを見ているのよ。こっちを向きなさい」


 その声はミヤか。僕が振り返ると、心が高鳴ってしまった。エリス達がドレスに身を飾り、いつもより美しさが数段上がったような、そんな感じがした。エリスは真っ白なドレス、ミヤと眷属は真っ黒なドレス、クレイは赤いドレス、シェラは青いドレス、ドラドはピンク色のドレス、シラーとルードは紫のドレスを身にまとっていた。とても似合っている。一人一人に賛辞を送っていては、日を跨いでしまうほどだ。僕の妻達の出現は、祝勝会に参加していた七家貴族たちにも非常な関心を集め、妻達の周りには多くの人だかりが出来始めていた。


 そして、僕には貴族の令嬢達が挙って集まるようになっていた。こんな事態になることは想像もしていなかったが、ミヤやクレイは手慣れたものだ。断りながらもエリスをかばい続けてくれる。そんなことはお構いなしにシェラは僕の腕に自分の腕を絡みつけてきて、集まってきた令嬢たちを睨みつける。それが癇に障ったのか冷静に対応していたミヤが男たちを怒鳴りつけ、シェラへ説教を始めていた。


 その剣幕に、集まってきた七家の貴族たちは距離を置くようになり、ちょっとスッキリした。そういえば、と思いエリスを捕まえた。


 「エリス。聞いたぞ。七家軍の兵士を説得してくれたんだってな。そのおかげで僕……いや、公国は救われたんだ。礼が遅くなったが、ありがとう」


 「ロッシュ様……私の方こそお礼を言わせてください。ロッシュ様が命をかけて、王国から七家領を守ってくれたからこそ、私達が治療に専念することが出来たんです。皆もそれが分かっているからこそ、公国に力を貸してくれたんだと思います。皆の心を動かしたのは、私達ではなくロッシュ様なのです。私達はそれにきっかけを与えただけなんです」


 エリスは僕がこの世界に来てから、ずっとこの態度は変わらないな。僕をいつだって立ててくれる。この女性が僕の側に居たからこそ、ずっとこの世界で頑張れたような気がする。


 「そうか。そういうことにしておくよ。でも、エリス達がやったことは本当に凄いことなんだと思うぞ」


 「それじゃあ、ロッシュ様はもっと凄いですね」


 「ありがとうな」


 僕はなんとなくエリスに感謝を言いたくなってしまった。クレイにも似たようなことを言ったが、謙遜するばかりだった。それでもレント−クへの想いが強いということだけは伝わってきた。シェラは……うん。頑張ったな。治療しすぎて、手の皮がむけた? そんな馬鹿な。マグ姉の特製傷薬でも塗ってあげよう。えっ? 僕の回復魔法がいい? しょうがないな……これでいいか? 


 そんな他愛もない話をしていると料理がどんどん運び込まれた。立食スタイルのようでフロアの中央に置かれたテーブルに料理が山盛りに積まれていった。ただ、その料理を見て愕然とした。すべてが……サツマイモ料理? 黄金色に輝く料理達によって、僕は一瞬で食欲を失ってしまった。


 しかし、周りの反応は違うようだ。サツマイモ料理に貴族達が争うように群がり、競うように食事をしだしたのだ。一体何が起こっているのだ。サツマイモ一色にこれほど喜ぶとは……レントークはそれほどの飢えを経験しているのか。


 「違いますよ。ロッシュ公」


 声を掛けてきたのは、アロンだった。軍服も様になっていたが、やはり貴族なのだと思わせる。


 「なにがだ?」


 とは言わない。僕はアロンの話しの続きを聞くことにした。


 「ロッシュ公がお作りになられたサツマイモが今、七家領で爆発的な人気を博しておりまして。しかし、各人に回る量などたかが知れております。殆どが備蓄に回っていますから。それでこの祝賀会に大量のサツマイモ料理が出ると知って、貴族たちがそれ目当てで集まっているのでしょう。なんとも浅ましい光景ゆえ、ロッシュ公にはお見せしたくなかったのですが……」


 なるほど。確かにあのサツマイモは旨い。初めて食べれば虜になってしまうのも頷けるな。されど貴族たるものの品位が疑われてしまう光景だ。アロンは一歩進み、僕に振り向いた。


 「しかし、あのような悪魔の実を作ったロッシュ公が悪い。我らはそれに抗うことなんて出来るでしょうか!! いや、出来ない!! それでは私も無くならないうちに行ってまいります」


 そう言って、アロンは貴族たちが群がるテーブルに突撃していった。なんだったのだ……アロンは優秀な軍人かと思っていたが、ただのサツマイモ好きの変人となってしまった。そういえば、伝えるのを忘れたな。あのサツマイモは二度と作れないことを。考えてみれば当然で。最高の土壌という環境だからこそ出来た偶然の産物なのだ。もし、もう一度、あのサツマイモを作ろうと思えば、何年、何十年、何百年と土作りにこだわり最高の土壌を完成させれば可能かも知れないが。


 再びサルーンがやってきた。


 「義兄上。どうぞ壇上に。皆が言葉を聞きたがっていますよ」


 どうやら挨拶を催促しにやってきたようだ。サルーンは僕の妻達も、と誘っていた。エリス達は断る様子もなく、僕より先に壇上に向かっていった。僕も後を追うように向かった。壇上は会場よりやや高い場所にあるため、一望することができる。この会場には七家の当主やそれに関わる貴族たちが参加している。戦争に参加した兵士たちは残念ながら参加は出来ないようだ。それでも裏で盛り上がっていることは間違いないな。僕もそっちに行きたかった。


 僕が壇上に立ち、しばらく会場を見回しているとサルーンも壇上に上がって僕の横に立った。そして、サルーンは僕に挨拶をするように促してきた。こういうのは嫌いなんだよな。


 「僕は公国の主ロッシュだ。サルーン卿ならびに七家当主の皆様、此度の王国との一戦に勝利が出来たことは本当に喜ばしいことだ。我が公国軍と七家軍は王国との死闘で大きな損害を受けてしまった。されど、王国は更に大きな被害を受けたことだろう。これによる損害は必ずや王国に大きな亀裂となって後に災いとなって王国に降りかかるであろう。その時こそ、我らが力を合わせ、王国を打倒する時になる。両国は、その時のために力を蓄えておく必要がある。そのことを肝に銘じて欲しい。だが……それは明日からにしよう。今宵は存分に楽しもう」


 この言葉は七家の貴族にどう伝わっただろうか。僕としてはレントークも王国に対抗する一勢力として立ち上がって欲しいと思っている。従来のような関係性を断ち切り、食料のために自国民を売り渡すような行為をして欲しくないのだ。その気持ちが伝わったのか、拍手をする貴族は一人もいなかった。やはり王国が恐ろしいのだろう。なるべくは中立を維持したいと考えたくなってしまうものだ。しかし、隣りにいるサルーンは大きな拍手をしだした。そうなれば、それに呼応する貴族は多く、大きな拍手に変わった。


 僕の挨拶が終わると拍手をやめたサルーンが一歩前に出た。


 「皆のもの。ロッシュ公の発言は我らに勇気を与えるものだ。我らは王国との関係を間違っていたのだ。その間違いによって数多くの同胞を失ってしまった。その過ちは続けるべきではない。これからは公国と共に手を取り合い、王国に立ち向かうべきだと思っている。南方のサントーク王国はそれにすぐに気づき、傘下に入ったと聞く。我らもそれに倣うべきだと思う。現状、王国に対抗しうるのは公国のみだ。王国打倒の盟主として公国を迎え、我らはその傘下に入ろうと思う」


 その言葉にどよめきが起こったのだった。




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