陣を引き払う
僕達が砦に到着すると、ガムドとサルーンがやってきた。
「ロッシュ公。勝利おめでとうございます」
「義兄上。ようやく終わりましたね」
「二人共、よくやってくれた。お前たちの働きがあったからこその勝利だ。ただ、我らが受けた損害は尋常なものではない。回復させるもの時間がかかるだろう。僕はすぐに公国に戻り、軍を再編を急がねばならない。ガムド、これから忙しくなるぞ」
「そうですな。今回の戦で問題点も多く見つけることが出来ましたからな」
「まぁまぁ。義兄上もガムド殿も。せめて数日は七家領で過ごしてください。大したもてなしは出来ませんが、精一杯の祝勝会をさせていただきたいのです」
「私はすみませんが辞退させてもらいます。現在、公国は無防備も同然。すぐに引き返し、防備を固めたいと思います。ただ、ロッシュ公のことはよろしくお願いします」
「分かりました。それでは義兄上だけでも」
なんだか、勝手に話が進められているが……まぁいいか。とにかく砦の瓦礫を片付けなければ。この下にはまだ生存者が多数いるはずだ。僕はシラーと協力して土魔法で瓦礫を取り除いたのだから、すぐに終わらせることが出来た。幸いにも負傷者は多数いたが、戦死者はいなかった。僕は七家領にたどり着けないほどの傷を負っているものだけに回復魔法を掛けることにした。全員に魔法をかけていたら何日かかることやら。
そういえば、王国に国を売り渡したレントーク王家の連中はどうなったんだ?
「サルーン。王家はどうなったのだ?」
「それでしたら、さきほど使者がやってきて降伏を伝えてきました。私の方からその返事として五千人の兵を行かせましたから、すぐに答えがでてくるでしょう」
サルーンも随分とやるようになったではないか。僕はサルーンの肩に手を置き、じっとサルーンを見つめた。
「戦場は初めてであっただろう? 恐怖はなかったか?」
「はい。恐ろしくて恐ろしくて……今でも震えて。勝てたのが本当に信じられない。義兄上はいつもこんな戦場の前線に出ているんですか?」
どうだろう? 前線にはいる気はするが、敵と直接戦うのはあまりない気がする。
「そうでも、常に側には信頼できる者がいるからな。サルーンとて、アロンが側にいればこそ安心できたのではないか?」
「それはあるかも知れませんが……あの時は夢中で考える暇もありませんでしたよ」
たしかにその通りだな。そんな話をしている間にガムドとグルド、ライルは公国軍の兵をまとめ始めていた。七家軍もアロンが集結を呼びかけている。この砦を離れる頃合いのようだ。
「サルーン。しばしの別れだ。七家領でまた会おう」
「はい。義兄上」
僕はライルとグルド、ガムド、ニードが集まる場所に向かった。
「四人共、無事で何よりだ。これより七家領に凱旋する。負傷している兵達がいるゆえ、進軍はゆっくりと行こう。また王国の捕虜については七家領に着いてから処分を決める」
僕は将軍たちに指示を与えた。今の暫定的な損害の報告だけを先に行ってもらい、ガムド、ライル、グルドには先に公国への帰還を命令した。ニード将軍にはまだ付き合ってもらう。ニード将軍に従ってきた兵たちは大きく目減りし、元気な兵はたった五千人となってしまった。それ以外は、公国への帰還が命じられる。ガモン将軍の配下については怪我の有無に拘わらず全員を七家領に来てもらうことになった。
ガムドには、七家領にいる負傷兵の回収もしてもらうため、七家領の南にある港に寄ってもらうことにした。僕は報告の内容を整理することにした。
その数字を見ると愕然とする思いだ。今回の戦で公国、七家、王国ともに甚大な被害をあったことが数字を見て客観的に分かってくる。公国は結局六万人以上を動員し、その八割近くが負傷するというほどだった。戦死者はほとんど出なかったのは幸いしたが、その殆どは魔族の出現によるものだったと考えると王国との戦争ではほとんど被害がなかったと言えなくもない。それ以外に、移動式大砲やバリスタも持ち込まれた殆どが大破してしまった。そのせいで公国の戦力は大幅に下がってしまうだろうな。
七家はもっと酷い。十万人という動員をしたが六万人が負傷または戦死しており戦力の大半をこの戦で失ったことになる。住民にも大きな被害が出ており、当面レントーク王国は戦争をする体力はないだろう。王国軍は……正確な数字はわからないがこの戦争には三十五万人が動員されている。おそらく王国軍の大半の兵力に相当するだろう。そのうち、王国に退却できたのは五万人程度だ。三十万が負傷、戦死、捕虜のいずれかの道を辿っている。
王国はこの戦によって全てを失ったと言っていいほどの損害を受けている。まだ顕在化はしていないが、近い将来王国内で大きな動きがあるはずだ。公国はそれに巻き込まれる可能性が高い。それに対処するために急ぎライルたちを帰国させたのだ。といっても兵の状態を見る限り、すぐに立て直すのは難しいだろうな。
僕が悩んでいると、ガモン将軍が横に並んできた。
「ロッシュ公。此度の戦、感服いたしました。サントーク王国の兵としてこの戦に参加できたことに感謝しております。我らは七家領に着き次第、負傷した部下を回収した後サントークへの帰還をしたいのですが、お許し願えないでしょうか? すぐにでも王に伝えたいのです」
ふむ。ガモンとも戦勝を祝いたかったが、仕方がないか。
「今回の戦の立役者が不在というのはいささか興醒めする思いだが、仕方あるまい。王には僕の方からも手紙を出そう。エリスのことも心配しているだろうからな。そういえば、ガモンは酒を気に入っていたな。今すぐというわけにはいかないが、送らせよう。それをサントーク王国との交易の第一弾とするのもいいかも知れないな」
「おお、その言葉を王に伝えれば、どれほど喜ばれるか。それではサントーク王国の最高品質の木材を用意して待っております」
「ああ、楽しみにしている」
ガモンについてはそれから人伝にサントーク王国に帰還したことを知った。ニードもやってきたが、勝利が分かっても寡黙さは変わりがないようだ。イハサが変わって戦勝の祝いの言葉を掛けて来た。
「イルス公。この戦で王国との戦いに一つの終止符が打たれたことでしょう。我らもかなり損耗してしまいましたが、それだけの価値はあったでしょう。私としてはすぐにでも王国討伐の軍を起こしたほうが宜しいかと思いますが」
イハサは仕事熱心な男だな。
「今は王国のことは考えたくないものだな。ただ、イハサの言うことは尤もだ。すぐに計画を立ててくれ。それとこの戦における賠償を王国に求めるつもりだ。その条件を煮詰めておいてくれ。基本方針は、王国の戦力縮小と領土の割譲だ。特に王都周辺の虐げられていた諸侯たちの領土を狙うつもりだ」
「良き考えかと。王都を丸裸にすれば、王都で奴隷化している亜人もすぐに逃げ出せるでしょうし、ますます王国の弱体化を図ることが出来るでしょう。七家にも相談しましょう。彼らにも要求はあるでしょうから」
「そうしてくれ。せめて今回の戦で負傷した兵士たちに補償がされるくらいには王国から搾り取りたいものだな。そのためにも王弟の嫡男には頑張ってもらわなければならないな。その前に王国の内情を聞けるだけ聞いてだがな」
「イルス公は恐ろしいお方だ。それでは七家領に到着しましたら、すぐに着手したいと思っております」
「本当に仕事熱心だな。しかし今日だけは勘弁してやれ。彼らとて今日くらい安堵して騒ぎたいだろうからな。イハサも騒いでいいんだぞ」
「分かりました。今日だけは自粛しましょう。私は部下たちと静かに祝うことにしましょう」
まぁ、人それぞれか。僕達の進軍は負傷兵と捕虜を抱えているせいで、遅々として進まなかったが、それでも半日をかけて到着することができた。朝日が昇るころに到着したにも拘らず、少ないが住民が出迎えてくれた。どうやら避難していた住民が少しずつだが戻ってきているようだ。
その中にエリスとシェラ、クレイの姿が見えた。僕は三人のもとに駆け寄り、抱きしめた。三人も僕を強く抱きしめ返してくれた。
「エリス、シェラ、クレイ。よく無事でいてくれた」
エリスが僕から離れるとニコッと笑った。
「ロッシュ様。おかえりなさい」
「ああ。今帰ったぞ」
そして、再び二人で抱き合った。シェラとクレイも勝利を祝ってくれた。
「それにしても三人共凄い姿だな」
本当に酷い姿だ。兵士の治療に当たっていたせいか、服には血がべっとりと付き、疲れが顔に現れていた。シェラも随分と頑張ったのか、目の下にくまが出来ていたのだ。僕達はミヤ達とともに、七家筆頭家の屋敷に向かい、祝勝会は夜にやることに決まり、その間は自由行動となった。といっても僕が出来るのは休むだけだ。安心したことで急激に眠気が襲っていて、部屋に入るなりすぐに寝入ってしまった。
気づいた時は夕方になっていた。目の前にはエリスがすやすやと寝ていた。頭を撫でてから身を起こすと、妻達が眠りについていた。ベッドの上で寝る者、ソファーで寝る者、地べたに転がっている者、様々だったが皆、疲れが溜まっていたようだ。
僕はこっそりと起きると、クレイだけが起きていた。
「クレイ。寝ていなくて大丈夫か?」
「いいえ。さっき私も起きたばかりなんですよ。ロッシュ様。この度は本当にありがとうございました。私自身はレントークとは関係のない身となりましたが、それでも故郷を守ってくれたことにお礼を申し上げます」
「ふむ。礼をしたいというのなら……」
僕はクレイの体を強く抱きしめた。
「ロッシュ様。そんなことをされては……」
「大丈夫だ。皆はまだ眠り続けている」
クレイはコクっと頷いて、僕とクレイは肌を合わせた。レントークに来てから緊張の連続でとても落ち着けるときはなかった。それゆえ感情を抑えることが出来なかった。僕はクレイを相手に夢中になっていると周りの状況に気づくことが出来なかった。
「ロッシュ様。あとは……頑張ってくださいね」
そういうとクレイは早々に戦線離脱していった。そうか。僕は火をつけてしまったのか。そう、ご無沙汰だったのは僕だけではないのだ。後ろから襲いかかって来る妻たち相手に思いっきり感情をぶつけた。そのおかげで、祝勝会に少し遅れるという失態をしてしまった。ただ、そのおかげで妻達の機嫌は良かった。
まぁいいか。周りを見渡すとサルーンやアロンも正装を身にまとい、いかにも貴族然とした面持ちをした二人を見つけた。戦闘服を脱いだ彼らを見て、懐かしさを感じてしまった。とにかくこれから祝勝会が始まるのだった。
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