魔族召喚

 王弟の嫡男だが、王国の総大将を捕縛したという報告はすぐに公国軍、七家軍、王国軍の三軍に伝わり、レントーク決戦の終わりを告げるものだった。公国軍と七家軍は歓声を上げ、勝利を喜び、王国軍は地べたに座り込み敗戦を悔やんだりしていた。


 王弟の嫡男ミータスが乗っていた馬車はその場でドラドに踏み潰してもらった。ミータスがあまりにも世間知らずで、すぐにでも王国に帰れると思い込んでいたのでその思いを断たせるための措置だ。その様子を見ていた見た−すの絶望的に表情を今も忘れることが出来ないほど滑稽なものだった。


 眷属の数人を砦に向かわせて、ミータスと供回りの身柄を拘束する人員を呼んできてもらった。その間にドラドには魔族の姿に戻ってもらい、僕達はフェンリル隊にミータスたちの見張りを頼み、暇つぶしをしていた。


 「なぁ、ミヤ。あの魔族は一体何だったんだ?」


 「話せば長くなるんだけど。まぁ暇だから教えてあげる。多分、また現れるだろうから」


 ミヤの話は魔界に関わることだった。先程現れたのは、元一の魔王の娘だ。サキュバスという種族で、魔界を制したほどの優秀な種族らしい。相手の感情を操ることに長けており、隠密性が高い行動を得意とする。そのため、暗殺を生業とする者が多いのが特徴のようだ。女性がほとんどで、精を搾り取る過程でのことらしいが。


 そんな優秀な種族も没落する時があり、現一の魔王に破れてからは、娘が元一の魔王に課せられていた負債を全て背負うことになった。そして、現一の魔王のもとで課せられている仕事が、人間界に召喚されて仕事をこなし、その対価をもらうというものだ。昔は活発に行われていた仕事だったが、今はほとんどやり手がいないらしい。それは人間界に対価となるものがないからだ。


 昔は人間界にも魔族が多く暮らしており、対価となるものに溢れていたらしい。まぁ、昔と言ったが数千年も前の話らしいが。まぁ、魔王の娘は運が非常に悪いみたいで、そんな卑職に就かされ、一生かかっても払いきれない負債を背負い、日々失敗をしては負債をこさえていく人生を送っているようだ。ミヤとは、魔王の娘というつながりでそれなり交流があったらしいが。


 「あの娘……本当に運が悪いのよ。でも魔力だけ見れば魔界でもおそらくトップレベルよ。一の魔王が手放さないのはそれが理由だと思うの。一生、飼い殺しをするつもりよ」


 なるほど。彼女がどれほど不幸体質かはよくわかったが……それよりも召喚について聞きたいのだが。ミヤは少しつまらなそうにしていた。なんだかんだ言いながら、前からの知り合いに会えてちょっと嬉しかったのだろうか?


 「召喚は対価を支払うことで魔族に命令することができるわ。彼女はあんな見た目をしているから体くらいしか使いみちが無いと思われるかも知れないけど、攻撃に使ったのはあのバカを評価できるわね」


 あの時、対価として三万人の命が一瞬にして刈り取られたんのを見たが……対価とはそれほど高いものなのか? そういえばランキングがどうとか言っていたが。


 「対価は大したものではないと思うわよ。それは召喚者が用意できるものによって違うでしょうけど。一の魔王から対価表というのが渡されるのよ。ランキングって言っていたのはそれのことよ。それには魔界で必要とされるものが多ければ順位が高くなるの」


 ふむ。ミヤが言うには、魔界で人気のあるものというのはほとんど変動がないらしい。魔族はあまり食事を必要としないため食料は然程人気はない。美味しい料理は別らしいが。魔酒はすごい人気らしい。常に品薄でランキングでも常に上位に入るらしい。その中でもずば抜けて高い順位を誇るものがエルフの家具とドワーフ製品だ。エルフは魔界から突如として消え、エルフの家具を手に入れるすべを失った魔界では希少な家具を争って戦争が起きるほどらしい。ドワーフも負けず人気が高いが、魔界には少人数ながらいるため、エルフほどではないらしい。


 「なるほど。それでエルフの家具にあれほど反応していたのか」


 「そうよ。エルフの家具は一つでも対価としてはお釣りが出るほどよ。あと二つ三つ仕事をしてもらってちょうどってい感じじゃないかしら? もっとも私が魔界を出る頃の話だから、今はもっと価値が上がっていると思うよわ」


 「じゃあ、王国兵三万人の価値って」


 「そう、ほとんど価値がないの。三万人でもかなりサービスされたんじゃないかしら? きっとそれも彼女の負債になるはずよ。といっても、あそこにいた八万人を対価にしてもどうだろう? やっぱりサービスかしらね」


 そんなに人間って価値がないのか……どうにかならないのか?


 「しょうがないじゃない。魔界に人間が居てもなんの役にも立たないもの。戦争にも使えない、魔力もない、力もない、食料を欲しがる、魔素を浴びて病気になる。そんなのいらないでしょ? まだ亜人のほうが価値があるわよ」


 そ……そうか。じゃあ、次に召喚をするのは難しいということか?


 「そうね。召喚者がどう考えるかわからないけど。たとえば、王都の全ての人を対価として差し出せば、それなりの仕事をする魔族を召喚できると思うわよ。ロッシュならそんな選択はしないと思うけど。王弟ならどうかしらね」


 やりかねない……と思いたくないものだ。しかし、追い詰められた王弟ならどうなるんだろうか? もうちょっと聞きたいな。対価として払えるものは、他人の物でもいいのか?


 「それはダメじゃないかしら? そうなると……三万人に限定されたのは当然かも知れないわね。あの三万人はあのバカの直属の部下かもしれないわね。それ以外は王弟の物と認識されたのかも」


 ほお。それは面白いことが聞けたな。つまり、相手から対価となるものを奪ってしまえば魔族は対価として回収することが出来ないということか。


 「そうなるわね。もっとも彼女の負債が増えるだけだけどね。私には関係がないけど」


 僕はあの時の彼女を思い出していた……もう一度逢いたいものだな。


 「ミヤ、あの魔族は名前を何ていうんだ?」


 「ロッシュ、まさかあの子に興味をもっちゃったの? まぁいいわ。あの子はカミュよ」


 カミュか……するとミヤがじっと僕を見てくる。まさか怒っているのか?


 「ロッシュなら、カミュを開放してあげられるかも知れないわね」


 どういうことだ? ミヤが言うには、エルフの家具を十個も積めば、カミュの負債は綺麗になくなるかも知れないというのだ。エルフの家具は普通は簡単には手に入るものではないが、僕ならば比較的簡単に手に入ると思われている。


 「頼めば、なんとなるかも知れないが……リリにどんな事を要求されるか。それにそこまでカミュを助ける理由がないが。確かに興味は無いとは言わないけど」


 「ロッシュ……カミュを負債から解消してくれないかしら? なんだかんだでカミュとは昔からの付き合いだし、ずっと不幸なのは可哀想な気がするの」


 ん? ミヤが珍しいことを言うものだな。それほどカミュという子はミヤにとって大切なのだろう。そういう事ならば話は断る理由はないな。


 「でも、どうやるんだ?」


 ミヤも考えていなかったのか、首を傾げていた。僕が召喚をすればいいのか? それとも魔界に直接届ける? 分からないな。ミヤとそれからも話をしていると砦から迎えの者がやってきた。どの兵も傷を負っていたが、顔は明るいものだ。


 僕に敬礼をしてから、バカ……じゃなかったミータスを睨みつけて、つばでも吐きかけそうな勢いで近づき、荒々しく縄で縛り付けていく。ミータスは非常な痛がりの様子だったが、そんなことはお構いなしに引きずって砦に向かっていった。裸になったお供にも縄を縛り、あられもない姿を晒しながら引きずられていった。せめて、布一枚でもかけてやるくらいの情けがあっても良かったのにな。


 取り残された僕達は、砦にのんびりと向かっていった。ミヤには魔酒を散々催促されることになった。僕は了承するとご満悦な表情に変わっていった。やっぱりカミュという魔族が現れてから様子が違うな。なんだか嬉しそうだ。


 するとシラーがそっと近寄ってきた。


 「ミヤ様、随分と機嫌がいいみたいですけど」


 僕はカミュの存在を説明すると、シラーは合点がいったような表情を浮かべていた。


 「なるほど。それで機嫌がいいんですね。ミヤ様とカミュさんは魔王と娘という同じような境遇だったため、周囲からずっと比較されるように成長していました。それ故、二人も意識しあっていて、いわゆるライバルのように競り合っていたんですよ。それがカミュさんの家が没落してからは、二度と会うことができなくなって。その頃はミヤ様は少し落ち込んでいたんですよ。そうですか……それでしたら、私の方からもカミュさんを救ってください。ミヤ様の笑顔は私達もみたいですから」


 「シラー!! 余計なことを言わなくていいわよ。今のあの子と張り合っても面白くないだけよ」


 ミヤにもそんな一面があったのだと思って、驚いたな。カミュの負債を無くすためにも……魔界のことならトランにでも聞くか。もしかしたら解決する方法があるかもしれないな。


 僕達が砦に近づくと、砦に残っていた者たちが大歓声で僕達を出迎えてくれた。公国軍も七家軍も区別なく、皆が笑顔になっていた。ようやく戦争が終わったのだな。




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