レントーク決戦終結

 王国軍が最後の兵力でこちらに進軍してくる。一兵になるまで戦う意味がこの戦にはあるのだろうか? この戦で王国軍が失った兵はあまりにも多すぎる。それでも無謀にもこちらに攻めの一手を打ってくる。ただ、無謀と言ったがこちらもとても戦争を継続できるぞう体ではない。全軍が砦に入った後に訳の分からない魔族による強大な魔法を使われ、瓦礫に多数の兵が埋もれてしまっている状態だ。


 幸い、将軍たちは無事で少しずつ兵たちも起き上がり始めているが王国軍に対抗することは難しいだろう。


 「ライル!! どれ位の時間が必要だ?」


 「三十分だ」


 三十分か……。僕の後ろにいるミヤと眷属、リード、ルード、ドラド、全員無事だ。フェンリルと魔馬も無事だが、魔場に乗っている兵士が怪我を負っている状態だ。敵軍が来るまで十分程度だ。四万人相手に堪えられるだろうか? するとミヤがすっと横に立った。


 「時間稼ぎをすればいいんでしょ? だったら敵の頭を潰しに行きましょう。こんな少数で馬鹿正直に一人一人の兵を相手にする必要なんてないわよ。私達が一丸となって、敵の中心に突進していくの。どうせ、あっちには私達を止められる者なんていないわ」


 甘美な言葉だった。そんな突撃が成功すれば、自軍の消耗もなく戦争をすぐに終わらせることができる。しかし、一歩間違えれば包囲され、逃げ場もなく窮地に追い込まれることになるのだ。ミヤ達が信頼できないわけではない。ミヤ達にはそれだけの力があるのだ。


 「ダメだ。僕はともかく、ミヤたちに危害が及ぶかも知れない方法は採れない。別を考えよう」


 ミヤは特に不満を漏らすことはなかった。おそらく僕がこういうであろうことは分かっていたかのようだった。


 「そしたらロッシュは壁を作りなさい。敵はどうせ砦内にいる兵士たちを殺したいんでしょうから」


 ふむ。それならばすぐに作れるな。砦に入れないような壁を作ればいいんだな。


 「違うわよ。私達が砦前に陣取るんだから。砦までの道のりを壁で制限して欲しいのよ。さすがに私達でも同時に相手出来る人数は限られているの。その壁で私達と戦う人数を減らすのよ」


 なるほど。僕はようやく合点がいって、双璧を作ることにした。片方はシラーに任せ敵が来る直前まで壁作りをした。壁が終わるか否かという時に足の早い王国軍の兵士は僕に肉薄するほど接近していた。その者を眷属達が吹き飛ばしていく。


 「なんとか間に合ったな」


 「お疲れ様。あとは後ろで待っていなさい。まぁ、風魔法で王国軍を吹き飛ばしてくれると助かるかも」


 「了解!!」


 僕とルードはできたての壁によじ登り、迫ってくる敵たちを風魔法で吹き飛ばしていく。ルードはさすがに風魔法の制御が上手く、敵をしっかりと砦に向かうように誘導していく。壁と言っても全体に広がっているわけではなく、砦の入り口だけに作っているため、回り込まれる心配が常にあったのだ。


 王国軍は砦前に群がり、細い通路に押し込まれるように流れていく。その先に待っているミヤたちに次々と吹き飛ばされ、軍の後方で転がっている。その光景がしばらく続いたが、王国軍が引き下がる気配は微塵もない。なんてしつこさなんだ。するとライルが足を引きずりながらやってきた。怪我をしていたのか。


 「ロッシュ公。すまねえ。けが人が思ったよりも多くて編成が難しそうだ。撤退の判断をしてくれないか?」


 「数千人でもいいんだ。どうになからないか」


 「すまねえ」


 ライルはくやしさを滲ませながら、僕の言葉を拒絶する。ミヤたちの様子を見るとまだまだ疲れを知らないと言った様子だが、やる気はかなり落ちている。単純作業のようで嫌気が差してきたのだろう。仕方ない。撤退を選択するしかないようだな……そう思っていると、北から見知らぬ勢力が王国軍めがけて突撃を開始していた。


 その姿は勇猛そのもので、手当り次第王国軍に牙を向いていく。ガモン将軍だ。大森林に潜ませていたから無傷だったのか。いいタイミングだ。しかし、王国軍とてやられてばかりではない。急に現れたガモン隊をすぐに追い詰め始める。五千人程度では意味がなかったか。


 その時、砦南方から大きな怒号のような声が聞こえてきたかと思うと、王国軍に突撃を始めた。次は一体何なのだ。ライルもその光景をじっと見ている。


 「これはすげえな。七家軍だぜ。持ち直しやがったか。こっちもうかうかしてられねえな。ロッシュ公。すまねえが足を治療してくれ。千人でもいいから、かき集めてくるぜ」


 僕はすぐにライルの足の治療をすると、ライルは砦の方に駆け出していった。それから何があったか分からないが、ライル、グルド、ガムドという将軍たちと千人程度の少数がミヤ達の横を通過し、砦の眼前に迫る敵たちに攻撃を仕掛け始めた。王国軍は不意に三方からの攻撃に動揺を初めて見せた。敵の指揮官を声を荒らげるが、敵兵士は目の前に迫る公国軍の兵士への対応に負われて、指揮系統が機能していない様子だ。


 こうなれば、王国軍は弱い。公国軍からはガモン隊五千人、ライル隊千人と寡兵ではあるが士気は旺盛で、獅子奮迅の働きをしている。それだけではとても王国軍を追い詰めることは出来ない。七家軍三万人が参加したことで一気に形勢が逆転しているのだ。七家軍の先頭にはアロンの姿があった。そして後方には……サルーン? あいつも戦争に参加したのか。


 七家筆頭当主が軍に加わったことで、兵の勢いが違う気がする。先の戦いにでは王国軍に圧倒されていたにも拘らず、微塵もそのような様子はない。七家軍の本領を見た気がする。三方に展開している公国軍と七家軍は徐々に包囲網を小さくし、王国軍を追い詰めていく。


 すると王国軍の一部が戦線を離脱し始めた。おそらく王弟だろう。王弟は戦争から離脱するタイミングを明らかに間違っている。今更逃げるのなら、もっと前に逃げるべきだ。


 「この後に及んで……逃げしてなるものか」


 僕はそう呟き、公国軍と七家軍の様子を見るが追手を差し向けるほどの余裕はなさそうだ。それならば……。


 「ミヤ!! 僕達が王弟を追うぞ!! この戦争をこの一戦で終わらせるんだ!!」


 僕はハヤブサを呼び出し、すぐに跨ぐとミヤの返事も待たずに飛び出していった。その後ろに続くのはフェンリル隊だ。更に後ろにミヤと眷属が従ってくる。ミヤは明らかに僕を睨んでいる。あとで小言を言われそうだ。


 フェンリルの足の速さは瞬く間に離脱していった敵部隊に追いつくことが出来た。敵部隊は王弟を庇うように撤退をしていたが本当に少ない供回りだったため、すぐにフェンリル達で取り囲んだ。


 「王弟よ。もう観念したらどうだ? お前がいなくなれば、この戦争は終わる。さっさとその駕籠から出てこい」


 王弟は馬車に乗ったままでいる。未だに姿は見えないが、馬車に翻っている旗は紛れもなく王弟のもの。供回りは観念した様子もなく、剣を構えたままこちらを睨んでくる。往生際が悪いな。


 「ドラド。本当の姿を見せてやれ。ここならば誰にも見られまい」


 「ようやく我の出番か。ロッシュはてっきり我を忘れているかと思ったぞ」


 使い方が難しいんだよな。基本的に戦争では個人の戦闘能力に頼ることはめったにない。ミヤと眷属は連携が上手く、多人数を相手にしても難なくこなしていく。リードとルードは狙撃という点で使い勝手がいいのだ。ドラドは確かに戦闘能力では妻の中でも一番を誇るだろう。しかし、戦争となれば話は別なのだ。


 ドラドは息を吸い込むと、本来の姿に変身していく。相変わらずの巨体をさらけ出し、少し吐いた息がブレスとなって王弟の供回りに容赦なく降りかかる。なんとか耐える供回りだったが、その代償として鎧は吹き飛び、粗末なものを振り回す、みっともない格好になっていった。剣もなくなり裸一貫となった供回りは流石に断念したように座り込んでしまった。


 そして、ようやく馬車の扉が開けられ転がるように男が地べたに這いつくばった。


 「ど、どうか命だけは……」


 「お前は誰だ?」


 僕はミヤたちに顔を向けるが知っているわけがないか。すると供回りが勝手に答えた。


 「こ、このお方は王弟殿下御嫡男、ミータス殿下だ。ず、頭が高いぞ!!」


 その言葉は言わなくてはいけないものなのか? 言葉より手が早いミヤにその男は蹴り飛ばされて、数メートル先で気絶してしまった。その姿を見てから、ミータスを見下した。かなり怯えているな。それもそうか。目の前にドラゴンが控え、馬ほどもあるフェンリルが取り囲み、一騎当千の活躍をしていた魔族がいるのだから。


 「さて、ミータスと言ったか。今回の戦の首謀者はお前か?」


 ミータスは無言を貫く。


 「言いたくなければ、それでいいぞ」


 その言葉をどう勘違いをしたのかわからないが、ミータスは馬車によじ登ろうとしていた。


 「なにをしているんだ? 馬車に忘れ物でもしたか?」


 怯えたような表情をしているミータスはこちらを振り向く。


 「み、見逃してくれるんじゃないのか? さっき、そういったではないか?」


 ? そんなこと言ったか? こいつは話が通じないタイプなのか?


 「よく分からないな。こんな戦争を仕掛けておいて、生きて戦場から出られると思うなよ。お前にはこれから皆の判断を仰がねばならない。僕の一存でも構わないだろうが……お前には色々と聞きたいことがあるからな。ただ一つ。あの魔族を召喚したどうか何かをだしてもらおうか」


 こんなところで再び召喚されては溜まったものではないからな。しかしミータスは首を横に振るばかりだ。どうも話が出来ないな。眷属に命令し、締め上げてもらうことにした。


 「な、無いんだ!! ここには」


 「どういうことだ?」


 「魔導書は使ったら消えてしまったんだ。本当だ。どこを探してくれてもいい」


 消えた? 一度しか使えない代物なのか? するとミヤが呟く。


 「どうやら、持ち主はこいつじゃないようね。大方、盗んできたのよ」


 「ち、違うぞ!! あの魔導書は確かに父上のものだ。しかし、いずれは僕が相続するんだ。つまり僕の物と言ってもいいはずだ」


 違うぞ!! といいたいがミータスという男は頭が悪いようだ。何を言っても通じまい。とにかく締め上げて、この戦争の実態を知ったら、煮るなり焼くなりアロン辺りに任せればいいだろう。


 僕は空を見上げた。空は青く澄んでいる。とにかく戦争が終わったのだな。

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