砦攻防戦

 僕が砦に作った高台に登り、王国領の方を眺めていると王国軍が長々とした列を作りながら街道をこちらに向かってまっすぐと進んできた。遠くにからか、こちらに向かっているという実感が全く湧かないのだ。それでも一歩また一歩とこちらにやってくる。


 ここからはライルが全ての指揮を採ることになっている。ライルも僕の横でじっと王国軍が来るのを見つめていた。風は北から吹き付け、砂煙が舞うほどだ。砦内では常に焚き火をしている。その煙が風に流されていく。大砲という新兵器がほとんど使えない現状ではバリスタが超長距離攻撃としては主力となる。飛距離は到底大砲には及ばないが、一キロメートルほどなら限界まで仰角を上げれば届く。もっとも命中率は下がるため、狙う必要がある場合は五百メートルが限界だ。


 ただ今回は狙う必要はない。とにかく敵勢力は大きく展開している。適当に撃っても誰かしらには当たるだろう。それほど野を覆い尽くすほどの人数がこちらに向かっているのだ。そして、一キロメートルのラインを王国は躊躇もなく超えていく。ライルは王国軍の方向をじっと見つめながら手をすっと上げた。すると焚き火の煙を何度も遮断しだした。これが海上に展開しているガムド将軍率いる海軍への合図なのだ。


 しばらく静まったと思ったら、爆音とともに王国軍の中軍に一発着弾した。それを皮切りに海上の方から弾が無数に飛んでいって王国軍に面白いように着弾していく。それは三十分ほど続き、王国軍は右往左往するほどの騒ぎになり、進軍する速度がほぼ停止してしまった。


 ライルはその状況を見てから、バリスタを含む大砲隊に命令を下した。数門の大砲と百基近いバリスタが一斉に発射した。バリスタには火薬玉が巨大な矢に取り付けられており、着弾すれば爆発を起こすものだ。仰角一杯に上げられたバリスタから打ち上げられた。


 しかし、北からの風が強いため南に大きく逸れ、王国軍に着弾することはなかった。直ちに軌道修正され、再び発射したときにはギリギリの距離で王国軍の鼻先に当てることが出来た。しかし、損害を与えるほどではないため、僕は発射を見送るものと思っていたが、ライルは再度の発射を命じた。


 「今、王国軍は混乱の中にあるはずだ。この状況で当たるか当たらないか分からない弾が矢継ぎ早に来れば、進みたくなくなるのが心情だ。その分立ち往生すれば、艦砲射撃の命中率が上がるというものだ」


 なるほど。しかし、ライルの予想は裏切られることになった。艦砲射撃が止まない中、王国軍は再び進軍を開始したのだ。


 「王国軍は恐怖がないのか? なぜ、この弾雨の中を進軍できるんだ!!」


 ライルが叫び、大砲隊にさらなる攻撃を加えるように指示を出していたが、王国軍の動きは止まらず、砦のすぐにまで迫ってきたのだ。この辺りから艦砲射撃が控えられ始めた。砦に砲弾が当たってしまうからだ。


 「クロスボウ隊!! 撃てぇ!!」


 ライルの号令はすぐに土塀の上に展開しているクロスボウ隊に伝わり、五千人ものクロスボウによる一斉射撃が行われた。その矢は間髪入れずに行われ、王国軍の面前の兵たちを次々と倒していく。それでも王国兵は倒れた兵士を踏みつけながら進軍をしてくる。王国軍にとっては倒れた兵士はただの障害物でしか無い様だ。


 それでも障害物が増えれば、進軍がもたつくことがある。徐々に列は乱れ、砦前に広がるように展開されていく。クロスボウ隊にとっては標的が一気に増えたことになり、とても追いつけるようなものではない。急遽、クロスボウ隊を増員し、さらなる一斉射撃がおこなれることになった。


 ここまでくると王国の執拗な攻めに対して不気味な印象を感じざるを得ない。そこで王国軍は二つに別れ始めた。一つは砦に向かって進軍してくる主力と言える部隊だろう。もう一つは後方でじっと待機を始めた部隊だ。おそらく、あの後方の部隊に王弟が控えているのだろう。


 とにかく眼前に群がる王国軍を潰さなければ。ライルはクロスボウ隊による一斉射撃にも限界が見え始めたと見て、側面攻撃という作戦をすることになった。ライル将軍はグルド将軍を呼び出し、作戦を指示していた。グルドはニヤッとした表情を浮かべ、すぐに兵のもとに向かった。

 

 すると砦の橋が降ろされ、ガムド隊一万人が一気に王国軍めがけて駆け出し始めた。今まで進むしかなかった王国軍の目の前に敵が現れたからか、砦に向かっていた軍の半分が一斉にガムド隊に進み始めたのだ。ガムド隊は王国軍に向かったと思ったが、一転して砦に沿うように南方に移動を始めたのだ。


 王国軍はガムド隊を追う部隊と砦に向かう部隊、そして後方で待機する部隊に別れることになった。兵力としては砦部隊は三万人、ガムド部隊も同数程度、後方五万人程度となり、すでに王国兵の四万程度は戦闘不能にさせていることになる。本来であれば、王国軍の惨敗と言える数字だが……。


 ガムド隊を追っている部隊に対して、ライルは大砲隊に攻撃を加えることを命じた。数門の大砲が火を吹き、バリスタが力強い音が聞こえ、飛翔物が吸い込まれるように敵部隊に向かっていく。敵部隊からすれば背中の方から弾が飛んでくるのだから恐怖は凄いものだろう。さすがに歩を緩まってしまった。


 その時……ガムド隊が追ってきた部隊の変化に気づき、転身し、突撃を開始した。動揺して敵部隊は成すすべもなくガムド隊に蹂躙されるがままとなった。さらに変化があった。ガムド隊が上陸し、グルド隊と合流し散々に敵部隊を追い詰めていった。砦に展開している部隊は、ガムド隊を追っている部隊が窮地に立っていることに気づき、数を割いて救援をしようとして、敵部隊がにわかに騒がしくなっていた。


 「いい頃合いだ」


 ライルはにやりとすると、ニード将軍に出撃を命じた。一万人がすぐに砦の外に駆け出すと、砦に展開している部隊に突撃をした。敵部隊は援軍を送るために部隊を編成している途中だったものだから、指揮命令系統が一時的に機能不全を起こしていたのだ。そのためニード隊に対して対応が遅れ、散々に討ち取られていた。ライルは潮時と判断し、ニード隊を砦に戻した。


 そして、クロスボウ隊に一斉射撃を命じたのだ。ここで進軍一辺倒だった王国軍にようやく変化があった。砦に展開している部隊がにわかに撤退を始めたのだ。その直後にグルド隊とガムド隊に追い詰められてた敵部隊も揃って後方に控えている王国軍に向け撤退をしていったのだ。


 「ロッシュ公。どうやら我らの勝利のようだ。王国軍は半数近い兵が戦線から離脱しているはずだ。これで撤退しなければ……王国は本当に馬鹿だぜ」


 僕はライルの言葉にホッとして、周囲を見渡した。砦前の部隊が撤収したのを確認したグルド隊とガムド隊が砦内に入ってきたのだ。皆は凱旋と言った感じで、高らかに腕を上げ、勝利を祝っていた。しかし、王国軍は撤退する様子もなく、後方に控えていた五万人の部隊がこちらに進軍を開始したのだ。もちろん、逃げてきた部隊も糾合しているので八万人程度に膨れている。こちらはほとんど損耗もなく、ガムド隊が加わり四万人近い人数になっている。ライルは王国軍の動きに少し動揺をしているようだ。


 「なんなんだ。今回の王国軍は動きがおかしいぜ。もはや戦いの大勢は決したはずだ。それでもなお戦いを継続する理由があるっていうのか?」


 王国軍はゆっくりとした足取りでこちらに向かっていると思ったが、急に立ち止まった。すると、にわかに王国軍の中心あたりが明るくなった。赤く光っているような感じだ。


 「ライル。あの光はなんだ!?」


 「わからねぇ。王国軍の新兵器か? だったら、なぜ最初から出さなかったんんだ。おい!! 王国軍が変な動きを見せている。もしかしたら新兵器かも知れねぇ。皆、警戒を怠るな」


 一体、何なのだ? するとミヤがぐいっと体を前に傾けて、王国軍が発している光を凝視していたのだ。ミヤがこんなに人の間の戦いに興味を示すのは珍しいなと緊張感もなく思ってしまった。それほど珍しいことだったのだ。


 「あいつら……まさか……なんて物を持っているのよ。ロッシュ。いい? あれは魔族召喚の儀式よ。こっちの世界には大きな対価を支払うことで強大な魔族を召喚する方法があるのよ。それが行われているのよ。とにかく、全員を避難させて。死んでしまうわよ」

 

 その言葉にライルが食いつく。


 「ミヤ譲ちゃん。今はオレ達が有利に戦いを進めているんだぜ。魔族が数人来ようとも、オレ達は戦えるぜ」


 「あなた、馬鹿なの? 人間と亜人が束になろうとも強打な魔族の前では虫けらほどの力しかないのよ。魔族対策も何もない中で戦うなんて気が狂っているとしか言えないわ。とにかく、避難しなさい。ロッシュも早く、このバカに言いな……」


 僕はミヤをかばいながら、大声で叫んだ。


 「みんな、伏せろ!!」


 その時、王国軍の方角から光る波動のようなものが見え、こちらに信じられない速さでやってくるのが見えたのだ。僕はミヤを抱きしめながら床に伏せるとものすごい爆音が辺りに聞こえた。耳は聴覚を失い、酩酊状態のように気持ち悪くなった。なんとか回復魔法を使い、調子を取り戻し、周りを見渡すと……辺りは瓦礫の山となり砦はほとんど破壊されていた。


 皆は無事か!? すると瓦礫の中から何人もの兵士たちが姿を現し、ライルやガムド、グルドも姿を見せた。どうやら先程の閃光は砦の上部を掠めただけだったようだ。それにしても何ていう威力なんだ。ミヤは? 僕は腕の中にいるミヤを見つけた。


 「ミヤ……」


 「だから言ったでしょ? 逃げなさいって。でも、下手くそなやつで助かったわね。あれがまともに当たっていたら皆、死んでいたわよ」


 すると、頭上から声が聞こえてきた。


 「あら? あらあら? ミヤじゃない。こんなところで何をやっているのよ」


 ミヤを名指しに声を掛けて来た。その声にミヤは苦いような表情を浮かべていた。


 「貴方が喚ばれたのね。どうやら運が良かったようね。貴方のような下手糞が来てくれて。いくら強大な魔力を持っていても下手くそなら恐れる必要はないわね」


 「下手くそ、下手くそと何度も……今回はこれだけだから安心しなさい」


 「それで? 対価は何?」


 僕は頭上に入る魔族をやっと見ることが出来た。ミヤに似ている風貌だが、頭には角があり、大きな羽が生えていた。顔は……うん。美人だ。敵にこんな感情を持つのはどうかと思うが。その魔族はミヤの問いかけに答えるように王国軍の方を指差した。


 「あんな人間なんていくらも対価にならないでしょうに。まぁ召喚者に恵まれないのも、貴方らしいわね。一応言っておくけど、ロッシュならエルフの家具を用意できるわよ。いいでしょ?」

 

 「エ、エ、エ、エルフの家具ぅ!! あのランキング一位の? なんで?」


 「ふふっ。それが貴方の限界なのよ。まぁ好きなだけ人間を持っていくがいいわよ」


 「ぐぐぐ……ロッシュ!! あなたの顔は覚えたわよ。是非、次は私を呼んでください」


 なぜかその魔族は悔しそうな表情を浮かべながら王国軍の方に戻っていった。それにしてもランキング? ってなんだ? ミヤはすこし笑いを浮かべながら、魔族の後ろ姿を見ていた。その後、凄い光景が広がった。魔族が戻ると王国軍のかなりの数が急に倒れたのだ。


 「なんだ? 何が起こっている」


 「あれは魔族召喚の対価。あそこにいる数万人の命がそうよ。倒れたのは命を魔族に刈り取られたのよ。あんな仕事、やりたくないわね」


 何が、何だが……。王国軍は四万程度に減った軍でこちらに進軍を開始してきたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る