レントーク王国の降伏

 停戦協定が締結され、公国民に発表がなされた。各地ではそれを歓迎する声が聞こえ、方々で戦争の終結が期待され始めていた。僕も民と同様に戦争が今後起きないことを願ったのだ。その時までは。締結から一月ほどが経とうとしたとき、忍びの里と諜報機関から同時に同じような報告がもたらされたのだ。それは、レントーク王国がアウーディア王国に降伏したというのだ。これにより、レントーク王国は消滅したのだ。


 一体何が起こっているというのだ。とにかく王国にどのような状況であるかを説明を求めなければ。停戦協定がこの動きに公国が参加させないための布石だとしたら、これほど馬鹿にされることはない。レントーク王国はアウーディア王国を牽制するためには公国には必要不可欠なのだ。


 僕はすぐに重役を集結させた。ルド、ゴードン、ガムドを中心として城の会議室にあつまり評定が行われた。


 「皆に急に集まってもらったのは他でもない。王国に動きがあった。レントーク王国が……王国に降伏した。未だ情報は確かではないが、レントーク王国では大規模な残党刈りが始まる予定だ。現在王国では大規模な出兵をする準備を進めているという報告が入っている」


 その言葉に一同は言葉を失ってしまった。レントーク王国の重要性は皆も共通認識でいるはずだ。これがなくなるということは、王国はレントーク王国のことが片付き次第、公国に本腰をいれてくる可能性があるということだ。皆が黙る中、ルドが手を上げた。


 「ロッシュ公。これは由々しき問題だ。すぐに王国に真相を打診するべきだ。レントーク王国がそう易易と降伏をするわけがない。これにはきっと裏があるぞ」


 「もちろんだ。今、王国に使者を送っている。何かしらの返信があるまでに時間がかかるだろう。その前に公国がどのように動くかを考えるべきだ。ガムド。もしレントーク王国が完全に王国の手中に入った場合、その後はどうなる?」


 「おそらく、皆が予想する通りになるでしょう。現状、公国と王国の戦力差は五倍程度。それでも王国がこちらを攻めあぐねているのは食料の問題が大きく付きまとうからです。強制労働させている亜人の脱走が顕著になっているということもあり、ますます大規模攻勢を仕掛けるほどの体力が王国にはありません。しかし、レントーク王国が降伏したとなれば話は全く変わります」


 ガムドはここで深呼吸をして、皆が話を飲む込むのを待った。一同に理解が浸透したと見てから話を続けた。


 「知っての通り、レントーク王国は亜人の国。これを得ることで亜人不足という王国の最大の足かせが無くなることになります。それはつまり、王国のタイミングで好きな時に公国に大規模攻勢を仕掛けてくるという事になります。そうなれば、砦でどれほど持ちこたえられるかわかりませんが全土を巻き込んだ戦争になる可能性は否定できません」


 ガムドの予想と僕の予想は然程離れていない。それほど明瞭な答えしか出ないほど、今の状況はまずい。すると誰かが、レントーク王国にすぐに兵を送り降伏を覆するべきだと言うものがいた。それにはルドが苦虫を潰したような顔をして反論した。


 「それができれば、苦労はないのだ。王国はこれらを予測して停戦協定を結んだのだろう。我らに軍を出す大義がないのだ。形式的にはレントーク王国は降伏した。つまり、王国になってしまったのだ。だとすればレントーク王国に派遣するということは、敵対行動をこちらが取ることになるのだ。フォレインにしてやられたのだ!!」


 そうなのだ。しかも悪いことに、レントーク残党刈りについてもこちらは指を咥えて見ているしかないのだ。最後にフォレイン卿が咥えてきた例外規定がこちらにとどめを刺す形となった。こうなれば、停戦協定を破ってレントーク王国に兵を送るしかない。大義のない戦。これに勝利しなければ公国は全てを失ってしまうな。


 「ガムド。もしレントークに兵を送るとなれば、どのような方法があるのだ?」


 「今現在、その作戦を立案中でありますが、海路で進む以外に方法はありません。レントーク内のどこか港を強襲し、現地に拠点を築きます。そのうえで現地で友軍を集めつつ王国に徹底抗戦をするという方法になると思います。ただ、海上輸送能力が公国には大してあるわけではありません。そうなると少数精鋭で挑まなけれなりません」


 「敵の戦力はどれほどとなる? それに対して我らの軍で勝利を収めることはできそうか?」


 「王国の現存兵力は五十万人ほど。公国に対する守備兵を考慮しても今回は総力を上げて短期決戦を仕掛けてくると思います。そのため、少なくとも二十万人は動員してくるでしょう。一方、我が軍は二万人が限界でしょう。王国の領海を掌握し、兵站を確保すれば増援を送ることも可能ですが、王国の船を全滅させるほどの打撃を与える戦争をしている間にレントークは蹂躙された後になっています」


 王国の海を超えずに大きく迂回をしながらレントーク王国に向かい少数で戦うか、増援を確保するためにまずは王国の海を奪ってからレントークに移動するかが問題か。後者は万全の期して大軍を用意できるが、それまでレントークの残党が耐えられるかという問題があるということか。そうなれば少数精鋭でもいいから、急行しなければならないだろう。


 「二万人対二十万人。どう考えても勝ち目は薄いです。現地の者たちを集めてようやく、それなりに対抗できるといった状況でしょうか。ただ、我々には現地についての情報が少なすぎる。残党と言っても誰が率い、どれほどの数になるのかを全く把握しておりません。行ってみて、残党など存在しないということもあるのです。かなり分は悪いと言わざるを得ないでしょう」


 やはり一同が静まりかえる。公国が停戦協定を遵守し未来の滅亡を座して待つか、はたまた停戦協定を破り勝ち目の薄い戦に挑むか。あらゆる選択肢が公国に不利に働く。現地か……と僕が頭を悩ましていると、クレイが会議室に入り込んできた。しかも、かなり怒りを顕にしている。


 「ロッシュ様!! なにゆえ私を呼んでくださらなかったのですか。レントークの危機だというのに」


 「クレイ。一つ聞いておく。レントークに戻り、レントークをまとめるために動いてくれるか? もし、その気がないのであればお前がここに来ていい理由はない」


 「それはつまり、ロッシュ様の妻である身分を捨てるということですか?」


 「その通りだ。現状、公国はつらい状況に置かれている。クレイはレントークの王族だ。残党を集めるのにこれほど適した旗頭はいない。そうであれば公国はクレイを最大限に利用させてもらうしか公国の勝ち目がないのだ」


 するとゴードンが僕を諌めるような口調で注意をしてくる。


 「ロッシュ公。それはあまりにも。クレイ嬢が可哀想すぎます。祖国が無くなりそうと言うだけでも心配でしょうに、ロッシュ様との縁を切れというのは」


 その言葉にルドがゴードンに食って掛かった。


 「いや、ロッシュ公の判断は正しい。今回の戦は絶対に勝たなければならない。そのために使えるものは何でも使わなければならない。それがロッシュ公の奥方だったとしてもだ。その覚悟を問うのは王として当然の責務というものだ。誰よりも苦しいのはロッシュ公なのだ。ゴードンさんともあろう方がそれがわからない訳がないでしょう」


 「二人共止めてくれ。クレイ。済まないな。話は終わりだ。ここを出ていってくれないか?」


 「いいえ。話は終わっていません。私が犠牲になることで公国が救われるというのであれば……そしてレントークが救われるというのであれば……」


 クレイは決死の表情を浮かべ、僕に微笑んでくる。


 「ロッシュ様との生活は楽しかったです。私は王国で奴隷のような暮らしをして死ぬ運命だったでしょう。それがロッシュ様と夢のような暮らしをさせていただきました。これは恩返しなのです。私はレントークに行きます」


 「本気なのか?」


 「ロッシュ様。確認するようなことは止めてください。気持ちが揺らいでしまいますから」


 「ならば、何も言わないぞ。しかし礼だけは言わせてくれ。クレイのおかげで公国が生き残る光明が少し見えるようになってきた」


 僕はクレイの顔をじっと見ていると涙が出そうになる。何故妻を死地に出すようなことをしなければならないのだ。僕は王国への憎しみが段々と深くなってきた。そして、停戦協定などにうつつを抜かした自分を恨みたい。


 「ガムド。我々が準備が終わる前にクレイをレントークに送ることにする。クレイには現地の残党をかき集めてもらい、我々が到着する頃を見計らって合流。その上で王国軍に反攻をする。この作戦で行こうと思うが、どうだ?」


 「それが現状では最善かと思います。我が軍でもクレイ様に危険が及ばないように護衛をつけさせます。また、第一軍には元レントーク軍に在籍していたものが五千人ほどおります。彼らをクレイ様につけたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


 ガムドの言葉に思わず喜色を浮かべてしまった。皆もクレイを大切に思っていてくれるのだな。


 「もちろんだ。クレイにはなるべく兵を同行させてやろうと思う。さらに兵器も融通してやってくれ」


 「承知いたしました。そのように準備をいたしますが、クレイ様にはすぐに出発をしてもらうことになります。三日後には出港という事になるかと思います。クレイ様、大きなお世話かも知れませんがこの三日間は悔いのないようにお過ごしください」


 「ありがとう。ガムド将軍」


 僕はガムドにレントーク王国に連れて行く二万人の選抜を急がせ、兵器の量産と大砲の生産を行なってもらうことにした。そして集まってくれた者たちに、停戦協定からたった一月しか経っていないが再び戦争になることを告げた。これに対して不満を言うものなどいない。むしろ、王国への憤りを顕にするものばかりだった。クレイの存在が皆の気持ちを一つにしたようだ。


 クレイに残された三日間。僕は出来る限りクレイの側にいることにした。それくらいしか僕には出来なかったのだ。ただ、その三日間は本当に楽しい日々だった。エリス達も気を使ってくれて、僕とクレイは二人で村の屋敷で過ごすことが出来た。そして、三日間という短い時間があっという間に過ぎてしまった。

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