レントーク出発準備

 クレイがレントーク王国に向かうまでの時間、三日というのはあっという間だった。僕達は新村に赴き、用意された船を見て、クレイを今一度思いとどまらせようと思ってしまった。


 「クレイ。考えを変えるつもりはないか? なにも……」


 僕が話を続けようとすると、クレイは僕の口に指を押し当ててきた。そして、ふっと笑った顔を見せてくれた。


 「ロッシュ様。何度も話し合いをしたではありませんか。私の考えは変わりません。必ずやレントークの地で公国の味方を一人でも集めてみせます。それで王国をレントークの地から追い出してみせますよ。私は絶対に死にませんよ。まだやりたいことがたくさんあるんですから。それにロッシュ様の子供も欲しいですから」


 「済まなかった。クレイ。余計なことを言ったようだな。危険が伴うが大事な仕事だ。頼んだぞ」


 「ええ。ロッシュ様もくれぐれもお体を大切にしてください」


 僕はクレイに最後の別れを告げた。クレイは最後まで笑顔で船に乗り込んでいった。船に乗った途端、顔色が悪くなったような気がしたが……大丈夫かな? クレイは精一杯笑いながら手を振っていた。僕も手を振り返していると出港の合図が鳴り、船は静かに沖へ向かって動き始めた。船着き場には、レントーク出身の亜人達が見送りにやってきていた。彼らもレントークが王国に降伏したことに一抹の不安を感じているのだろう。


 僕は船が見えなくなるまで見送ると、すぐに都に向かった。これからのことを相談しなければならない。フェンリルのハヤブサに大急ぎで向かってもらった。登城をすると、ルドやガムド、ゴードンをすぐに集めた。


 「ガムド。早速で悪いが、クレイに従っている軍容を教えてくれ」


 ガムドはそこは淀みなく返してくる。クレイに従ったのは元レントーク王国軍にいた五千人だ。元々クレイを姫と慕っており、統率、士気は間違いなく高い。一軍でも相当数を相手に出来ると言われる軍隊に仕上がっているようだ。武器も公国の主力が使われており、クロスボウ部隊として運用されている。船には大砲が二門積まれており、熟練した兵も乗船している。船乗りも元レントーク出身者で構成しているという徹底ぶりだ。


 「それはすごいな。あの船に乗っている全員がレントーク出身か。それならば王国から見ても公国軍と思えないだろうな。それでどのような予定なのか確認させてくれ」


 ガムドは手にしていた地図をテーブルの上に広げ、クレイの作戦を説明してくれた。現状については、忍びの里と諜報機関の全資源を使ってレントークの情報収集に向かわせているため次々と情報が入ってくる。王国は、やはり二十万人規模の兵を動員する予定で、すでに数万人がレントーク王都に向け出発をしているらしい。数日もしないうちに到着するだろうということだ。


 クレイは王都より南に百キロメートルほど進んだところにある小さな漁村が目標だ。この場所を選んだのは、比較て安全な場所であるということ、船を隠す場所があるということで選ばれた。この小さな漁村は森に囲まれており、そもそも地元の人間しか知らないという奇跡的な場所でもあるのだ。


 クレイは、そこから上陸後海沿いの道を使って、北上。そこで王国と反抗している者たちと合流することとなっている。レントーク王国には王家と七大貴族というものがあるようだ。もともとレントーク王家は七つの家の合流して出来た王国のようで、七家筆頭から王が選ばれることになっている。王はかならず七家筆頭の家を継いだ後でなければ王になることは出来ない。その後釜が次の王ということになる。クレイは本来であれば、七家筆頭を継ぐことになっていたのだが、横やりが入り、クレイは王国に送り飛ばされてしまった。


 その後、横槍を入れたクレイの腹違いの姉は七家筆頭の当主にはならずに、王の側に仕え実権を握ってしまったのだ。ちなみに、七家筆頭になると王とは政治的に独立しておりたとえ親兄弟でも近くに接することは禁じられているようだ。


 そして、今回の騒動だ。おそらく腹違いの姉が勝手にレントーク王国を王国に売ってしまったのだろう。どのような条件かは分からないが、それによって七家は大騒ぎとなった。そこで急遽七家筆頭以外の六家で相談をし、七家筆頭の当主を勝手に決めてしまったのだ。それがクレイの実の弟で腹違いの姉によって左遷されていたのを無理やり連れ戻したのだ。


 そして、クレイの弟を七家筆頭にし、レントーク王家に反旗を翻したのだ。


 話を戻す。クレイが上陸する予定の場所より北でその七家筆頭が王家に対して軍を集結しつつあるというのだ。クレイにはその軍と合流し、公国に味方をつけるように説得してもらう事になっている。ただ、七家の思惑が今のところわからない以上、クレイの身にどのようなことが降りかかるか、行ってみなければ分からないのだ。


 するとガムドがぐいっとこちらに体を近づけてきた。


 「ロッシュ公。クレイ様については心配するのは致し方ないこと。しかし、次なる手を打つためにこちらに意識を戻してください。今は一丸となって当たらなければ、勝てる戦いも勝てなくなります。ましてや、今回は……」


 「分かっている。心配をさせて申しわけなかった。僕は大丈夫だ。作戦を考えよう」


 「ありがとうございます。それでは……」


 ガムドの作戦は実に緻密なものだった。公国軍が今回出せる兵はやはり二万人が限界のようだ。その代わり、船は新造船が多く、大砲を多く搭載しているため王国軍の艦隊が来たとしても十分に対抗するだけの戦力を有することになっている。また、大砲の軽量化が成功しており陸上でも移動が可能になっている。もちろん射程を犠牲にしてのことだが、大きな戦力になってくれるのは間違いない。


 さらに魔馬を戦用に調整し、騎馬隊を五百人が加えられている。これで内訳が砲兵が千人、騎馬兵が五百、クロスボウ隊が一万八千、衛生兵が五百となった。八隻の軍艦に分乗することになる。一隻に約二千五百人が乗る計算だ。これに食料や物資が満載される。


 僕達は三村より出発し、王国の艦隊に見つからないように大きく南に迂回しながらレントーク王国を目指す。これはクレイが乗っている船と同じ軌跡を歩むことになる。上陸地点も同じだ。小さな港街を目指す。上陸後は直ちに北上を開始し、七家と合流することになる。それからは七家の戦力により作戦を変えるつまりらしい。出発は一週間後となり、各自が準備を急ぐことになった。


 僕は作戦会議が終わり、妻たちのもとに向かった。エリス達は僕の部屋を溜まり場のように使い、あまり自室を使わずにこの部屋に入り浸っている。シェラも自分の部屋のベッドで寝ればいいのに。とはいえ、皆がいることに安心感を感じるのだ。クレイはいないけど。


 「皆に話があるんだ。レントークには一週間後に出発ということになった。ミヤとシラー、リードとルード、シェラとドラドは共に来て欲しいんだ」


 僕が指名したミヤ達は僕の方をじっと見て首を縦に振った。特にミヤがやる気十分といった様子だ。


 「クレイを取り返しに行かないといけないものね。私達魔族が束になれば、王国が何十万、何百万人と集めたところで無駄なことでしょう。シラー、皆にも一週間後に集まるように伝えておきなさい。クレイを取り戻しに行く戦いをするとね」


 「わかりました。ミヤ様。人間など捻り潰してみせますよ」


 なんて物騒な会話なんだ。しかもクレイは別に攫われたわけでもないんだけどな。まぁ、やる気があるんだからいいか。ドラドはどうだ?


 「我は別に構わないぞ。クレイという者はよく知らんが、ロッシュが困っているならば妻として助けるのは当たり前!! で、いいんだよな? シェラ」


 「ええ、その通りよ。ドラドは物覚えが良くて助かるわ。でも、ドラゴンの姿になるのはどうしても旦那様を守れないと思ったときだけにしなさいね。貴方という存在が公国にいることを知られるのは少し早いと思うの」


 「分かったぞ。この体でも十分にミヤと同程度の強さはあるからな。ミヤで余裕なら我も余裕だ」


 「ちょっと。私を勝手に持ち出さないでくれる? その体で私と対等? 冗談じゃないわ。私のほうが絶対に強いわ」


 「ふむ。そうじゃな……我のほうが少し強いかな。対等ではなかったわ!!」


 「そこまで言うなら外に出なさい。私が強いことを証明してあげるわ」


 「我はそのつまりはないが……仕方がないの」


 「二人共やめないか。これから戦いで共に戦わなければならないのだ。ここで諍いを起こしてどうするんだ。戦いが終われば好きにして構わないから、クレイが無事に戻ってくるまでは大人しくしていてくれ」


 「ふん。まぁ私のほうが強いから、戦うまでもないわね」


 「それは我の言い分だ。まぁ妻だからな。ロッシュの言うことに従おう。ミヤも妻ならばロッシュに従え」


 「ぐぬぬ」


 まったくこれでは先が思いやられるな。するとさっきまでずっと無言だったエリスが急に間に入ってきた。


 「ロッシュ様。私を連れて行ってくれませんか?」


 信じられない言葉だった。今までエリスがこのような我儘をいったことがあっただろうか。しかも、今回は状況が状況だ。


 「エリス。僕の答えが何か分かっているだろ? でもなぜなんだ?」


 「亜人と人間が争うことがどれほど愚かなことかをよく知っているつもりです。私自身が虐げられた側でしたから。今回の戦いは、はじめて亜人が人間に逆らい、自分たちの存在を世界に知らしめるものだと思っています。私はそれを見届けたいのです。どうか、私の最初で最後の我儘を聞いてくれないでしょうか」


 エリスは今回の戦いをそういう風に見ていたのか。


 「もしかしたら死ぬかも知れない。そんな場所にいくんだぞ? その覚悟はあるのか?」


 「私はロッシュ様に会う前はいつも死ぬ寸前でした。毎日、今日は生きられたと思いながら生きてまいりました。ですから死の覚悟は……亜人として生まれ落ちたその日から持っております。もちろん、死ぬ気はありませんよ。何がなんでも生き延びてみせます。ですから……」


 「ミヤ、すまないがエリスの護衛を頼めないか」


 ミヤはやれやれといった様子だったが、了承してくれた。エリスは僕が了承したと思ったのだろうか、ありがとうございますと深く頭を下げてきた。さて、もう行きたいなどという命知らずは妻の中にはいないな? うん、大丈夫そうだ。オリバ辺りが怪しいが今回は静かだ。


 「魔の森で懲りましたから」


 その一言で全てを物語っていた。うん、そうだね。家のことはマグ姉、オリバ、オコトとミコトに任せ、僕達は出発に備えて準備をすることになった。

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