停戦協定

 公国と王国との間で停戦協定が結ばれることになった。王国からの使者となったフォレイン卿は協定が締結されたことにご満悦な様子だ。僕はその後の予定を変更して、フォレイン卿との時間を持つことになった。


 「フォレイン卿。此度の協定はこちらとしても実に実りのあるものであったぞ」


 「それを言って頂き、恐悦にございます。正直に申せば、公国の勢いは止まるところを知りませんので断られるかと思っておりました」


 なるほど。王国の認識では公国をそれなりに評価しているということか。すると、フォレイン卿がルドの方に顔を向けた。


 「ルドベック様。お久しゅうございます。先程は王の御前でありましたので挨拶も叶わず失礼をいたしました。その後お加減はよろしいですかな?」


 「ああ、フォレイン卿も久しいな。私はこの通り、ロッシュ公から多大なご信頼を頂いている。国にいた頃より楽しくやっている。それよりもいくつか聞きたいことがあるのだが」


 フォレイン卿は意外そうな顔をしていたが、そこは以前は第一王子として一応は宮仕えをしていた誼なのかルドの質問に答える姿勢を見せた。


 「まず聞きたいのだが、この停戦協定は誰の提案なのだ?」


 「は? おっしゃっている意味がわかりませんが。当然我が王にございます」


 「質問が悪かったようだな。フォレイン卿。お前の王は誰だ?」


 なるほど。意味が分かってきたぞ。僕が知る限りでは、王国の王はルドの弟になっている。順当に王位継承権が一位となり、王を継いでいる。しかし、実権はというと先王の弟にあるのだ。これは現状でも関係性は揺るいでないだろう。それでも、ルドの弟が提案したとなれば、なかなか面白くなる。


 傀儡の王が外国と勝手に交渉したとなれば、王弟の面目は丸つぶれだ。ただ、それをしても大丈夫な雰囲気が王宮の中に広がっていると見ることができる。それは内部分裂の兆しなのだ。新王が王権に基づき仕事を始めたことになる。そうなれば当然、実権を握っている王弟が邪魔になることは想像に容易い。そのこともフォレイン卿も気付いているのか、言葉に窮する感じだった。しかし、質問には応じるという姿勢を見せた手前、無視をするわけにもいかないだろうな。フォレイン卿はやっとの思いで口を開いた。


 「我が王は、当然、ライロイド=アウーディア王でございます」


 誰だ? 聞いたことがない名前だ。ルドに確認する。


 「私の弟です」


 なるほどなるほど。面白くなってきたな。そうなるとこの件について王弟はどのような態度を取っているか気になるところだな。しかしフォレイン卿は内部の話ということで答えることはなかった。それでも王弟の権力がそれなりになくなり始めているということを意味しているのは間違いなさそうだな。先ほど。停戦協定内でも内乱について触れていたが、まさか王弟と戦争でもするつもりなのではないか? 


 「フォレイン卿。ライロイド王の人となりを聞いてみたいのだが」


 「それは……ルドベック様にお聞きになるのが一番かと。もっとも詳しいはずですから」


 「私からも聞きたいものだな。弟が王としてどのように成長したかを」


 「そうですか。我が王はお優しいお方でございます。数年前に王位に即位されてから民に施しを与えるなど善政を布く努力はしておりました。それでも変えられないことも多く、歯がゆい思いをしていらっしゃったことでしょう。今回、停戦協定を結ぶように私に命じたときもルドベック様が公国にいれば必ずや応じてくれると信じておりました。まだ、ルドベック様を兄としたっている様子なのですな」


 ライロイド王か。会ってみたいものだな。このような状況でなければ兄弟水入らずで会うことも容易に叶うものなのだが。しかし、これで内乱が起きた際に公国がどちらに味方になるか決められそうだな。王弟という人物はなかなか見えてこないが、ライロイド王はなんとなく伝わってくるものがある。王とならば、よりよい世界を作るための話が対等に出来るような、そんな気がする。


 「フォレイン卿。どうであろうか? 停戦協定とは別になるが王国が内乱鎮圧に手こずるようならば公国から兵を差し向け協力したいと考えているが」


 ライロイド王が王権を発動したとしても、王弟の牙城は容易には崩せまい。下手をすればルドの二の舞いになりかねない。いや、むしろルドの頃は王弟の権力はまだ盤石とは言いがたかった。王弟を打ち倒すには援軍が必ず必要となる。王が本気で王弟排除に動くのであれば、たとえ敵国の兵を領内に入れても、僕の提案に応じるはずだ。


 フォレイン卿の表情はなにやら焦っている様な印象を受けた。まぁ僕がいきなり言い始めたので動揺しているのかも知れないな。僕はフォレイン卿が落ち着くのを待った。


 「イルス公がそのようなことをおっしゃるとは思ってもいませんでした。それほどまでに我が王を評価していただけたということですね。しかし、それについては私の権限が及ぶものではなく、国に持ち帰って王と相談をした上で判断をしたいと存じます」


 その言葉にルドがフォレイン卿に不審を抱いたようだ。


 「フォレイン卿、それはおかしいではないか。ロッシュ公の提案は必ずしも停戦協定の内容という訳ではないが、付随するものと評価できる。そなたは全権大使であろう? 判断が出来ないとはどういうことだ? それとも卿は王に言われたことを伝える子供のお使いにでも来ているつもりだったのか?」


 「め、滅相もございません。ただ、私は……」


 フォレイン卿が急にだまり始めてしまったな。この人物は然程に有能ではないのかも知れないな。


 「フォレイン卿。そなたも色々と考えて答えが出ないのだろう。僕の提案についてはライロイド王とじっくりと相談をしてから決めてくれ。隣国の騒動がこちらに飛び火しては敵わないからな」


 フォレイン卿はほっと胸をなでおろし、調子が戻ってきたようだ。


 「もちろんでございます。王て……王と相談した上で結論を出させてもらいます。停戦協定については本日より効力を持つということで。それでは本日はこれで失礼させていただきます」


 そういうとフォレイン卿は勝手に出ていってしまった。これが王国流の礼法なのか? 入ってくる時はこれでもかと言うほど長々しく入場してきたのに、出ていく時は逃げるように帰るのだな。僕としては帰りの時に見せた礼法のほうが好きなのだが。


 「あんな礼法はない。無礼を咎められても文句が言えないほどだ。フォレイン卿も落ちたものだな」


 ルドはフォレイン卿の後ろ姿を見ながらボソッと呟いた。


 とにかく、王国との交戦状態は一応解消となった。整理をすると、領地について王国と公国との境界線を約二百キロメートルほど西に移すこととなった。そのため、公国の領土は今までの二倍程度に増えることになる。ただ、僕は新規に増えた領土に移住者を入れる予定はないが、もらえるものはもらっておこうということだ。領海についても、領地の境界線を南北に伸ばした線を領海とすることにした。ダークエルフの島が我が領に正式になったということだな。


 停戦協定は無期限とし、どちらかが協定違反をした場合に破棄される。また違反した国には違約した責任として食料百年分を相手国に提供することが義務付けられる。違約の条件は、相手国に対し敵意を持ち準備、もしくは交戦行動に入った場合とされる。軍備拡張は自衛のためと言えば言い逃れは簡単なため、実際は軍を動かしたかどうかになる。


 ただ、最後に加えられたのが違約の例外として国内の治安維持のためならば軍を動かしても構わないということになっている。おそらく、ライロイド王は王弟を除外するために大規模な戦闘を王国内で起こすつもりだろう。この例外を作ったのはそのためだと思っている。


 僕は停戦協定について、公国民に発表する前に様々な方面の代表者を集めることにした。各街や村の代表者も当然集まった。


 「皆のもの。今回王国より停戦協定の打診があり、公国はこれを受けることにした。これにより数年に渡る王国との交戦状態は解消され、緊張状態は一応は和らいだと考えている。皆に集まってもらったのはこれを民に伝える際の問題点を話し合いが為だ。様々な意見が出ることを願っているぞ」


 僕の言葉を皮切りに様々な意見が出てきた。やはり民の一番の関心事は今後の王国との戦争の可能性だ。停戦協定とは名ばかりになりがちだ。明日戦争状態が再開になっても不思議ではないのだ。その辺りの説明だな。それに対してはガムドが答える形になった。


 「確かにその心配は常につきまという。しかし、それにはこちらが王国が如何ように行動してきても対処が出来るという毅然とした態度を見せていればいいと思っている。具体的には砦の増強、軍備の維持、新兵器の開発、兵の練度向上、兵站の拡充などを実施していけば、公国民の不安は自然と無くなっていくだろう」


 さすがだな。ガムドの言うことを聞いていると、僕も安心感に包まれてしまうぞ。次に出てきたのは、やはり王国の亜人待遇の問題だ。これについて思うところが多い民は相当数いるのは知っている。これについてはルドが答えるようだ。


 「他国の内政に口を出すのは慎まなければならない。と言う建前はともかく、停戦協定が出来たことによって外交の道を開くことが出来た。これによって公国から王国に亜人待遇の改善を訴えることが可能となった。もちろん、それに従う必要性は王国にはない。それでも公国から食料支援という方法で訴えることができるのだ。これらは全て停戦協定が成立することで出来ることなのだ」


 それは説得的だな。戦争が起これば、王国は亜人を前線に連れ出し最も被害の多い場所に配置するだろう。そうなれば亜人の補充が難しい王国ではますます亜人の待遇が厳しくなる恐れがある。一方、停戦協定が成立すれば、少なくとも今より待遇が悪化するというのは考えにくい。これらを打ち出せば、民達は停戦協定が有意義であることが理解できるはずだ。


 僕達の会議は長く続いたが、それなりのものに仕上げることに成功した。その翌日に民達に停戦協定が成立したことを告げ、民達はかなり動揺していたが、その殆どが受け入れることとなった。一部では抗議をするものもいたが、責任者が何度も説得することで一応の決着をすることが出来たのだ。


 これで長らく続いた王国との戦争は終わったのだ。僕達はその平和をどれほど享受できるのだろうか。

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