王国からの使者

 僕達の都入りは公国民に広く伝わり、各地でそれを祝う祭りが行われることになった。僕達も城に移り住んでいから、しばらく経ち、方々から挨拶にやってくるものが増えてきた。その中で珍しいと言うか、初めての客がやってきたのだ。それは王国からの使者だった。僕に取次にやってきた者を王国の使者と聞いて動転したのか、なかなか要領よく伝えられないということがあった。


 王国の使者か……急な来訪に何か魂胆でもあるのだろうか? それよりも、僕一人で会うのは危険だ。身体的というより交渉的に公国に不利な情報が引き出される恐れがある。僕はルドとゴードン、それにガムドを呼び出すことにした。この三人は僕の腹心のような位置づけの者たちだ。必ずや公国の利益のために行動してくれる。


 王国の使者には相応の歓待をしつつ、時間を稼ぐことにした。そして、忍びの里のハトリを呼び出し、その者の行動を逐一報告するように命じた。今回やってきた使者は、内務卿と言う肩書を持つ白髪で爺の領域に一歩足を突っ込んでいる様な者らしい。名前は、フォレインと言っていた。名前が長ったらしいが、フォレイン卿と呼べばいいだろう。覚える気もないな。そんなことを言ったら、ルドに叱られてしまうだろうか。


 「そんなやつの名前を覚える必要なんてないぞ。お前とかで十分だろう」


 後ろからルドの声が聞こえてきた。僕の心の声が聞こえたとでも言うのか? オコトが僕の前に出て、ルド、ゴードン、ガムドが到着したことを告げにやってきた。


 三人は僕に一礼をし、密談をするように足を近づけて話をする。これが僕達四人が集まる時に基本的なスタイルだ。まずは一番情報を持っている僕から話を切り出した。


 「フォレインと言う男が王国からやってきたようだ。侯爵で内務卿を務めているらしい。今のところ目立った動きが見られないな。こちらが出した料理は余すことなく食べているところを見ると、なかなか豪胆な性格のようだ。メイドにもあれこれとさり気なく質問するところも食えぬな。もちろん、こちらから情報を漏らすようなことはしていない。とりあえず、この辺りだけだな。皆の意見を聞きたい」


 すぐにルドが話を進めた。


 「内務卿というのは、実質的に貴族を束ねる地位にあるものだな。それゆえ王からの信任も篤く、王国への忠誠心は他の貴族より強いだろう。そのような者が敵国の使者となるのだ。それなりの事を要求してくるかも知れないが、逆にこちらに有利な形で約束を取り交わすことも出来るかも知れない。それほどの力が内務卿にあると思ってもいいだろう」


 なるほど。王国の組織には疎いが行政のトップと考えれば分かりやすいか。確かにそのような者がただ僕の祝いに来たとしては位が高すぎる。祝いは口実で、その実は何か交渉をしてくるだろうと思ったほうがいいということか。次にガムドが話し始めた。


 「王国の使者が無理難題を押し付けてくる可能性も考慮に入れ、王国に軍事的な動きがある可能性が高いと思い、すでにライル将軍とグルド将軍には伝令を伝えてあります。軍事的行動を背景に脅してくるなどは常套手段ですからな。今のところは数時間以内に展開できる敵部隊は存在しません」


 ふむ。ガムドの動きが早くて助かる。こちらにとっては王国が総力戦を仕掛けてくるのを一番避けたいところだ。今回の使者は一体何が目的なのだろうか? 最後にゴードンが話し始めた。


 「それでは私が一旦、話をするというのはどうでしょうか? 名目は何でもいいと思うのですが、内容を聞き出してみるというのはどうでしょう?」


 それもいいかも知れないな。ゴードンが話をすれば、色々と見えてくるものもあるだろう。ただ、そもそも王国の使者に対応をする必要はあるのだろうか?


 「別に会いたくなければ会わなくていいと思うが。ただ、王国の今の考え方を聞くには絶好の機会とも言えるのではないか? 戦場で対峙はしているが、こうやって話し合いができることは今までで初めてだろ?」


 やはり会わないという選択肢はないか。それならば直接会って話をしよう。あれこれと策を巡らすのは面倒になってきた。


 「使者に会おう。どのような話があるにしろ、こちらがすぐに決断をする必要性はないのだから。王国軍が動いていないのであれば尚更だ。ただ、三人には僕の後ろに控えてもらう。何かあれば、僕に断りもせずに話に参加しても構わないからな」


 「ロッシュらしいな。まぁ、今までもなんとかなったんだから、今回も大丈夫だろう。私とゴードンさん、ガムドさんがいれば向こうに好き勝手はさせないぞ」


 四人で頷き会い、秘密会議は終了した。僕は王国の使者に会うことにし謁見の間に向かうことにした。この城には当然のことならが謁見の間というのものがある。大きな空間に兵が立ち並び、使者を向かえるようになっている。僕は一段高い場所に座り、使者と対峙する形になるのだ。三人には僕の横に並んでもらっている。


 僕が座って待っていると、扉がゆっくりと開き、王国の使者が礼法に則りながら僕の前に近づいてくる。僕は礼法にはまるっきり詳しくないがルドに事前に講義を受けていたのでなんとなく分かるような気分で使者のことを見ていた。僕にはまどろっこしくて見ていられない。すぐに手招きして近寄ってきてもらいたいと思ってしまう。ようやく、使者が挨拶の口上を始めた。


 「私は国王陛下の名代として参りました。名をフォレインと申します。国では内務卿を仰せつかっております。この度は王都の建設ならびに王城の落成を祝いに不躾ならが参らせてもらいました」


 内務卿と聞いていたが、話を聞く限りではどこにでもいる好々爺と言った雰囲気だ。これが敵国の使者でなければ気さくに話しかけて、酒でも飲んだら面白い話ができそうな感じだ。だが、今はそのようなことを思ってはダメだな。


 「フォレイン卿と言ったか。僕は公国の主ロッシュ=アンドリュー=イルスだ。わざわざの来訪、忝なく思うぞ。しかも私と妻に土産を持ってきてもらったとか。本来、我が国と王国の関係を考えれば、そのような事は無用に願いたいところだが、折角なので受け取ることにした。感謝するぞ。さて、用向きは終わりかな?」


 僕としては、終わりにして欲しかった。交渉とか本当に苦手だ。


 「しばしお待ちください。実は今回の来訪にはお願いがあって参った次第なのです」


 やっぱりか。そりゃあ、そうだよね。土産まで持ってきて祝いだけするなんてないよな。僕は話の続きを促した。


 「ありがとう存じます。公もご存知の通り、我が王国と公国は数年にわたり戦争を続けてまいりました。そのどれもが、こちらが望んだ結果ではなく偶発的に発生してしまったこと。そこで長年のわだかまりを捨て、この辺りで停戦をしていただきたく、私がお願いに参った次第です」


 なんと停戦という言葉が向こうから出てきたぞ。これは凄いことではないだろうか。僕は嬉しそうな感情を必死に抑え、興味のないような表情を作り上げた。


 「ほお。停戦か。それは王の判断か?」


 「不躾ながら、王の判断でなければ、私がこのような事を勝手に申し出ることは出来ません。間違いなく、我が王自身の判断でございます。こちらに書がありますので、ご確認を」


 なんだ。王の書があるのか。それならば先に出せばいいものを。僕はルドに書を取りに行かせ、読み上げさせた。一応、僕も文字くらい読めるが貴族の文章というのがどうも理解が出来ないのだ。だからルドに一度読ませ、僕に説明をさせなければならない。


 王の手紙によれば、フォレイン卿が言った内容に間違いはないようだ。一応は強気に書かれてはいるが、実情は食糧不足が顕著に出ているため戦争を続けることが王国の利益にはならないという素直な内容だった。なんとなく意外な感じがした。まさか素直に王国の弱気な部分を曝け出すとは思わなかったからだ。


 「フォレイン卿。王の書を確認させてもらった。疑り深い性格なのでな、卿を疑ったことを詫びよう」


 「いいえ。一国の主としてふさわしいご性格かと」


 「我が方としては停戦は望むところだが、そちらの条件を伺おうと思う」


 「それはありがたき幸せにございます。我が方としては交戦の無期限に禁止としていただきます」


 停戦というのだからそれは当然だな。フォレイン卿はそれからも長々とした条件を言ってきた。領土領海についてもだ。かなりこちらに対して譲歩したような条件だ。今の公国の領土を二倍以上にしたところを境界線と定めることとされている。


 「ふむ。かなりこちらに有利な条件なように感じるな。そこまで王国は劣勢ではあるまい。正直に申せば、我が国に徹底抗戦を唱える貴族も出てくるのではないか?」


 「この条件は我が王が自らお決めになられましたこと。貴族に文句は言わせません。それに公は自国を過小評価されていると思われます。先程、私に振る舞われた食事は王国では王でも口に出来るかどうかわからないものでありました。食事だけでも、これほどの差が出来ているのです。明日や明後日の話ならば、確かに王国有利でしょう。しかし、十年二十年と見た時に状況は一変しているはずです。それを見据えての判断と思っていただければ」


 ふむ。公国を褒められて嬉しくないというのは嘘になるな。しかし、停戦の条件に重要な部分が抜けている。


 「フォレイン卿。我が国では人間も亜人も同じように扱い、皆が等しく生きるようにしている」


 「存じております。私もこの都を観察しましたが、皆が笑顔に溢れ人種に関係なく、働いている様を見せられました。これが本来あるべき姿なのだと痛感させられました」


 「ならば話が早い。王国では亜人を虐げているという話を耳にする。その改善を求めたいのだ」


 これは本来停戦協定を作られる際に関係のない話だ。国民をどのように扱おうともその国の自由だし、他国がそれに口出しをする権利も何もないのだ。


 「それは難しいかも知れません。しかし、なんとか王に掛け合って話をしてみましょう。私もなるべくなら国民を等しく生きられるような国にしたいと願っておりますから」


 「そうか。そうしてくれるか。それならば僕からは何も言うことはない。王国が亜人に対し待遇を改善してくれるのであれば、我が方は王国に敵対的な行動をとる理由は何一つないのだ」


 「その言葉はきっと我が王も喜びになることでしょう。といっても私がこのような事を申しましても、何もないに等しいでしょうから、こちらから亜人待遇の改善について提案があります。亜人には自らの意志を確認するという手順を導入したいと思います。労働が嫌であれば止める自由を与えます。これを第一歩とし、公の国のように平等な世界を作りたいと思います」


 話が分かるではないか。僕は頷き、停戦協定を締結するために手続きに入ろうとした。その時、フォレイン卿が皆の行動を止めるように手を上げた。


 「もう一つ。些細なことなので言うのを忘れていました。交戦禁止についてなのですが、軍を動かした時点で交戦禁止を破ったことになるというので宜しいですね?」


 当然だ。軍をこちらに向けた瞬間から交戦状態に入ったと見做されるからな。


 「実はお恥ずかしいのですが、王国では不届きな輩が多くおりまして、軍を派遣して討伐することが増えております。是非、交戦禁止の例外として、内乱鎮圧の部隊派遣についてを認めていただけないでしょうか」


 ん? どういうことだ? つまり、国内の治安維持が目的であれば軍を動かすのは交戦禁止協定を破ることではないということになる、ということか。そんなのは当たり前のことではないのか? 


 「それは停戦協定の中にある、我が領に新たに参入した部分は含まれないな」


 「当然でございます。我が国が放棄した土地については全て公国領となりますから、そちらに兵を向ける行為は当然停戦協定違反ということになります。その場合、如何ように対応されてもこちらは文句を言うことはございません。それと一応ないとは思いますが、協定が破られた場合、食料百年分を支払うことを加えたく思います」


 こちらが戦を仕掛けることはまずない。とすれば違約をするのは王国だ。こちらとしては王国の脅威が取り除かれ、軍備拡張を制限することが出来る。そうすれば産業育成に力を入れることが出来るのだ。領地についてはあまり興味はなかったが、領海が広がったのはありがたい。


 ルドも停戦協定に不満はないようだ。僕は王国との間に停戦協定を結ぶことになった。


 

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