都入り 後編

 僕達がエントランスで立っていると、メイド服姿のオコトが僕達を出迎えてくれた。たしか、僕達より後に出発したはずなのに、先に待ち構えているなんて。


 「オコト、早かったな。僕達より先に待っているなんて思ってもいなかったぞ」


 「お褒めの言葉、恐縮です。すでに屋敷内の全てを把握してありますから、私がご案内差し上げます」


 だから、いつの間に!? そんなことをしている時間なんてあったかな? んん。これが忍びの里出身者の能力というやつなのだろうか? そういえば、ミコトは?


 「ミコトは、皆様のご子息様のお守りをさせております。皆、新しい場所に満足している様子でお眠りになっておりますよ。あとで、見に来てください」


 子守の存在は本当にありがたい。妻達が自由に歩けるのも、子守がいるおかげだ。しかし子供は五人いて、オコトとミコトだけで子守をするのは大変ではないか?


 「そんなことはありませんが、家事の方に時間を割くのが難しくなってきたかも知れませんね。もし、可能であれば増員をお願いしたいと思っています。屋敷自体も村のときとは比べ物にならないほど大きくなりましたから」


 僕はエントランスから上を見上げた。この城は最上階まで吹き抜けになっている。中央に巨木が一本立っているだけの空間だ。これがいわゆる大黒柱というやつだろうか。うん、たしかにこの城の掃除をするだけで一体何日掛かることやら。僕は妻達に了承を取ろうとすると、ミヤが手を上げてきた。別に手を上げる必要はないんだけど。


 「別にメイドを増やすのはいいわ。だけど、私の眷属を三人ほど加えてほしいの。これからは魔の森から離れた場所にいることが多くなるから、ちょっとでも眷属を側に置いておいたほうがいいと思うの。本当は全員呼び出したいんだけど、魔酒の製造があるからね。絶対にそこの人員は減らせられないわ」


 潔くていいね。もはや酒が一番、僕が二番? という姿勢を崩さなくなってきたね。まぁ、ミヤは何かあれば一番に駆けつけてくれるから何の疑いもないけどさ。するとマグ姉も手を上げた。うん、まぁいいや。


 「だったら、私の弟子を三人ほどこちらに呼び寄せたいわ。一応、商業区と職人区にそれぞれ場所をもらっているようだけど、手元に弟子は置いておきたいの。もちろん、住むからにはちゃんと掃除もさせるつもりよ」


 そうだね。弟子は側に置いておいたほうがいいかも知れないな。薬師の育成は現状ではマグ姉に依存しきっている。元北部諸侯連合にも薬師はいるが、マグ姉も王国の薬師から教育を受けており共通する知識が多い。その中で、マグ姉は独自のレシピを多数持っており、もはや専門職だったものよりも詳しかったりするのだ。僕は承諾をすると、ルードも子供を数人集めると言い出すし、オリバも仲間を数人連れてきたいも頼んできた。そんな中、クレイまでもが手を上げてきた。


 「私からも提案があります。メイドというのであれば、私の故郷でメイドをやっていたものがおります。必ずやお役に立てるものと思っておりますので、是非お加え願えないでしょうか」


 どうやら、そのメイドはクレイが姫をしていた時代からずっと側に仕えてくれたものらしい。本当に偶然が重なり、公国という土地で再会を果たし、今はクレイの身の回りの世話をしているらしい。その者をこちらに連れてくるという話だ。そのような者がいたとは、初耳だな。僕が了承を与えようとするとマグ姉が言葉を挟んできた。


 「クレイ。別にそのような者を城に入れるのは構わないけど。貴方には新村の開発という仕事があるでしょ? そのメイドがいなくて、そっちの方に支障は出ないわけ?」


 「えっ!? メイドを新村に連れて行ってはいけないのですか?」


 「当たり前じゃない!! この城にメイドとして雇われる以上は、貴方付きって訳じゃないのよ。それに城に出入りできるものが、都を出入りするようなことは機密上好ましくないの。貴方も王族だったなら分かるでしょ?」


 「いや、その、我がレントークは自由な国風だから、そんなことを気にするものなんていなかったから。しかしマーガレットさんの言うことは一理あるな。それならば……この話は辞退したい。新村ではメイドがいなければ生活が難しいのだ!!」


 クレイは生活力ないもんな。


 「クレイはそのメイドをずっと側に置いておきたいのか?」


 「そんなことはないですが。ずっと幼少の頃より面倒を見てもらっていますから……なんというか、離れがたいと言うか」


 「そうか。ならば二の丸に従者用の家を急遽作らせよう。そこにその者を待機させればいい。その場所ならば機密が漏れる心配もないだろうし、いつでも会うことができよう。それで構わないか?」


 クレイは嬉しそうな顔を浮かべ、僕に感謝してきた。大したことはやったつもりはないが、クレイの笑顔が見れて良かった。さて、そうなると風向きは一変する。オリバも仲間を呼ぶのをやめるそうだ。城で働くと制約ができるならば、彼女らの婚期が遅れるかも知れないと思ったからだ。それに対して、ミヤがふっと溜息をした。


 「オリバ。それは考え違いをしているわ。確かに城に仕える者にはそれなりに制約が掛かるわ。でもね、結婚がしたいなら城は最適な場所だと思うわよ。城には絶えず人がやってくるから、その対応で接する機会が多いわ。それに比較的高貴な者がくる場所でもあるの。それに考えてみて。向こうからしても城に仕えているってだけで安心すると思わない? だから考え直したほうがいいわよ。はっきり言って、身内を城に入れる機会は今回が最後よ」


 色々と考えているんだなぁ。僕にはわからない世界だが、ミヤの言う通りかも知れない。などと感心をしていると、オリバは再び前言を撤回し、仲間を数名いれてほしいと考えを変えた。僕としては、どっちでもいいんだけどね。働いてくれさえすれば。


 これで城仕えのメイド問題は解消したかな? オコトに聞くと首を横に振った。


 「今の話ですと、専属のメイドというのがほとんどいないようですが? エリス殿のは育成の合間に、オリバ殿のは婚活の合間に、ルード殿のは子供ですから戦力としては数えにくいです。ミヤ殿は期待しています。そうなると実質的には数名しか増員が見込めないことになります。これでは話になりません。ロッシュ殿。必要な数については後はこちらで用意しても宜しいでしょうか?」


 「それは構わないが、どこで集めるつもりなのだ?」


 「もちろん、里から連れてまいります。ロッシュ殿の私有の里ですから裏切る心配はほとんどありませんし、皆訓練を受けていますからどのような苦痛にも耐えることが出来ます」


 苦痛? 一体、城でのメイド仕事とは何をすることなのだ? オコトの目が怪しく光っている。僕は改めて、妻達に了承を取ると、皆からの賛同を得ることが出来た。僕はオコトに了承を与えると、その日の夜に忍びの里から百名以上の女性たちが集まってきたのだった。彼女らの働きは凄まじく、城は常に綺麗に保たれていたのだ。まぁ、それは別にいいか。


 僕達はオコトの案内で、各人の部屋を紹介しながら進み、通路最奥に僕の部屋があった。部屋と言っても、それだけで村の屋敷ほどの大きさがあるのではと言うほど大きい。部屋の中に部屋があり、ここでは私用の為に使われるようだ。公務は公務用の部屋というのが別途用意されているようで、それは後で案内されるらしい。


 僕の部屋は、更に十ほどの部屋に別れている。応接室や居間、食堂、キッチンまで備え付けられている。間取りも村の屋敷にそっくりに出来ていて、まるで戻ってきたような感覚に襲われる。そして、一室だけ何もない部屋がある。ここが移動ドアの設置場所となる。ドア本体の設置場所については、都か村かで迷ったが結局は城に設置することにしたのだ。こちらの方が利便性が高いという理由だ。


 僕が部屋を一巡している間に妻達が僕の部屋に集まり、すぐに寛ぎ始めた。やはり皆も村の屋敷に間取りが似ていることに驚き、エリスなんて何の迷いもなくキッチンに向かっていく様なんて村時代によく見た光景だ。僕も妻たちと同じくソファーに寛いでいると、どこからともなく、城の外から賑わいが聞こえてくるような気がしてきた。僕がそんなことをポツリというと、エリス達が心配そうな顔を僕に向けてくる? シェラなんて、自分の膝を叩いて僕を誘導しようとしている。


 「旦那様。幻聴が聞こえるなんて疲れている証拠です。さあ、私の膝でゆっくりと休んでください」


 非常に魅力的な提案だが、なんだか馬鹿にされているような感じがしたので断っていおいた。しかし、本当に聞こえたんだよな。ちょっと確かめに行くか。そういうと、エリスがすかさず止めに入ってくるのだ。


 「ルドベックさんも今日は祭りに参加するのはダメだって言われていたではないですか。ロッシュ様が出向くと民達が混乱すると。だから、大人しくしていましょうよ」


 エリスにそんな顔で言われると……。それにしても、まさか初日から村から引っ越すのではなかったと後悔が生まれてるとは。もしかしたら、エリスより先にホームシックになってしまいそうだ。ん? 待てよ。この城には外を眺められる場所があるではないか。僕はソファーから起き上がり、オコトを呼び出し最上階への案内を頼んだ。エリス達も暇なのか、全員が付いてくることになった。


 最上階までは階段だ。十八階分の階段を登りきりると、未だに内装が終わっていないのか木材がむき出しで工事途中と言った状態が広がっていた。大きな窓が備え付けられており、そこから眼下を望むことが出来る。そこから見た風景は息を呑むほど美しかった。人々が活発に動いており、三の丸あたりならはっきりと見ることが出来た。やっぱり、祭りをやっているではないか。誰だ? 僕に幻聴が聞こえているなんて言ったのは。


 それにしても住民達は楽しそうにしているではないか。前ならば次の日の食料にも頭を悩ませる日々を送っていたなど信じられないな。露天には様々な食材や料理が並び、それを通行人が思い思いに手に取り、食事を取っている。更に酒もだ。こっからでも見えるほどの大樽がそこかしこに設置され、その前に列が並び、順番に配られている。なんでも、海路が開通する前は大樽の輸送は出来なかったらしい。その大樽があるというのは大きな荷物も物流で運べるようになったことを意味しているのだ。


 水路にも多くの小舟が行き来しているな。人や荷物が乗せられ、水路を利用して都のどこへでも手軽に移動することができる。僕が笑いながら城下を眺めていると、エリスが側に寄ってきた。


 「ロッシュ様。こんな景色が見られるようになるなんて信じられないですね」


 「ああ。そうだな。僕が気付いた頃の村は本当に酷いものだったからな。それでもなんとかここまではやってこれた。しかし、まだまだ砂上の楼閣に過ぎない。公国は吹けば飛ぶほどの弱いと思っている。それを盤石にするためにも、どんどんと公国を大きくしなければならなないな」

 

 「私にはわかりませんが、今日だけは考えるのを止めて、今を楽しみませんか? 下で食事とお酒が準備されているそうですから……そういえば、先程楽しみがあるって言ってませんでした?」


 「ん? そうだな。食後にでも行ってくるかな。きっと気に入ってくれるさ」


 僕は賑わっている城下を心ゆくまで堪能してから、妻たちと食堂に向かった。

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