都入り 中編

 僕達を乗せた四隻の船は三村に向け、帆を広げた。僕は妻たちと船室に引きこもっていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。外から船室警備の自警団が来訪者を告げてきた。どうやら第三軍のニード将軍とイハサ副官のようだ。


 僕が入室の許可を与えると、ドアが開かれ、そこには二人が敬礼して立っていたのだ。


 「二人共、ご苦労だな」


 僕がそういうとイハサが応対した。


 「イルス公。ここより我ら第三軍が警備を勤めさせていただきます。三村に到着次第、第一軍のライル将軍と第一海軍のガムド将軍とも合流する予定です」


 「そうか。てっきりガムドが出むかえにやってきてくれると思っていたが」


 「第一海軍は海上警備に当たっておりますので。最近は、王国の動きは鈍くなってきておりますが問題はないと思うのですが」


 なにかいいづらそうな雰囲気を感じるな。何かあるのか?


 「実は、最近王国からの亡命者が増えております。特に亜人が多く、聴取によれば王都での強制労働に従事させられていた者たちばかりなのです。王国の体制を考えれば、憂慮するべき問題かと思います」


 確かにその通りだ。王国の食料生産の労働力は亜人に依存しきっている。人口比では圧倒的に人間が多い中、そのような状況になっているのいくつか理由がある。まず、食料を満足に作れる地域が王都に限られていることだ。その他の地域でも食料生産をしているが満足のいく結果を得られていないようだ。王都は王国建国以来、遷都もせずに同じ場所だ。そのため、王都民には特権階級の意識が根強く、食料生産というものが下賤な仕事言う風潮がある。その上で人間至上主義がはびこった結果、亜人が食料生産の要を握ることになった。


 その亜人が徐々に減りだしているのだ。つまり、王国の食料生産に大きな穴を開けかねない事態になりつつあるといえる。すぐに何かしら影響があるとは言えないだろうが、遅かれ早かれ何かしらの動きがあることだろう。これによって王国が正常な体制になるとは考え難い。そうなると……戦争しかないだろう。現状では公国には潤沢な食料が生産され始めている。おそらく数年で二、三百万人分の食料生産が可能となることだろう。


 それから公国では有利な形で王国と交渉できる条件を整えることが出来るが……果たして、それまで王国が静かにしていくれるか分からない問題だ。イハサが憂慮する問題は王国との戦争が先にあることなのだ。


 「そのような事態となれば、王国も今までと違う総力戦も展開してくる可能性があるな」


 「その通りです。我々はその時に備えて訓練を繰り返しております。今回引き連れているのも新兵から育て上げ、第一線でも十分に活躍できる者たちであると自負しております」


 「それは頼もしいな。皆にも期待していることを伝えてくれ」


 僕の言葉に二人は一礼をし、部屋を後にした。しかし、王国の内部が不安定な状況になりつつあるな。今回の都入りによって、さらに王国からの亡命者が増えることだろう。もしかしたら、それが戦争の起爆剤になりかねないかも知れない。派手にやることは早計だったかも知れないな。


 僕が考え事をしているとクレイが話しかけてきた。大型船で揺れが少ないのとマグ姉の薬によって、なんとか船酔いを我慢できるようになったようだ。


 「ロッシュ様。少し宜しいでしょうか? 先程の話ですが、すこし気がかりのことがあるのです。私の祖国であるレントーク王国についてです。私が離れる頃は国民を王国に多くの人数を派遣しておりました。公国への亡命者の中にレントーク出身者はいないのでしょうか? ちょっとでも近況を知りたいのです」


 「僕にはそのような情報は入ってきていないな。もし公国に亡命するのなら、レントーク王国に亡命するんじゃないのか? どちらも陸続きだし、王都からすればレントークの方が近いのではないか?」


 「それは……ないと思います。現状を知らないのでなんとも言えませんが、レントークが自国民の帰還を認めれば王国に付け入る隙を与えることになりますから。もしくは秘密裏に匿っているとも……やはり現状を知らなければなりませんね」


 レントーク王国か。まったく視野に入れていなかったな。いつかはレントーク王国が王国打倒のために重要な地域にあることは予想しているが、それがすぐにやってくるとは思っていない。そのため、限られた諜報員をレントークに派遣することは考えもしていなかった。しかし、クレイの指摘通り、もう少し情報を集めたほうがいいかも知れない。


 亜人が減少した王国で、もっとも手っ取り早く亜人を手に入れる方法はレントーク王国との交渉にあるだろうから。


 それから様々な者たちが挨拶にやってきて、僕は応対をしているうちに三村に到着間近である合図が鳴り響いた。僕はシェラを叩き起こし、よだれまみれになった顔を洗ってくるように言った。

 

 「よだれとか言わないで。私がそんなに寝相は悪いわけないでしょ」


 そんな言葉を喚きながら、洗面所の方に向かっていった。僕達は馬車に乗り込み、出発するのを待った。船は三村の船着き場に到着し、馬車は船着き場から街中に向け走り出した。途中でライルとガムドが来訪してきたことが告げられ、僕は二人に応対し、王国の動きについて情報を共有することにした。もちろん、レントーク王国についてもだ。


 三村の町外れまで行くと、ルドが待機して待っていてくれた。どうやら馬車で僕達と共に都に入るらしい。


 「ロッシュ公。ルドベックが都までお供いたします。この行列に参列できることは、私にとってこれ程ない慶事でございます」


 「ルド。そんなに畏まらないでくれ。僕にとってルドは良き相談相手だ。これからもよろしく頼むぞ」


 「分かりました。ロッシュ公」


 ルドはいつものように、ニヤッとした笑いを僕に向かてくる。それでルドが皆の前だからと演技しているのがよく分かった。まったく、前もって言っておいてほしいものだな。それからは都まで止まることなく行列が進んでいく。行列に従う者たちは、公国軍が二万人、文官やらが数百人、公国民が十万人近くになった。二十キロメートルほどの行列となるのだ。僕達が都に入っても、行列の後ろが全く見えない状況だ。


 都には西関所から入り、街道をひたすら進む。五の丸、四の丸、三の丸と抜けていき商業区に入る。沿道では多くの住民が歓迎をしてくれており各所に横断幕が掲げられていた。横断幕に書かれている文字を見るに、僕を褒め称える内容ばかりだ。口に出すのが恥ずかしいな。


 三の丸に入ると、左手に多くの住宅街を見ることが出来、元侯爵領の街並みが綺麗に再現されたものだった。レンガ造りであり、歴史を思わせるものだ。商業区にはすでに多くの店舗が立ち並び、様々な業種の店構えがその姿を見せていた。店舗は長屋のような作りになっており、統一感があり、商業区が一つの街並みのようになっているのだ。


 それから僕達は左に曲がり二の丸に入った。ここにも建物がすでに建てられ始めている。行政区となる予定の場所で、三階建てのレンガ造りが何棟も作られていた。


 ここまででマグ姉も感動しているようだ。


 「ロッシュ。本当に何もない場所につくったの? 信じられないわね。水路がとても美しい街並みだわ。間違いなく王国の王都を超えているわよ」

 

 「ええ、本当に。私は村から出たことがありませんが、こんな場所がこの世界にあったなんて信じられません。しかも、これから住むことになるんですね」

 

 エリスも楽しそうに街並みを見ている。クレイとシラーも開発に参加した組だから、当初の事はよく知っており、エリスやマグ姉に街並みの解説をしたりしている。特に、下水道には驚いていた。ミヤが。


 「信じられないわね。魔界でも下水道なんて考えはないわ。あの臭いから解放される日が来るなんて。本当にロッシュに付いてきて良かったわ。それにしても……あの城は何? あれこそ魔界でも見たことがないほど大きんだけど? ロッシュはもうこの世界を統べる王になったのかしら?」


 「ミヤさん、それを言ってしまいますか? 私も言うのを避けていたのですが、こんな大きな建物が存在するんですね。自分の目が信じられなくて、言うのが怖いほどでした」


 「分かるわ。エリス。そうよね。あの城は可笑しいわよね? きっと中身は空っぽに決まっているわ。そうに違いないわよね? ロッシュ。私達が住むのは別の場所なんでしょ?」


 何を言っているんだ? 確かに大きな建物であることは認めるが、二十階程度の建物だろ? そんなに大きいのかな?


 「マグ姉はおかしな事を言わないでくれ。中身が空なわけがないだろ? ちゃんと僕達が住めるような場所も作られているし、天守の方からは地上を一望することが出来るんだぞ。確かに村の屋敷に比べると大きいかも知れないけど、そんな見かけだけの建物なんて作るわけ無いだろ?」


 「信じられないわ」


 建物を目の前にしても、未だにマグ姉は信じられないようだ。言葉には出さないが、おそらくエリスもだろう。もう一台の馬車に乗っている妻達も同じ感じなのだろうか? オリバは見ているからそんなことはないかな? 僕達の馬車は行政区を抜け、大手門に向かっていった。住民たちや軍人はここまでだ。ここからは軍や行政の高官のみしか入ることが許されない場所となる。大手門には大きな関所が設けられており、無断で侵入するのを防ぐための衛兵が何百人も詰めているのだ。


 その関所を横目に堂々と馬車は一の丸に入っていく。二の丸には多くのものがこちらに手を振っている。これで一応は引っ越しの行事は終わりだ。公国民にはこれから祭りが開催されることになっている。僕も参加したいが、残念ながら参加することは出来ないらしい。


 「ルド、このあと祭りがあるんだろ? 僕も参加したいから手はずを整えてくれ」


 「ロッシュ。残念だけど、参加は出来ないよ。都だけでも二十万人以上の人が出る予定だ。そんな中で君を警護するのは難しいんだ。それに警護が出来たとしても、大人数の護衛が祭りに参加すれば、住民たちにいらない混乱を招く恐れがある。すまないが、今回は自粛してくれ」


 「そんな……ゴードンはどうしているんだ?」


 「ゴードンさんは……祭りの主催者だからな。朝から張り切っていたぞ」


 「羨ましい……」


 僕はしょんぼりとしながら、ルドと別れ、妻たちと共に城に入った。城には馬車ごと入ることが出来、馬車から降り、エントランスに向かうには階段を登ることになる。一応、石垣の高さが地上一階ということになっているので、今は地下二階に相当する場所にいるのだ。僕達は階段を登っていると、ミヤが僕の袖を掴んできた。


 「ねぇ、ロッシュ。さっきの部屋はどこに繋がっているの?」


 ミヤが言うさっきの部屋というのは、馬車から降りた場所から階段がある場所の途中に大きな扉がある。そのことを差しているのだ。


 「ああ。あれは……あとで皆で行こうと思っていたんだ。だからそれまでの楽しみにしておいてくれ」


 「ふぅん。そんな思わせぶりな態度を取るなんて珍しいわね。分かったわ。楽しみに待っているわね」


 ミヤはニコッと笑って必要以上の詮索はしてこなかった。僕達が階段を登りきるとエントランスが目の前に大きく広がっていた。今まで住んでいた屋敷とは違いすぎて、皆は唖然とした顔をしていた。これから僕達はここに住むことになるのだな。

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