都入り 前編

 都入りの当日となった。屋敷前には人が集まり、自警団が一応周囲を警戒しているのだが、粗相をするような村人はここにいない。距離をとりながら、僕と妻達が屋敷から出てくるのを静かに待っていてくれている。僕は窓からそれを除き、ついにこの村を離れることに一抹の寂しさを感じる。もっとも、移動ドアのおかげでこの村にはすぐに戻ってこれるが。


 屋敷前には僕達が乗るであろう馬車が用意されているのだが、その豪華さは王国のものと比しても見劣るものではない。装飾という点では職人が育っていないため不安があったが、元北部諸侯連合はかなりの数の職人を抱えていたため、短時間で素晴らしい細工を馬車に施していた。本体はドワーフ製でタイヤにはゴムが巻かれている。馬車の中の椅子にはエルフの里製が使われており、乗り心地は保証付きだ。金と銀が惜しみ無く使われ、この日以外で使い途があるのか不安になるほどだ。


 また、馬車で見るべきところは牽引している馬だ。公国では慢性的な馬不足で、余分な一頭の馬がいれば物流で使いたいというところが正直なところだ。しかし、馬車に馬がいなくてはならない。そこで考えられたのが、魔馬の捕獲だ。僕自身は見たことがなかったのだが、魔獣に詳しいククルが言うには魔の森に多く生息しているらしいのだ。


 そこでトランの眷属達が協力して大量の魔馬を囲い、捕獲したのだ。その数は一つの群れ全てで四百頭と言う数字だ。現在、公国には千頭の馬がいるが魔馬の導入は物流に大きな影響を与えることになる。魔馬の特徴はとにかく大きいことだ。劣悪な環境に強く、力強い。そのため海上輸送が出来ない地帯でなおかつ重量のあるものを運ぶ時に使われる予定だ。具体的には元オーレック領での鉱物の運搬だ。


 これも魔石が大量に手に入ったことが寄与しているのだ。僕には従属魔法があるため、魔獣を従わせることは難しくないが、魔素のない土地での活動が制限されてしまう。そこで魔石を与えることで、その問題を解決することが出来るのだ。魔の森のドラゴンには改めてお礼をしなければ。


 僕が外を見ながらそんなことを考えていると、後ろから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら準備が完了したようだな。僕が振り向くと、そこには綺麗に着飾った女性たちが並んでいた。僕の妻達だ。今回の都入りのために公国中の服飾職人が集められ、妻達の衣装を総力を結集して作られたのだ。今や、服飾職人のトールが教授を務める職人学校から何人かの職人が輩出され、方々で活躍するような時代になってきている。職人は男の人間という常識があったが、公国ではなりたい者がなれるようになっている。そのため、男女、亜人、人間が分け隔てなく職人として活躍できている。


 魔族については人数が少ないということもあるが、未だに公国内で住む人数は少なく、殆どが魔の森にいるため職人としての魔族は存在しない。いないわけでもないけど。そんな妻達の衣装を作る際に、魔族から文句が出てきたのだ。それはミヤの衣装についてだ。


 ミヤの衣装は、ミヤの眷属で作りたいというのだ。素材は魔力糸を用いたもので最高のものを作ると息巻いているのだ。これについて、僕の方に相談がやってきたので折角なら両者から衣装を出すのも面白いだろうと思って了承した。魔力糸は大変便利なものだ。綿糸はどのように作っても綿糸以上の強度を出すことは難しい。しかし、魔力糸は無限に強度を上げたりすることができる。ただ、その分大量の魔力が必要となるという性質がある。


 そのため、魔力糸を使った服については魔力持ちが適している。もっとも魔力を消費しない方法はないこともないが、そうなると綿糸と変わらなくなる。幸い、僕の妻には魔力持ちが五人いる。ミヤ、シェラ、シラー、ルード、ドラドだ。この四人の衣裳については魔族に任せ、他の五人、エリス、マグ姉、リード、クレイ、オリバを職人たちに任せることにしたのだ。


 そして、その完成した衣装に妻達の身が包まれている。綿糸組は細かな細工が施されており、模様がとても美しい。それに全員ともデザインが違っており見ていて飽きさせないような作りだ。一方魔族側はシンプルなドレスだ。色の違いはあるが、形は皆一応な感じだ。しかし、なぜだろうか。着ている女性が非常に魅力的に映るのだ。おそらく魔力糸になにかの属性を与えているための効果なのだろうな。


 ただ、この効果は非常に魔力を使う。魔力量が比較的少ないルードはすでに疲労が顔に浮かび始めている。まだ出発もしていないのに、大丈夫なのだろうか? せめて馬車の中だけはドレスを脱いて……えっ!? 無理? 着るのに一時間も掛かるらしい。そんなに時間がかかる理由が分からないが、教えてもくれなそうだ。なぜか、ルードは決死の表情を浮かべていた。


 「私、なんとしても都までこのドレスに耐えてみせます!!」


 大丈夫なのだろうか? 僕はとりあえず魔力回復薬をルードに手渡した。


 「きつかったら、これを飲むように。いくらか楽になるだろうから。ちなみに魔力がなくなってくるとドレスが透けてくるからな。気をつけろよ」


 「透け!? なんでそんな大事なことを。いえ、ありがとうございます。魔力回復薬……もうちょっと多めにもらってもいいですか?」


 僕はルードがもてるだけ持たせてやった。衆人の前で透けたドレスを着させるのは可哀想だもんな。僕は皆の衣装を言葉を知る限りの全てを費やして褒め称えた。エリスやオリバは喜んでくれたが、ミヤとマグ姉には許してもらった。僕の言葉では十二分ではないらしい。


 「さて、これでこの屋敷とはお別れだ。いつもでも戻ってこれるとは言え、僕達は都に住むことになるんだ。僕もこの屋敷には皆との思い出が詰まっているから離れることは心苦しい。それでも公国を更に発展させるためには引っ越しが必要なことなのだ。それじゃあ、出発するか」


 エリスが一番感情的な表情をしていただろうか。僕とエリスがこの屋敷では一番長いからな。口には出さないが、エリスは多分、都に行くことに反対しているような気がする。向こうの暮らしを良くして、エリスには笑顔で暮らしてもらえるようにしなければな。一方、マグ姉は大喜びだ。やはり、城暮らしが長かったのか、城への引っ越しへは皆と感覚が違うのだろう。


 僕達が屋敷から出ると、村人たちは大喝采をあげて僕達を歓迎してくれた。僕が手を振り、皆の気持ちに応えると一層喝采が大きくなる。本来、住民を抑える側の自警団もこのときばかりは、職務を忘れて僕達の方をずっと見つめていた。


 ここからは馬車で新村に、それから船で三村に、そして三村から都まで馬車となる。村人もここで見送る組と新村まで付いてくる者、都までついてくる者と様々だ。僕達は二台の馬車に分かれて、出発することになった。馬車の中は十人乗りほどで六人で乗っているため余裕がある。


 ついに出発の号令が鳴ると、馬車はゆっくりと進み始めた。魔馬は力が強いおかげか、動き出しが本当に静かだ。僕は離れていく屋敷をずっと眺めていた。それと同じ視線を送っていのがエリスだ。涙がこぼれそうなのを必死に抑えている。よく考えてみれば、エリスは村を離れるのは初めてだ。それに対する不安も大きのかも知れない。


 「エリス。いつかの約束を覚えているか? 僕と旅をして、色々な場所に回ろうってやつだ。都は様々な人たちが集まる場所だ。そこにいるだけでも様々な出会いや経験をすることが出来る。それに移動ドアがあれば、公国ないならば、どこへでも移動が出来るんだ。きっと楽しくなるぞ」


 「ロッシュ様。覚えていてくださったんですね。いろいろとあったので、村を初めて出るのが今の今までになってしまいましたね。確かに屋敷を離れるのは不安で寂しいですけど、これからはロッシュ様と一緒にいられる時間が増えるんですよね。そう思えば、なんだか寂しさが和らいでいくような気がしてきます。私、都でも笑えるようにがんばりますね」


 「そうだな。一緒に笑えると良いな。そして、それを公国中に広めたい。皆が楽しく生きられる世界を作りたいものだ。そのためにも僕を支えてくれ」


 「はい、ロッシュ様」


 僕とエリスがじっと見つめていると、横から咳払いが聞こえてきた。


 「ちょっと、ロッシュ。私達もいることを忘れないで欲しいんだけど。ロッシュを支えるのはエリスだけではないのよ? 私達だって、貴方を支えるわ。だから、さっさと王国なんて潰して楽になりなさい」


 「ミヤ、そんなに簡単に言わないでよ。公国が強くなったとは言え、王国は強大よ。見切り発車で総力戦になったら、悲惨な目に負うのは住民なんだから」


 「まったく、マーガレットは真面目すぎるのよ。それとも元いた王国が簡単に負けてしまうのが悔しいんじゃないの?」


 「たとえミヤでも言ってい良いことと悪いことがあるわよ。あんな国に私が思い入れがあるかのような言い方は止めて。あの国は私にとっては敵なのよ」


 「二人共止めてください。私の眠りの妨げになっ……旦那様がお困りになっていますよ。今日は慶事なのです。王国はいずれ滅びる運命でしょうが、公国の未来を考えるためにも今は慎重に行動するべきです。そんなことより、お菓子を食べましょう」


 シェラの言葉でようやく決着したと思ったら、クレイはカタカタと震えている。


 「どうしたんだ? クレイ」


 「あ、あの……どうしても帯剣をしてはいけないでしょうか? どうも落ち着かないと言うか、皆さんがちょっと怖いです」


 その言葉にミヤとマグ姉が詰め寄る。


 「どこが怖いですって?」


 そこが怖いんだろうな。なんとなく気持ちは分かるぞ。


 「さすがにドレスで体験しているのは変だろ? 今ならば……」


 僕はそういうとカバンから短剣を取り出しクレイに渡した。それを手に取ったクレイは、一瞬で気持ちが切り替わったようだ。


 「やはり落ち着くな。私にはこの短剣がなければならないな」


 そういうと、急にスカートを思いっきり引っ張り出した。魅力的な太ももが顕になってしまった。一体、何をしようというのだ? するとクレイは短剣を太ももに当て、紐で短剣が落ちないように括り付けた。そして、スカートを戻すとスッキリとした表情を浮かべていた。もうちょっと見ていたかった。


 「そんなのでも大丈夫なのか?」


 「前はダメでしたが、最近はちょっと触れているだけで大丈夫になりましたね。早くこの体質が変わってほしいんですけど」


 そんな会話をしていると、港町の新村にたどり着いたのだった。新村でも大勢の歓迎を受け、村やラエルの街、新村から都に向かう住民を乗せるために大型船が四隻も出ることになった。僕達は、各街や村の責任者達だけが乗っている船に乗ることになっている。船もこの日のために新調され、内装も豪勢だ。僕や妻達に個室が割り当てられていたが、結局は僕の部屋に集まることになった。どうせ、ドレス姿だと寝ることも出来ないし、やることもないかららしいが……そんな横で堂々とシェラが寝ていたのだった。よく、ドレスが皺にならないように器用に寝れるものだな。


 僕が感心しながら、船は就航の号令が鳴った。

 

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