都入り準備

 都からの連絡が入った。城への入居が可能になったというのだ。完成には至っていないが、住居部は完成しており、内装の細かい所が終わっていないだけのようだ。僕は、数ヶ月前からは報告で聞いてはいたが実際に目にしていないため、どのようになっているか全くわからないのだ。建築家のキュスリーも村に自宅を構えているのだが、都の建築現場から一切離れることはないようだ。


 僕達は早速引っ越しをするための準備をすることになった。といっても身一つで十分だろう。あちらには家具が持ち込まれている。もちろんエルフの里から手に入れたものだ。なぜだか知らないが、公国内でエルフの里製の家具は流行らないのだ。便利ではあるのだが、どうも貴族用という認識が強く、公国民の間で遠慮する雰囲気が作り上げられてしまっているのだ。


 とある家族がエルフの里製の家具を導入したことがあったのだ。公国では一応功績が高いものには一定程度便宜を図るという風習が出来つつある。これは貨幣経済を導入していないため、報奨という方法が作りにくい公国での苦肉の策なのだ。そしてその家族も報奨によってエルフの家具を手に入れたのだ。別に公国では手に入れることを禁じているわけではないので、すぐにその家族のもとに家具が届けられた。


 しかし、その家族はそれから不幸の連続が始まったのだ。誰からともなく非難される日々が続いたのだ。そのため家族が苦しみ、仕事にも支障が出始めたのだ。その原因が家具だったのだ。公国では、そのような事態を今後も続けないためにも触れを出し、エルフの里製の家具は何人も使うことが許されるものであることを告げられるという大事になった。


 それでも事態は良い方向に進まず、結局その家族は家具を手放すことで元の生活に戻ることが出来た。その出来事からエルフの里製の家具を入手することに萎縮する傾向になってしまった。


 しかも、僕が何人かの部下に家具をプレゼントしたことがあった。報奨という形は同じなのだが、僕の直属の部下ということもあり、内々に家具を希望するという声が聞こえてきたので僕からという形で渡すことになった。それによって、あの家族のような悲劇は起きなかったのだ。


 どうやら下賜されるというのは、公国内では家具を手にするだけの身分があることが証明されたと見做されたようだ。どうもよく分からないが、一度僕の手を経由した家具か否かで判断されているようなのだ。だとすれば、すべての物を僕経由にするか? とも思ったが、問題が起きるのはエルフの里製の家具だし、数も少ないため、今の状態が意外とちょうどいいことが分かったのだ。


 そんな曰く付き? と言えるか分からないが、エルフの里製の家具が大量に都の城に運び込まれている。家具と呼べるもの全てだ。もちろん、村製の家具も含まれているが多分に政治的な意味合いが強い。都の城は公国では代表的な建物だ。そこに村製が取り入れられていないのは、外聞が良くない。性能や装飾については圧倒的にエルフの里製が優れているが、村製を取り入れない選択肢はなかった。


 僕はゴードンを呼び出し、引っ越しの手順について相談することにした。ただ、ゴードンが言うにはルドを呼び出し、話を聞いたほうが良いというのだ。僕には理由が分からなかったが、ただ単にゴードンにその辺りの知識がなかっただけのようだ。別に引っ越し程度に、と思ったがルドがやってきてから僕が変であることが分かったのだ。


 「ロッシュ。ついに都に引っ越しをするのだな。さて、そうなるとやらねばならないことがたくさんあるな……ん? そんな顔をしてどうしたんだ?」


 「いろいろ言い出す前に聞いておきたいんだが、ただ身一つで引っ越しをするって訳ではないのだな?」


 僕の言葉にルドは愕然とした表情を浮かべ、頭を抑えて何度も頭を左右に振っていた。


 「信じられないぞ、ロッシュ!! 君はとても優秀な王だと思っているが、やはり抜けているな。いいか? 都と言ってはいるが王国の王都に匹敵する場所だ。今や四十万人以上が居住し、商業区は目覚ましいほどの発展を遂げている。元北部諸侯連合ですでに名を挙げている職人たちは、職人街に店を構えているという。その場所に国主たるロッシュが身一つで入るだと? 考えられない」


 なるほど、考えてみればルドの言い分は尤もだ。僕の考えが足りなかったのは認めよう。しかし、公国内では都が公国の中心となり、僕が居住する場所であることを知らないものはいないだろう。だとすれば、改めて大事にする必要性は乏しいのではないだろうか?


 「必要性は大いにあるぞ、ロッシュ。国主が移動することは行政の中心が移動することになるんだ。現在、公国は各地の行政官が統治を行なっているが領主というわけではない。行政官は常に中央からの命令によって各地の政治を行う代行者に過ぎないのだ。それゆえ、膨大な量の情報や意見が中央に集まるように出来上がりつつある。その中央がロッシュと共に動くのだ。それを公国民に伝えなければならない。これは徒に混乱を招かないためだ」


 なるほどなぁ。ルドの話は勉強になる。僕は基本的には行政についてはゴードンかルドに、軍事についてはガムドに相談するというの常になっているが、それを各地で形にしているのは行政組織があってこそなのだな。僕はそこまでを考えていなかった。しかし、ルドの話は終わる気配がない。


 「さらに国外にも目を向けなければならない。現状、王国と交戦状態になっている。また、周辺諸国とは一切外交的な接触はない。それゆえ、宣伝をする必要性はないように見えるが、引っ越しという行事は慶事だ。国が大きく富み栄えている象徴といえるものだ。そのようなことを隣国で行われていることが王国民にはどのように映ると思う? ……それは羨望だ。この辺りは希望的なものだが、王国からの亡命者が増えるのではないかと思っている」


 ほお。王国に対してと言うより王国民に対して宣伝をするというのか。将来の公国民を増やすために。それは考えもつかなかったな。たしかに、公国が大きくなるに従って亡命者の数は徐々に増えていっているという報告を聞いたことがある。それを改めて宣伝することで、より大きな衝撃を与え亡命行為を促進するということか。


 「ルドの話は為になるな。しかし、具体的にはどういうことをするのだ? 行列でも作って練り歩くか?」


 「それも当然にするが、まずは各地の軍を一同に集める必要がある。公国の軍事力を公国民に見せつけ、安心感を得てもらうことが目的だ。最新の兵器も惜しみなく公開するべきだ。そして、引っ越しの日を公国民の祭日と位置づけ、皆がロッシュの引っ越しを見に来れるようにする。これは都入りした事実を素早く周知させる目的だ。そして、ロッシュの奥方達に豪華な装飾を施した馬車や服飾を用意する必要がある。奥方の様子は富の象徴だ。せっかくだから度肝を抜かすほど、豪華に仕立てるべきだな」


 何やら大事になりそうだな。僕はふと横で共に話を聞いていたゴードンにも話を聞くことにした。


 「私にはない考えで勉強になりましたぞ。ルドベックさんの話を聞いていると、だんだんと胸が熱くなってくる感じがするのは私だけでしょうか? なにやら祭りのような想像をしてしまうのですが」


 「その通りです。ゴードンさん。これは祭りなのです。ただ、この祭りは多分に政治的意味合いが強いため、引っ越しそのものに公国民が参加することは難しいのですが、前夜祭や後夜祭などの形で公国民にも祝いの場を設けるということは可能でしょう」


 「なるほど。それを聞いたら尚更、胸が熱くなってきますね。そうなるとロッシュ村長の衣装などを揃えつつ、祝日の制定をし、公国民全員が参加できるような全国的な祭りの準備が必要になるというわけですな。これは忙しくなりそうですな。もっとも、この手の忙しさは毎日でも構わないのですがね」


 ……この祭り中毒め。しかし、ゴードンの言うことは尤もだ。これほど面白そうになる行事も珍しいだろう。全国的な祭りか。想像だに出来ないが、間違いなく公国民は喜んでくれるだろうな。


 「なぁ、ロッシュ。この引越しに際して、行政組織を改めて作り直さないか? 今は村の時のままだ。これでは大きくなった公国では支障しかないだろう。たとえば、物流だ。物流部門は統一されているため効率が良さそうだが、軍と民間とが一緒くたになっているのは良くない。両者は食料一つとっても考え方が異なる。それを一つの部署でやれば必ず弊害が発生する。まぁ、全てを変えるのは時間がかかるが、わかりやすい部分はすぐに変えるべきだ」


 行政組織の刷新か。僕自身、深く考えたことはないが、ルドが言うのだ。おそらく緊急性がかなり高い部類の話なのだろう。弊害が発生する可能性を言っていたが、多分大なり小なり発生していると思ったほうが良いな。


 「そうだな。そちらの方が僕が都に入ってから動きやすくなるだろう。それでは、もう一つ。街や村の名前を変えたいと思っている。一から作った街や村ばかりだから、名前が適当すぎるところがあった。三村なんて、村とは呼べないだろ? その辺りも刷新しては?」


 「へぇ。ロッシュも考えているな。私もそれには賛成だ。それでは町や村の名前を公募してみてはどうだ? 公国内の町や村には歴史はないが、公募をすることで愛着は大いに増すだろう。私も三村については考えている名前がある。公募にしてくれれば、私も応募するつもりだぞ」


 公募か……それは面白そうだな。自分たちが住む町や村の名前を自分たちで決める。それはなかなか考えもしなかったことだな。サノケッソの街のように歴史があればともかく、それ以外であれば名前を変えるのに難しく考える必要はないだろう。


 僕は承諾し、引っ越しをするための準備が進められることになった。このため、国中に職人や技術者に仕事が割り振られ、大急ぎで完遂することが要求された。また、ライルやガムド達軍人も行進の訓練に余念がなく、新兵器の精度向上が求められた。

 

 そして、ついに当日を向かえることになった。僕は用意された衣装に袖を通した。なんとも派手派手しく、豪華絢爛としか表現できないようなものだった。金銀や宝石が散りばめられており、王冠も用意されていたが、その重さは首がおかしくなってしまうのではないと危機感を覚えるほどのものだった。一方、エリス達にも衣装は用意されており、各人の体格や髪の色などに合わせるように作られているため、実に似合っていた。露出は控えめながらも、気品が色濃く出ている。


 僕達は衣装に身を纏わせ、ついに村から都に向け、長い長い行列を作りながら向かうことになった。

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