村に到着
オコトとミコトが加わり、僕達は村に向かって馬車を走らせていた。二人が目が覚めてから、しきりに周りを見て、不思議そうな顔をしていた。うん、変だよね。聞かれたくないが、オコトが聞いてきた。
「ロッシュ殿。荷車に布団が敷かれているのはなぜなのですか? ロッシュ殿の夜は知っているつもりですが、まさか荷車の中でも? さすがに危険ではありませんか?」
シェラがなぜか爆笑しているのが癪に障る。僕はシェラが昼寝したいがために持ち込んだものと説明したのに不思議と納得してくれない。僕の普段の行いのせいなのか。
そういえば、長老が別れ際に二人は実の娘ではないと言っていたが……
「ああ、長老はそのことをいっていましたか。だったら、もう隠す必要はないでしょうね」
オコトとミコトが顔を合わせ、何か言葉を言うと、僕の目の前には見たことのない二人がいた。今までは壮年の魅力的な女性だったが、目の前にいるのは二十歳そこそこの美しい女性だ。あの恐ろしいほどの妖艶さは鳴りを潜めたが、十分に魅力あふれる女性達だ。しかし、何が起こったというのだ!!
「オコトとミコトの姿が変わったぞ。一体何があったというのだ!?」
僕はミヤ達に目を遣り、ミコトとオコトを見るように促したが、反応がかなり薄い。むしろ、ミヤなんかは僕を訝しむような目を向けてくる。
「ロッシュ。一体、何を言っているの? あれだけ休んだのに、まだ疲れが抜けていないのね。せっかく、布団が敷いてあるんですから休んでいくといいわ」
どういうことだ? 僕だけ勘違いしているっとことか? 僕が知っているオコトの外見をミヤに説明して、ここにいるオコトと違うことを訴えた。しかし、ミヤから返ってきた答えは僕を驚かせるものだった。
「ロッシュがそんなに失礼だとは思わなかったわ。オコトをどうやって見たら壮年に見えるのよ。オコトは童顔だから十代にだって見えてもおかしくないくらいだと思うわよ」
僕だけが見間違えていた? シェラは? シラーは? 二人共、ミヤと同じ意見だった。こうなったら、失礼なことを言うことを覚悟でオコトに聞いた。
「ふふっ。私達の外見が変わったと言っていロッシュ殿は決して悪くありませんよ。実は外見を変える幻覚の術を使っていましたから。ただ、ここにいる人でロッシュ殿にしか効果がなかったことに驚いています。私達はこの幻覚の術を作り上げるのに何年もかけたのですが。まだまだ修行が足りなかったということでしょう」
オコトの話を聞いて、ミヤ達は驚いている感じだった。なんとか、僕の疑いは晴れたが一方で僕の能力に疑いがかかった。ミヤが本気で僕に修行したほうがいいのではないかとシェラとシラーに相談していた。修行という言葉に興味がないわけではないが、なんとなく遠慮したい気分だ。そんな修行の言葉にオコトとミコトが物凄く食いついていた。
まさか、術があったとはないぁ。そういえば、二人は一人として育てられたと聞いたが、その意味がよく分からないな。オコトに聞いてみた。
「細かいことは里を抜けたといは言え、里に迷惑がかかるので言うことは出来ないですが、私とミコトは諜報を主任務として教育が施されました。諜報において、休んでいる時が最も危険になりやすいのです。そのため、二人で行動すれば、交互に休めるので危険を回避することが出来るのです。ただ、そのためには疑わられるような仕草の違いには注意を払わなければなりません」
なるほど。忍びの里らしい理由だな。そんなふうに育てられるものは多いのだろうか?
「そんなことはないですよ。やはり、外見が似ている事が必要ですから双子でなければなりません。里には双子は私達でしたから珍しいことだと思いますよ」
なかなか面白い話が聞けたな。まぁ、これからは二人は屋敷にいるのだ。食事をしながら話でも聞きたいものだな。そういえば、オコトは勝手に屋敷を飛び出してきたんだよな。エリス達にどうやって説明をしてやればいいだろうか。
さて、そろそろ村に到着する頃だな。村の景色は、僕が出発したときから大きく変わっていた。雪は完全になくなり、村人が畑で汗を流しているのが方々で見ることが出来た。川も淀みなく流れている。水量は思ったより多かったが堤防がしっかりと流れを受け止めていて、崩れる様子は一切なさそうだ。といっても、一度は点検をしておかねばならないな。
僕を見つけた村人は手を振って、歓迎してくれていた。僕も手を振って応えると、仕事にすぐに戻っていった。やはり、僕にとってはここの村人は家族のようなものだな。手を振っただけで全ての挨拶が終わってしまうのは、きっと村人との間だけだろうな。
そんなに時間は経ってないはずだが、懐かしさを感じる屋敷が見えてきた。自警団が先に僕達の到着を伝えていたためか、エリス達が屋敷のテラスでお茶を飲んで僕達の到着を待っていてくれたみたいだ。エリス達の横には子供用のベッドが置かれていた。僕は馭者席から飛び降り、馬を木に繋ぎ止めた。そして、エリス達のところに向かった。僕が近づくと、エリスとリードが立ち上がった。
「今、帰ったぞ。二人共元気していたか」
僕はベッドで寝ているホムデュムとサヤサの顔を見つめ、元気そうな顔を見てホッとした。エリスがニコっと笑って、おかえりなさい、と言ってくれた。リードも続けて言ってくれた。リードのお腹も見ないうちに随分と大きくなっていた。エリスにマグ姉がいないことを聞いた。
「マーガレットさんなら、薬局に行っていますよ。ロッシュ様がお戻りになることは知っているはずですから、そろそろ帰ってくると思って……ほら、戻ってきましたよ」
エリスが指差す方向を見ると、弟子らしい者数人を連れて、屋敷に向かってやってきた。遠目でも分かる。なんだか、怒っている様子だ。僕は逃げ出したい気持ちにもなったが、マグ姉の姿をもっと見ていたいと思ってつい、逃げるタイミングを逸してしまった。マグ姉が僕の近くに来ると、屋敷に入りさない、と厳しい口調で言われた。その時、マグ姉はちらっとオコトとミサトを見ていた。
あまり驚いている様子はないから、やはり僕だけなのだろうか。僕が屋敷に入るなり、居間に連れて行かれ、正座をさせられた。こんな仕打ちが出来るのは、公国ではマグ姉だけではないだろうか。それでもなんとなく従ってしまう自分がいた。
「さあ、ロッシュ。なぜ、こんな風に怒られるか分かっているわね?」
僕は知らないふりをして惚けていたが、マグ姉には通じなかった。
「なんで北部諸侯と戦争なんてしているのよ。ロッシュは、絶対に失われてはいけない命なのよ。それを軽々しく戦地に飛び込むなんて。信じられないわ。だいたい……」
マグ姉の説教は長かった。しかし、疑問が出てくる。なぜ、マグ姉がそこまで詳しいかだ。情報はマグ姉には伝わらないはずだ。別に情報を遮断しているわけではないが、
「マグ姉。いくつか間違っているが、戦争は王国とだよ。北部諸侯連合は、公国の傘下に入って元領民の移動が始まっているところなんだ」
マグ姉は首を傾げている。王国? 連合? と言った感じで全く分かっていなかったようだ。どうやら、僕が連合に向け出発した辺りまでの情報しかないようだ。それをマグ姉が自分の頭で話を作っているという感じかな。僕は、一部始終をエリス達を混じえて説明をした。経緯を聞いていくうちに、マグ姉は自分の勘違いに気付き、少し恥ずかしそうな顔に変わっていった。
「ロッシュ。なんか、勘違いしていたみたいね。あなたがそんな向こう見ずな性格をしているとは思っていないわよ。そう、北部諸侯連合を助けるために。もちろん、その侯爵というのは気に入らないけど、公国のために頑張っていたのね。でもね、もう一つあるの」
そう言って、マグ姉はオコトとミコトを指差した。
「また、新しい女性を連れてきちゃったの? オコトさんが急に消えたと思っていたら、また新しい家政婦にでもするつもり?」
マグ姉もオコトを認識できていないぞ。やはり、僕だけではなかったか。それにしても、マグ姉の勘は大したものだな。
「マグ姉、その通りだ。彼女たちには屋敷で家政婦をやってもらうつもりだ。改めて、挨拶をしたらどうだ? ミコトとオコト」
ミコトとオコトが前に出てきて、エリス達に一礼した。マグ姉は、オコト……? と呟いた。オコトが挨拶をするようだ。
「ふふっ。皆さん、勝手に抜け出してしまって申し訳ありませんでした。里の掟があったため、仕方ないとは言え、ご迷惑をおかけしました。ロッシュ殿の慈悲によって、命を救われましたが、里を追放となってしまったのです。行く宛もない私達をロッシュ殿は仕事を与えてくれました。また、この屋敷で家政婦として頑張らせてもらいます。よろしくお願いますね」
オコトが頭を下げると、ミコトも一緒に頭を下げた。確かに、家政婦として働いていたオコトしか知らないことを話すものだから、オコトであることと思っても、マグ姉は納得できていなかった。エリスもそうらしい。リードはどうやら術の効果はなかったようだ。
「よく分からないわ。だって、オコト……外見が全然違うわよ」
その説明はなかなか苦労したが、なんとか納得してくれた。というよりも、オコトしか知らないことを聞かされれば信じざるを得ないと言ったほうがいいだろう。マグ姉がしつこく疑うものだから、マグ姉の秘密がいくつか暴かれることになってしまった。三つ目の秘密を暴露されそうになった時に、マグ姉も降参したようだ。
秘密については、マグ姉が気付かなくなったときにでも話そう。オコトとミコトは無事、屋敷の家政婦として再び認められることになった。しかし、ここで問題が。彼女たちの見分け方だ。二人共、所作一つとってもそっくりなのだ。外見だけでもちょっとの違いがあればいいのだが……。見分け方について相談していると、ミコトがハサミを借りたいといい出してきた。エリスがすぐに手渡すと、間髪入れずに長い髪をバッサリと切ってしまった。
「これで見分けがつきますよね。私、長い髪ってあまり好きではなかったんですよ」
僕は、ミコトの決断に驚くばかりだった。けど、よく見ると短い髪もとても似合っていたな。ミコトの思い切った行動によって、見分けがつかない問題はあっさりと解決したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます