寄り道 忍びの里 後編
僕の目の前にいるミコトが元連合貴族の家族の脱出を手伝ったことが里の掟を反するという話を長老から聞かされた。ミコトは表情を完全に無くしている。
「話は分かった。しかし、なぜ、それを僕に言うんだ? こう言ってなんだが、ミコトについては里の掟に従って処罰を与えればいいのではないか? 僕には里の決定についてとやかく言う資格などないと思うが」
「その通りです。本来であれば、ロッシュ殿の耳に入れるような話ではないことは重々承知しておりますが、今回についてはロッシュ殿に関わりのあることなので」
言っている意味がわからないが。ミコトとは初対面だ。とても関わりがあるように思えないが。
「先程も言いましたが、ミコトとオコトは二人で一人として育てられました。同じ教養、仕草、体つき。すべてが同じになるよう教育がされていました。それゆえ、つねに相手を監視し、失敗しないように教え込んでいたのです。つまり、一人が命を落とせば、もう一人も命を落とすように。それを徹底することで、完全に一人として振る舞えるのです。ここまで言えばおわかりでしょう」
「つまり、ミコトが里の掟に反して処罰を受ければ、オコトも受けるということか」
「そういうことです。ロッシュ殿」
僕の後ろの方から急に声をかければ、振り向くとオコトが立っていた。こちらはどうやら僕が知っている方みたいだ。しかし、なぜ彼女が?
「ミコトが里の掟に反したと聞き、私も処罰を受けると思い、屋敷の方達には申し訳ないと思いましたが、内緒でこちらまで来ました。私が処罰されたら、皆には最後まで家政婦として仕事を全うできなかったことを詫ておいてください。そして、ロッシュ殿にも今までの感謝と謝罪をさせていただきます」
ちょっと、待て。まるでもう会えないような言い方ではないか。たしかにミコトは掟に反したかも知れないが、ミコトの行ったことは公国にとって利益があり、僕がそれを認めている。ハトリの時は僕が認めれば許されたではないか。僕は長老に処罰の内容を聞いた。
「服毒の刑を受けてもらいます。儂も自分の娘を殺したいとは思いません。しかし、ここで許してしまえば、里の者たちに示しがつかない。これだけはやらせてもらわねばなりません」
僕は頭が真っ白になった。オコトが死なねばならないだと。そんなことは絶対に認めることは出来ない。そうだ、オコトにはまだまだ仕事があるんだ。それを命じれば……。
「ロッシュ殿。もはや長老は私とミコトの罰を決定しています。私達はそれを受け止めねばなりません。毒の飲み、命がなくなれば私達は里から追放され、捨てられてしまうでしょうがそれもこの里で生を受けた宿命です」
どうにかならないのか。すると、シラーが間に入って長老に話しかけていた。
「確認なんですけど、罰は毒を飲むということですよね? そして、その罰が終われば里から追放されるということでいいんですか?」
長老は再度聞き直されるものとは思っていなかったみたいで、これから死を迎える娘達の前でこのようなことをいちいち答えるのが嫌なのか、暗い表情になった。
「その通りです。毒は里で最も強力なもの。命を落とさないものはいないでしょう。里の名によって命を落としたものは将来に渡って里のものが手厚く供養しましょう。しかし、里の掟を破った者の場合は、服毒の刑の後は里を追放するというのが今までの慣わし。今回もそれに倣ってのことです」
「ですって。ロッシュ様」
シラーはニヤッと笑って、僕の顔を見てきた。そういう事か!! しかし、そんな事をしてもいいのだろうか。いや、そんな事をしてまでも、二人を公国に連れていかなければならない。そうなると、一度、二人に確認しなければならない。僕はオコトとミコトを交互に見つめた。
「二人に聞きたいことがある。二人は里を追放された後は、公国に来てくれる気はないか? 二人共、公国に利益をもたらしてくれたのだ。是非とも、公国の地に来てもらいたいと思っている」
ミコトとオコトは見つめ合って、オコトが僕の方を向いた。
「私は、ロッシュ殿のお誘いに乗ります。見知らぬ場所で死ぬよりも、公国という地で死にたいと思っています。それとも、ロッシュ殿は私の死体に用があるのですか?」
そんなわけがないだろうに。なぜ、そんな発想になるんだ? ミコトもオコトに続いて言葉を出した。
「オコトがそういうのであれば、私も従います。私の亡骸もどうぞご自由にお使いください。ロッシュ殿」
まったく、二人と話していると調子が狂うな。さて、そうなると一つ長老に提案をしなければならないな。
「長老に頼みがある。僕、いや、公国にとって二人は国民に等しいくらい大切に思っている。服毒する時、ひっそりとするようでは忍びない。せめて、里の皆が見ているところで行って欲しい。里としても、それくらいは許してもらえないだろうか?」
長老はよく分からないような表情をしていたが、僕の意向に従ってくれるようだ。ちなみに、用いられる毒というのが気になる。毒も扱い方によっては薬になると聞いたことがある。もしかしたら、マグ姉にいい土産話になるかも知れない。長老に頼む、渋々応じてくれた。毒は長老の屋敷に保管されているらしい。
この瓶か。これを解毒して睡眠薬にでも変えられたら楽だったのだが……忍びの達人の前では無理だろう。僕が毒の話を少し聞いた後、刑を執行するのに立ち会うことにした。ちなみに、服毒をすると通常では一時間以内に確実に命を落とすらしい。
里の者が長老の屋敷に入ってきて、白無垢の服を隅に置いていった。これが死に装束というものか。二人は諦めたかのような表情をして、用意された服を受け取っていた。僕達は表に出て、ミヤとシェラを探すことにした。二人の刑が執行されれば、僕達はこの里をすぐに出るつもりだ。ミヤとシェラは、僕達と別れたすぐの場所で日向ぼっこをしてのんびりとしていた。
二人に事情を説明し、荷車で待機してもらうよう頼んだ。ミヤとシェラは、折角の日向ぼっこを邪魔されたので機嫌が悪いのか、不承不承と言った感じで、荷車に戻っていった。僕達が、里にある広場に向かった。すでに人が多く集まっており、こんなに里にいたのかと驚くほどだった。中央には二人が正座して待っていた。二人の様子に里の者たちは遠慮しているのか、声を発するものは一人もいなかった。
そして、長老が二人の罪を読み上げた。里の者たちは、一瞬ざわついたが刑を止めようとするものは一人も出なかった。これがこの里の考え方なのだろう。僕は未だに納得できるものではないが、仕方がないのだろう。長老の言葉が終わり、ついに刑が執行された。
二人は手に持った毒の入った瓶を開け、その中身を一気に飲み干した。すぐには効果が現れていないが、劇物なのだろうか、そのショックだけで二人は気絶してしまった。まだ、呼吸はあるようだ。その二人の様子を見て、長老は二人を里から追放するという宣言をした。周りの者たちは、最後の別れの様に頭を下げていた。
僕とシラーは二人の体を回収するために近づいていった。僕は長老に目を向けると、急に腕を掴まれた。
「実はこの二人は私の娘ではない。同様に育てたが……まぁ、今更言っても仕方がないか。この二人を手厚く葬ってくれ。儂がこの二人に出来るのはロッシュ殿、それだけを頼むことだけだ。よろしくお願いします」
僕は頷き、僕とシラーで手分けをして二人を担いだ。
「長老。これからも公国との関係は良好にしていきたいものだな。先にも言ったが、報酬を増やそうと思っている。これからもよろしく頼むぞ」
長老は僕に深々と頭を下げて、見送ってくれた。長老はオコトとミコトを見送っていたのだろうな。服毒した二人は徐々に顔色がどす黒くなっていった。荷車に急いだほうが良さそうだな。
二人を荷車に載せ、僕達は村に向け出発をした。それから、オコトは目を覚ました。オコトが体を確認しながら、不思議そうな顔をして僕を見つめてきた。
「どうして……」
オコトが言えたのはそれだけだった。まだ、毒が残っているのか、舌が上手く動いてないようだ。
「やっと目が覚めたか。心配していたんだぞ。オコトとミコトは見事に服毒の刑をしていたぞ」
「じゃあ、私は死んでいるんですか?」
「そんな訳無いだろう。ちゃんと生きてるよ。僕の浄化魔法で毒を浄化したんだ」
僕は毒が入っている瓶を見せつけた。二人が服用した毒は、しっかりと採取済みだ。一応、マグ姉に持ち帰った方が喜ぶだろうと思って、瓶に保存したのだ。
「そんなことができるなんて……ロッシュ殿は一体何者なのですか?」
「ただの人間だろうな」
僕達がそんな会話をしていると、ミコトが目を覚ました。全く同じ問答を繰り返す羽目になった。さすが双子だな。ちなみに、二人を区別するためにミコトだけに服を一枚多く纏わせている。それを取られると区別がつかないだろう。
「私達はこれからどうなるんでしょうか?」
当然の疑問だな。僕は何も説明してないからな。とりあえず、里を追放されたことだけは理解できているようでホッとした。
「二人には、これから公国で働いてもらうことになる。オコトはこれからも屋敷で家政婦をやってもらうことになるが……ミコトはやりたいことはあるか?」
「でしたら、オコトと同じ仕事をさせてください」
ミコトも家政婦か。それもいいかもしれないな。今はシラーとオコトが交互にやってもらっているが、シラーは外出することが多い。ミコトがいれば、オコトの負担も減るだろう。僕はミコトの提案に賛成をして、二人共、僕の屋敷の家政婦をやってもらうことにした。ただ、今一度確認したい。二人共、公国に移住する意志があるかを。オコトがすぐに答えた。
「ロッシュ殿に救われた命です。ロッシュ殿のために使いたいと思っております。それに里から離れて、外の世界を見たいと思っていましたから、公国でお世話になりたいと思っています」
続いて、ミコトが決意ある目で僕を見てきた。
「私もオコトと同じ思いです。ロッシュ殿の側にいたいと思っております。なんだか、里から離れると思うと不思議な気持ちですが、今まで培った技術をロッシュ殿の役に立てたいと思っております」
僕は頷いた。二人が自分の意志で公国への移住を選んだのだ。これで、二人も公国の民となったのだ。
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