家族団欒
僕が村に戻ってからは、しばらくは春の作付け準備を手伝うことにした。村の人口は二千人と公国内では小さな村となってしまったが、農地だけを見れば数万人規模の街に匹敵するほど広がっている。理由は魔牛の存在だ。魔牛の耕運能力は半端ではない。人力の数百倍の効率があり、村の周囲では耕作していない場所が少ないほどになってきている。
数年もすれば、平地部の開拓は全て終わってしまうだろう。そうなれば、山間部の開拓を進める必要がある。ただ、他の地域の開拓の方を優先したほうが効率がいいのは言うまでもない。北の地では、貯水池や水田に水を引くための水路が設置され、広大な水田が耕作される予定だ。しかし、南では未だに貯水池が設置されておらず、水田は依然として河川の水に頼っているところがあるため、十分な面積を確保することが出来ないでいる。
そのため、春の間に貯水池の設置を急ぎ、大量に水が必要となる田植え直後までに工事を終えなければならない。まだまだ、工事の日々が続きそうだな。土魔法が使えるものがもっといればいいのだが……。僕は、村を歩くことにした。こうやって、ゆっくりと歩くのは久しぶりだ。ふと、気づいたことだが、子供がとても増えた印象を受けた。子供抱いている母親同士で話している光景が方々で見かけたのだ。どうやら、村ではベビーブームの・ようなものが発生しているようだ。
僕の子供達に同じ世代の子どもたちが多いということだ。これほどいいことはない。畑は見渡す限り続き、隅々まできれいに耕耘されており、土色の畑が早く種まきされるのを待っているようだ。そういえば、今年から導入される錬金肥料の生産状況はどうなっているだろうか。スタシャのところに顔を出してみるか。
僕はハヤブサに乗り、スタシャの屋敷に向かった。スタシャの屋敷は変わった様子はなく、錬金肥料が作られている様子がない。僕は少し不安を感じて、扉を叩いた。今回は珍しく眠そうな顔をしたスタシャが応対してくれた。
「おお、帰ってきていたのか。錬金肥料のことか? まぁ、案内してやろう。ちょっとした散歩だ」
スタシャは寝間着のような格好にサンダルと言った姿で、スタスタと屋敷の裏手に向かって歩き始めた。
「スタシャ。その格好はどうしたんだ? いつもはもっとしっかりとした格好ではないか。それとも寝てたのか?」
「ふふ。この格好に気分でも高まってしまったか? ちょっと、風邪気味でな。休んでおったのだ。私も年だからな。もしかしたら、老い先が短いのかも知れないな」
子供が何を言っているんだ、と思うが中身は婆さんだからな。ちょっと心配になる。
「冗談だよ。私の肉体は見ての通り若い。老衰で命が無くなることはないわ」
そんな話をしながら、裏手に回ると大きな倉庫が作られていた。ちょっと度肝が抜かれる様な大きさだ。やはり、大きな倉庫を作らざるを得なかったようだな。
「いや、倉庫は作る必要はなかったのだが、臭いがな」
スタシャが苦笑いしながら、錬金肥料用の倉庫を作る理由を教えてくれた。錬金で肥料を作る過程で大量の雑草を収集する必要があるのだが、村人の集めてくる量がスタシャの想像を越えていたため、肥料づくりが間に合わず、屋敷周りに山のように積まれていたらしい。それが腐敗し、臭いが周囲に立ち込めてしまったようだ。
今は倉庫を作り、錬金肥料を作るホムンクルスは倍に増やして生産しているため、雑草が溜まることはなく臭いも緩和されたらしい。倉庫に入ると、独特な匂いが広がっており、その中で大きな釜が無数に並び、その前に立つホムンクルスが鍋をかき混ぜていた。
その後ろには、大量の樹皮を編み込んだ袋が積まれており、その中に錬金肥料が充填されているようだ。僕は完成したばかりの錬金肥料を見せてもらうことにした。粒状で、やや大きいと思えるものだ。臭いは気になるほどではなく、色はやや黄色だ。これが錬金肥料か。農地に大きな恵みを与えてくれるだろう。しかし、これだけでは全く足りないな。村だけでも一万袋は必要となるだろう。他の地域を入れれば、その数十倍は必要となる。ここには精々、千袋くらいしかないだろうな。スタシャに増産について聞いてみた。
「ふむ。たしかにこのままではロッシュの言う量には到底間に合いそうにないな。ホムンクルスを増やして増産体制にしてもよいが、そうなると材料が不足してしまうだろうな。出来れば、錬金肥料を作る工房を各地で作るのが理想なんだが」
ふむ。このままでは錬金肥料を各地で利用するという思惑が崩れてしまうな。スタシャの言う各地に工房を作るという選択肢はいいかもしれない。生産を安定させられるというのもあるが、物流への負担を減らすことができる。
「スタシャ。ホムンクルスはすぐに用意することはできそうなのか? 僕は各地に工房を作るべく動こうと思っている。この規模で二箇所ほどだ。」
「そうだな。私の体調が悪いことを考慮して、一週間は欲しいな。錬金釜はすぐに用意できるな。建物はどうするつもりだ?」
僕は悩んだが、考えても仕方ない。現地に行って、使えそうな建物をとりあえず使うしかないだろう。僕は、スタシャになんとかする、と告げた。最後にスタシャに燃焼石をありったけもらうことにした。燃焼石は公衆浴場の湯を沸かすために使われるもので設置のためには必要なものだ。僕が頼んだ後のスタシャの笑顔はいつも通りだ。
僕は、わかっている、と言って鞄からオリハルコンを手渡した。スタシャは近くにいたホムンクルスに合図をすると燃焼石の入った袋を僕に手渡してきた。なんだか、怪しい取引みたいだ。
僕はスタシャの工房を飛び出し、屋敷に戻った。屋敷に戻ってすぐに出発することになるとは。僕はマグ姉にそのことを伝えると、困ったような顔をしていた。
「ロッシュ。出発を明日にしてくれないかしら。エリス達が腕によりをかけて料理を作っているのよ。それに、皆も疲れているでしょう。今日だけは諦めなさい」
僕はマグ姉に言われて、反省した。その通りだ。僕は最近家族とともに一緒にいる時間が少なかったな。僕はマグ姉に謝り、今日は仕事のことを忘れて屋敷で寛ぐことにした。クレイは、まだ新村にいるのだろうか? 彼女も仕事漬けの生活だろう。心配だな。そうだ、今日だけは家族全員で過ごすのもいいだろう。
僕はマグ姉にクレイを迎えに行ってくると言って、ハヤブサに跨り全速力で新村に向かった。新村までハヤブサで三十分で着いてしまう。クレイを見つけ、事情を説明した。
「ロッシュ様。お戻りでしたか……えっ!? これから村にですか? ええ、大丈夫ですよ。って、ええ……」
僕はクレイが了承したと見るや担いで、ハヤブサに跨った。
「ハヤブサ。村に戻ってくれ」
そういうと、ハヤブサは顔を一回上げて、全速力で村に戻っていった。僕に担がれているクレイはずっと悲鳴を上げていた。なんと、村まで十五分で着いてしまった。最短記録だ。しかし、クレイの髪が大変なことになっていたが、黙っていることにしよう。なんか面白いから。
それから、家族全員で僕の帰還とオコトとミコトの歓迎を兼ねた宴が開かれた。酒が飲めるのが、シェラとクレイしかいないため、なんとも静かな幕開けとなった。ミヤは甘酒を飲み、それを珍しそうに見ていたエリスとマグ姉にも上げると、結構気に入って飲んでくれた。リードは、自前のお茶を飲んでいた。マグ姉が調合した特性のお茶のようだ。
オコトとミコトにも酒に誘うと、二人共同時に仕事中ですから、と断ってきた。どうやら、二人はまだ里の人であるということが抜けていないようだ。
「二人は、もう里の者ではないのだ。無理強いするつもりはないが、村の酒だ。飲んでみる気はないか?」
二人は、こくっと頷いて僕が並々と注いだ米の酒を一口のんだ。小さな声で、美味しいと言うと、二人共すぐに飲み干した。二人はまだまだ飲み足りなさそうだな。僕は、再び注ぐとくいくいと飲んでいく。この屋敷には酒豪しか集まらないのか? 数杯までは僕が注いでいたが、自分で注ぐようになっていった。そういえば、シラーだ。
「シラー。ミコトが来てくれたから、オコトの代わりに家事をする必要はなくなったわけだが。これを機に、この屋敷に住まないか? なんとなく、なし崩し的になっていたが、こういうのはハッキリしておいた方がいいだろう。この決定に反対する者はいないだろ?」
僕は皆を見渡したが、反対を言うものはいない。むしろ、歓迎をしている様子だ。すると、シラーはありがとうございます、と言って僕の提案に応じてくれた。もっとも、今も住んでいるのだから何か変わるものではないのだが。これで、シラーも僕の婚約者として確定したわけだな。成人式を兼ねた結婚式。なんとか、やりたいものだな。
料理が運ばれてきて、久々に食べたエリスの料理に舌鼓を打ちながら、酒を楽しいんだ。それから、風呂に入った。どうやら、僕が明日遠出をするということで遠慮しているのか、誰もやってくることはなかった。少し寂しいな。まぁ、皆の親切心を無駄にすることはないだろう。早く寝るとするか。
ベッドに入り、明かりを消した。どうも体が重い。思ったよりも疲れが溜まっているのだろう。僕はすぐに眠りについた。僕はふと目が覚めた。なにやら、体が先程より重かったからだ。やれやれ、疲れがここまでとは……明日の出発も見送ったほうがいいかも知れないな。
と思っていたが、そうではなかった。誰かが乗っかているのだ。しかも、一人ではない。二人の感触を感じる。よくよく聞いていると、少し荒い息が聞こえてくる。僕が布団の中を覗き込むと、そこにいたのは裸のオコトとミコトだった。
「なにをしているんだ? 部屋を間違えたのか?」
「ふふっ。この状態でそんなことを言うのですか? ロッシュ殿には返しきれない恩があります。このような形でしか返せませんから、存分に私達の技を味わってくださいね。それに、ずっとロッシュ殿と肌を合わせたいと思っていたんですよ」
それからは二人の息のあった連携に完全に翻弄されてしまった。僕が常に守りに入り、朝まで攻めに転ずることはなかった。
良い夜を過ごせたが、疲れが取れなかったぞ。どうしよう……。
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