戦いが終わった戦場

 僕とミヤ、シラーと眷属は崖から降り、グルドがいる戦場の平原に戻ることにした。撤収した後はここに集合することにしてある。グルドはすでに兵をまとめいた。グルドは僕に気づいたのか、にこやかな顔をして近付いてきた。そして、僕の手をぐっと握り、感謝を告げてきた。


 「ロッシュ公。貴殿のおかげで、儂の気分は大いに晴れた。王国軍相手にこれほどの完勝を得ることが出来るとは夢にも思っていなかったぞ。感謝を言うぞ。本当にありがとう。ロッシュ公に付いていったのは正解だった。まさに兄上のお導きだったな」


 グルドは僕に兄の面影があると方々に吹聴する癖がある。そのせいで、僕を影で名将という噂が少なからず広がっているのだ。本当に止めてほしいものだ。


 「礼には及ばない。僕もグルドの協力があるからこそ、王国軍を追い返すことが出来たのだ。むしろ、礼をするのは僕の方だろう。しかし、僕も驚いている。これほどの勝利を手にするとは夢にも思っていなかった。敵が僕達が立案した計画にまんまと乗っかてきてくれたおかげだ」


 「まさにその通りだ。しかし、獣道については当初は無視する予定だっただろ? あそこに兵を配備していなかったら、これほどの勝利はなかっただろう。なぜ、ロッシュ公は王国軍があそこを通ると思ったんだ?」


 グルドの質問の意味が分からなかった。僕としては、王国軍がグルドと対峙した時に撤退してくれるのが最も理想的だった。しかし、敵も仲間と喧嘩別れしてまで侵攻をしているのだ。引き返す可能性より、なんとかして突き進む道を選ぶだろう。そうなれば、取るべき道は一つだ。あの獣道を踏破し、公国軍の背後に回るしかない。


 そう考えれば、獣道に軍を配備しておくのは当然だろう。何が疑問なのだ。


 「うむぅ。信じられないな。そこまで相手のことを予想しているとは。儂のような突撃しか能がない者には分からぬよ。いい勉強になった」


 僕とグルドが話していると、撤収してきたロイドとナックルも合流した。とりあえず、兵を一部残して解散させることにした。特に疲労が強いロイドとナックルの兵には各自の領土に戻り、休養を取るように命じた。ロイドとナックルは兵たちに告げると、整然と隊列を組んだ状態で各領土に向け、行進していった。


 「ロイドとナックル。二人共、素晴らしい活躍だった。僕は崖の上からよく見ていた。ナックルの後方への襲撃は見事なものだった。あのタイミングで伏兵を仕込まれていたのでは、王国軍は混乱するしかなかったであろう。成す術がないとはあの事なのだな。そして、ナックルも見事だった。後方の混乱に合わせての中軍への襲撃は完璧だ。あれだけで、王国軍は分断され、それぞれの機能が止まってしまったからな」


 僕が二人を褒め称えると、ロイドとナックルは素直に感謝を告げてきた。しかし、ナックルは疑問のような口調で話しかけてきた。


 「我々が活躍できたのも狼煙によってタイミングを知ることが出来たおかげです。あれがなければ、判断に苦慮していたことでしょう。ところで、イルス公は狼煙というものはどこで習得なさったのですか。あれは素晴らしいものです。戦場の常識をひっくり返すほどでしょう」


 狼煙が珍しいのか? グルドにも確認すると、あまり聞かないらしい。基本的には軍の用兵には音が用いられる。鐘の音や打楽器が用いられるのだ。煙というは、ないらしい。


 「僕は、ただ、煙を使った通信が便利だと思ったまでだ。特にどこかで学んだというわけでないな」


 ロイドとナックルはなぜか感嘆の声を出し、僕も持て囃し始めた。狼煙で褒められても、あまり嬉しくはないな。さて、ここで時間を潰しているのはガムドを待っているからだ。そのガムドがようやく戻ってきた。まだ、兵たちには回収作業をさせているのか、護衛を数人付けただけでやってきたのだ。


 「ロッシュ公。まずは勝利おめでとうございます。私も長らく戦史を研究しているのですが、これほどの大勝は寡聞にして聞いたことがありません。未だ被害については精査していませんが、おそらく公国の被害はないでしょう」


 ガムドの言葉を確認するかのように、各々が自軍の被害について報告を始めたが、人的被害は一切なかった。もちろん、行軍中に枝で足を切ったなどの軽傷はあるだろうが、戦闘行為によって怪我を負ったものは一人もいないという。まさに奇跡とも言える結果だ。


 僕はガムドに回収についての報告をしてもらうことにした。特に負傷者の数だ。当初、敵方の負傷兵については一切考えていなかったが、戦勝が決定づけられたときから問題が浮上したのだ。負傷兵を扱える場所がないのだ。この近くの騎士爵領で、と思ったが予想より貧しく、使えそうな建物が用意できなかった。


 軽傷者だけであれば、公爵領で預かることにするつもりだ。公爵領は大きな倉庫をたくさん有しているので、受け入れが容易く行うことができる。重傷者が多い場合は、この平原に臨時の救護所を設けるしかない。


 「現段階では、命に関わるほどの重傷者はおりません。幸い、矢傷のみで、致命傷を避けた者は軽傷で済んでおります。人数については、正確な数字は分かりませんが、軽傷者二千人、死者二百人といったところでしょうか」


 ガムドが報告すると、グルドも併せて報告をしてきた。


 「緒戦における被害もこちらで把握しているぞ。こっちは軽傷者はいないな。全員、引き揚げていったからな。死者は五百人ちょっとだな。死者の殆どは貫通弾によるものだな。あの兵器による殺傷能力は桁違いだな」


 なるほど。死者が七百人ということか。僕の感覚では思ったよりも少ない感覚だが、こんなものなんだろうか。僕はじっと報告してくれた二人の顔を見て頷いた。


 「ロイド。僕は、死者を棺に入れ、王都に引き渡したいと考えているが、それは可能か?」


 ロイドは僕の言った言葉は理解できなかったのか、再度聞き直してきた。


 「棺ですか? 可能かと言われれば可能ですが、それは協定違反に当たる可能性があります」


 協定だと⁉ なんだ、それは。どうやら、協定というものが王国と帝国の間に設けられているらしい。もちろん、公国はその協定の枠組みに入っているわけではないので遵守する必要がない。その中に、戦死者の取扱の項目があり、戦場の領有権を有する国や組織が戦死者を弔うということになっている。ここは一応は北部諸侯連合の領土、つまりは公国内ということになる。


 僕が棺で使者を送り返すのは、弔いの義務を放棄されていると見做されるということか。ちなみに、その理由を聞くと、衛生的な理由だった。意外とまともだ。死者の肉体は腐敗しやすい。その点を考慮した結果なのだろう。僕もその点については同意だ。


 「そうか。ならば、僕も今回は協定を遵守し、こちらで弔ってやるか。遺品だけはしっかりと集めておいてくれ。出来れば遺族に渡してやりたい」


 僕がそういうとロイドはじっと僕を見つめ、感謝を告げた。


 「遺品を集める。私はこれほど感動したことはありません。なぜ、今までそのような習慣がなかったのか。遺品と言えば、略奪の対象。返すという発想は今まで聞いたことがありません。しかし、なるほど。ごもっともな意見です。私も家族の遺品があれば、受け取りたかったものです」


 そういって、ロイドは一人涙を流していた。未だ家族を失った悲しみを引きずっていたのか。ナックルも同じような気持ちなのか、悔しさを滲ませていた。


 「ガムド、すまないが死者の弔いと遺品の回収も併せて行ってもらえないか?」


 ガムドは了解しました、と言って作業場に戻っていった。そして、グルドに軽傷者の護送を頼むことにした。さて、残すのは元連合領の住民への戦勝報告だ。しかし、一番の大きな都市である公爵領や伯爵領ではすでに多くの者が移住を開始していて、大した人数は残っていない。そうなると、凱旋をしてもあまり意味はなさそうだ。そうなると、改めて行うことにするか。


 「ロイドとナックルは、各領を巡り、王国軍との戦に勝ったことを住民たちに告げ、安心を与えてくるのだ。僕は、グルドが連れてくる軽症者の治療を優先して行うつもりだ。これらが終われば、本格的に移住を始めることになる。各々、準備を怠るな」


 ロイドとナックルは威勢よく返事をし、僕とミヤ達、自警団を伴って凱旋することにした。出迎えるものはほとんどいなかったが、数少ない残った住民は皆戦勝を喜び、負傷兵の救護を協力する旨を表明してきた。僕は、住民の協力に感謝した。


 僕は住民に負傷兵を収容できる倉庫を案内してもらい、グルド達に倉庫の場所まで連れてきてもらうことにした。シェラとも合流し、グルド達は負傷兵二千人を連れてやってきた。しかし、不思議な光景がそこには広がっていた。なぜなら、手伝ってくれていた住民が負傷兵に駆け寄り、抱きしめていたからだ。一体、何が起こったというのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る