王国軍との激突

 北部諸侯連合の南方二十キロメートル先には王国軍二万五千人がいることが分かった。忍びの里の者が王国軍の内部に調査に入り、仲間割れの理由はグルドの言ったとおりとなった。公国の介入に対して、攻めるべきか否かで揉めたようだ。王国軍は二分し、撤退する軍と進軍する軍とに別れて行動することになっていた。僕たちは報告を受けて、動き出すことを決意する。


 我が陣容は、総勢二万五千人。クロスボウ隊一万五千。弓隊五千人。槍剣隊五千人。完全に遠距離攻撃を主力とした構成だ。将軍はガムド、グルド、ロイド、ナックルの四人に任せ、グルドには一万の軍を与え、王国軍と直接的に攻防をする主力としている。弓兵五千をロイドに、クロスボウ達をナックルに任せることにした。槍剣隊は後詰とし、ガムドと共に僕の側にいてもらうことにした。作戦の総指揮官はガムドに任せてある。


 そして、僕は皆の前に立った。


 「皆のもの。この戦は王国に積年の恨みを晴らすものだ。彼らは我らの安寧を脅かし、徒に恨みの連鎖を広げようとしている。我らの安心した暮らしを守るために皆には剣を持ち、槍を持ち、弓を持ち戦って欲しい。この戦に結果如何によって、今後の我らの生活も変わってくるだろう。皆で自らの家族や友人を守るために戦うのだ。よいな!!」


 二万五千人の兵たちは、大きな歓声が上がり、皆が一斉に武器を振りかざした。士気は十分に高いようだ。これならば、王国軍相手でも引けを取らず、善戦してくれることだろう。僕は将軍達に目を配り、各人の行動を促した。真っ先に出発したのグルドの部隊からだった。彼らは公国軍によって構成されているため、クロスボウの扱いに長けた者たちだ。ある程度の場数も踏んでいるため、もっとも強い部隊だろう。グルドは、意気揚々とこちらに向け手をかざしていた。


 次いで、出発したのはロイド率いる弓兵だ。北部諸侯連合の装備する弓はいわゆる短弓といわれるもので、取り回しが非常にいいので森の中など障害物が多くても、矢を放つことができる。ゲリラ戦にはうってつけの武器となる。もっとも、森の中では木が邪魔して命中率が非常に低く、高い熟練度を要する。殆どの場合、相手への威嚇として使われるに過ぎないだろう。それに続いたのが、ナックルのクロスボウ隊だ。急拵えの部隊のため、クロスボウの取扱は不慣れなものも多いだろう。しかし、クロスボウの特性上、低い熟練度でも十分に敵への脅威になるものだ。大切なのは、心の余裕を持ち冷静に撃てるかどうかだ。その点では、兵としての質は高いと言えるため、心配はないだろう。


 各々は、作戦通りに持ち場に向かっていった。勿論、皆、別々の場所だ。僕達も向かうことにしよう。主戦場である騎士爵領の南方の平原。グルドが展開するその後方が僕達の居場所だ。


 相手も二万五千人だが、細い道を通って、こちらにやってくるので兵力を十分に活かしきれない。向こうとしてはどれだけ早く、広い場所に出て決戦に挑むかが勝負となる。一方、公国側はそれを如何に阻止し、王国軍の兵力を削っていくかにかかっている。


 王国軍が近付いているせいか、ハトリから最新の情報が次々と届く。向こうも斥候を飛ばしているせいか、こちらの情報をある程度は掴んでいるようだが、進路を変更しようとはしない。ひたすら、山道を北上し元連合領へと向かってきている。その距離は数キロメートル。風向き次第では相手が出す微かな音が聞こえてきそうな距離だ。


 グルド達は、細い山道に向かって、扇形になるように兵を展開している。山道と平原の間には深い穴が掘られている。落ちれば骨折程度で済めば幸運と言えるような深さだ。グルドはさらに穴底に木製の槍を仕込もうとしていたが、僕が拒絶した。今回の作戦で、無駄に命を奪う必要はない。穴に落ちれば戦闘不能となるのだ。それで十分だ。


 グルドは僕を優しいと言ったが、本当にそうなのだろうか。僕の一声で、ここにいる二万五千人の軍は動いている。そして、相手を殺傷する武器をもたせ虎視眈々と狙っている。そういう意味では、僕がこの戦場では人を最も傷つけていることになるだろう。僕はそんなことを考え、恐れを抱くかと思ったが、何も感じなかった。僕は幾度も戦場を経験したことで、その辺りの感覚が狂っているような気がした。


 ハトリからは接近を伝える最後の報告がされた。目の前に王国軍が姿を現した。王国軍は進軍してくるが穴の存在は知らなかったのか、先頭のものが後方に止まるように指示を出している。しかし、あれだけの集団が急に止まれる訳がない。先頭にいたものは何人か穴へと落ちていった。それを皮切りにグルドが一斉射撃の命令を出した。


 クロスボウの矢が一斉に狭い山道めがけて降り注いでいく。攻撃があるとは思っていなかったのか、王国軍の先頭にいた部隊はすぐに混乱状態となっていた。数本の矢がこちらに届いたが、こちらの攻撃によってすぐに沈静化していく。


 しかし、王国軍も撃たれてばかりではない。すぐに陣容替えをし、大盾を構える兵士を先頭に展開し、その後方から弓を放つようになった。ここまでは作戦通りだ。グルドは相手の陣容替えが終わるのを見定めてから、すぐにやじりを貫通弾に交換し、一斉射撃を行った。


 これほどの貫通弾を一斉に射撃されたのは見たことがない。以前、王国軍と戦った時、大盾には苦労させられた。クロスボウが無力化されてしまったからだ。しかし、貫通弾の威力は凄まじく、大盾をいとも簡単に貫通して後方にいる弓兵にまで被害を与えることが出来た。


 大盾は見る影もないほど穴だらけとなり、すぐに後方に引き上げていった。また、大盾部隊が前に出てきた。王国軍の将軍は大盾がクロスボウに対しての有用性が崩れたことに気づいていないのか? それとも、貫通弾の尽きたとでも思っているのだろうか。たしかに、貫通弾は錬金工房でしか作れず、生産量も微々たるものだ。しかし、前々から準備してきたのだ。一回の斉射で無くなるほど少なくないぞ。


 新たに出てきた大盾隊に対しても完膚なきまでに相手に深手を負わせることが出来た。さすがに次に大盾隊が出てくることはなかった。王国軍は一旦、退く姿勢を見せ、僕達から見えないところまで後退していった。これで撤退までしてくれるといいが。


 しかし、そんなに簡単にはいかなかった。ハトリが、次なる報告をもたらしてきた。なんと、王国軍が僕達が恐れていた獣道を使い迂回して僕達の背後を突くよう行動を始めたと言う。忍びの里がいなければ、情報が入らず、徒に混乱していたのは僕達の方だったかも知れない。


 僕は側にガムドにロイドとナックルの部隊に伝令を出すように指示を出した。僕達も行動しよう。グルドより五千人のクロスボウ隊をガムドの槍剣隊と共に指揮下に入ってもらった。グルドには、五千人のクロスボウ隊で山道の封鎖を続けてもらうことにし、僕達は一万人の兵を連れて、山を上っていった。


 今はどういう構図になっているんだろうか。山道は南北に連なっている。周りは十数メートルほどある崖に囲まれている。獣道というのは、山道の途中から東西に伸びた道で、数キロメートル程歩くだけで平原へと続く道となっている。先程いた平原の真横に出てくる形だ。


 その東西に伸びた獣道は、名前の通り獣が通る道だ。人のよって整備されているわけではない。精々猟師が通る程度だ。そのような途に二万人以上の兵が歩いているのだ。人二人も横になれば、木にぶつかったり、崖にぶつかったりする。そのような場所にひしめきあっているのだ。ここで火計を用いれば、さぞかし被害は大きくなるだろう。しかし、今は雪解けの時期で、火を用いるのに適した時期ではない。


 王国軍は愚かにも全軍で獣道を突破しようとしていた。数時間かけて、二万人の兵は獣道に吸い込まれていった。僕はガムドに命じ、狼煙を上げてもらった。これが作戦の合図だ。ナックル率いるクロスボウ隊五千人が、王国軍の後ろにかじりついたのだ。当然、王国軍の二万人は蛇のように長く伸び切っている。すぐに対処が出来ないばかりか、王国軍後方は恐慌に陥った。その混乱は前方にすぐに伝わるわけではなく、未だ進軍を続け、さらに隊列は長い蛇のようになっていく。


 更に一本の狼煙を上げた。これが最後の命令だ。ロイド率いる弓隊五千人が、一斉に王国軍の中軍にめがけて射撃を開始した。後方からは混乱、中軍も混乱となり、先頭にいる者たちは、それを知らずに進軍を続け、孤軍となっていた。僕達は、その孤軍めがけて攻撃を開始した。ガムド率いる五千人のクロスボウ隊の一斉射撃が開始され、すぐに槍剣隊が突撃を開始する。


 王国軍は二万人は混乱に陥り、狭い通路を必死になって逃げだろうとするが、人が邪魔で上手く移動することが出来ない。その者達をクロスボウや弓で射抜いていく。やがて、混乱していた部隊は撤退するために一方向に向かって進み始めた。元いた場所に戻ろうとしたのだ。


 これで僕の作戦は終わりだ。こちらには一切の被害もなく勝利を収めることが出来た。ガムドに再び狼煙を上げてもらった。これは獣道を塞いでいたナックル隊を引かせる合図だ。混乱に陥った者たちを相手にする必要性はもはやないのだ。


 僕は崖の上から獣道を見つめていた。先程まで兵士たちの怒号が響き渡っていた戦場が嘘のように静まり返っていた。王国軍は相当焦っていたのだろうか。相当数の兵たちが未だ取り残されていた。怪我で動けない者、命を落とした者、恐怖に慄いている者と様々だった。僕はガムドにそれらの者を一応捕虜という形で保護することにした。死者については、放置するのは心が痛くなる。棺に入れて王都に引き渡すつもりだ。僕に出来るのはそれくらいだ。


 さらに、ガムドに戦利品の回収をもさせた。鎧や武器なんかも大量に転がっていたが、なによりも多くの馬が彷徨っているのが見えたのだ。これを回収しない手はない。ガムドは槍剣隊を従えて、捕虜の収容と死体の回収、さらに戦利品の鹵獲に赴いていった。僕は、残されたクロスボウ達にグルド隊への合流を命令した。


 戦場には僕が立っていた。もちろん、横にはミヤとシラー。それに眷属達が後ろに控え、自警団も数十人と付き従っていた。そして、ミヤが僕にそっと呟いた。


 「私達の出番……なかったわね」

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