北部諸侯出身兵の救出作戦

 僕の目の前に広がった光景に驚いてしまった。王国軍の負傷した兵士と公爵家の領民が抱き合っているのだ。しかも、お互いに涙を流していたのだ。どういうことだ? 僕は、負傷兵を連れてきたグルドに聞くことにした。しかし、グルドもよく分かっていないようだ。本人たちに聞くのが一番だろう。僕が近づこうとすると、自警団が僕の周りを取り囲んだ。心配症だな。これでは、僕が偉い人だと言っているようなものではないか。


 「二人に尋ねたいことがある。二人はどういう関係なのだ?」


 抱き合っていた二人は僕に質問されたことに気付き、すぐに離れた。二人の話を聞いて、信じられなかった。どうやら、親子のようなのだ。なぜ、王国軍の兵士に公爵家出身者が? それとも、領民と思っていたが、王国民なのか? 二人の話を聞くと、僕は納得した。


 負傷兵は、以前、王国が侯爵家に責任を取らせるために接収した軍隊に所属していたようだ。まだ、北部諸侯だった頃、王国と共に公国に侵攻したのだ。結果は王国の撤退で終わったのだが、王国は損失した兵を補填するために北部諸侯に軍隊の拠出を命じたのだ。当然、北部諸侯は逆らうことが出来ず、一万人の兵を王国に送ったのだった。


 その一万の兵が、今回の北部諸侯連合への侵攻に参加させられたのだ。なんと、王国はひどいことをするのだ。自ら故郷を壊させて、踏み絵でもさせようとしていたのだろうか。怒りが自然とこみ上げてきた。なんとか、彼らを故郷に戻してやりたいものだ。僕はグルドはすぐに呼び寄せた。


 「グルド。王国はなんとひどい国になのだろうか。僕は、なんとか侯爵家出身の兵たちを故郷へ戻してやりたいと考えている。まずは、負傷兵に出身者がいないかを確認してくれ」

 

 何とか出来ないものか。これがもう少し早く分かっていれば、やりようはいくらでもあったのだが。今となっては、難しいな。王国軍はすでに南下を開始していて、王国に真っ直ぐ戻っていくだろう。ライルに伝えてみるか。それもダメだ。交戦した軍は大きく損耗しているだろうが、無傷な二万五千人の軍が残っているのだ。ライルに与えている兵は七千人。とても対抗することは出来ないだろう。


 そうなると……グルドはすぐに侯爵家領出身者を探し出してくれた。なんと、二千人の負傷兵の内、殆どが出身者だったのだ。王国軍が、見捨てた理由も分かってしまった。北部諸侯出身者だから捨てられたのだ。僕は、北部諸侯出身者の負傷兵のうち公爵領に家族を残している者を選んで集めさせた。そこには、数十人が集まった。


 「皆のもの、よく集まってくれた。僕は、公国の主ロッシュだ。知っているかどうか分からないが、君たちがこの地を去ってから状況は一変している。北部諸侯は王国から独立をし、北部諸侯連合と名を変えた。そのうえで、連合は公国の支配下に入ることになった。すでに、領民は公国への移動を開始している。君たちも希望すれば、公国に受け入れるつもりだ」


 僕は一気に状況を話した。まずはこの状況をよく理解してもらはなければならない。これからの作戦には、この辺りの理解が必要となるのだ。僕は集まってくれた者たちをじっと眺めていた。その中で手を上げたものがいた。公国への移住を希望しない場合についてだ。


 「確かに心配だろうが、君たちは実質的には捕虜としての扱いで身分を保証しよう。治療や食料も提供する。王国への帰還を求めるならば、その手助けをしよう。その上で、もし公国への移住を希望するならば、君たちに頼みがあるのだ」


 権力者からの頼みごとなど碌な事はないだろう、と思うに違いない。僕もそう思う。これから頼むことは、彼らに危険が十分に及ぶことなのだ。しかし、彼らにしか出来ないことだと僕は思っている。


 「北部諸侯連合は、すでに公国の一部だ。そうなれば、連合の民は当然公国の民となる。それは、君たちのような無理やり王国に送り出されたものも含まれる。君たちのような境遇のものは一万人に及ぶと聞いた。その全員をなんとか、助けてやりたいと考えている。その協力をしてもらえないだろうか」


 集まってくれた者たちは僕の話を聞いて、ざわざわとしていた。その中で意志が強そうな若者が手を上げてきた。先程、領民と抱き合っていた若者だった。


 「そんなことが可能なのですか? その方法を教えてもらえないでしょうか」


 「君は、協力してくれると言うことでいいのかな?」


 僕がそう言うと、若者は強く頷いた。側にいた母親は心配そうに若者を見つめている。すると、集まってくれた者たちが次々と協力を申し出てきた。僕は頷いた。


 「君たちの思いで作戦の半分は達成されたようなものだ。君たちには、王国軍に戻ってもらおうと思っている」


 一瞬、ざわついたが、若者が静まるように周囲を落ち着かせた。彼がこの集団のリーダーなのだろうか。これからは彼に話をすることにしよう。僕は若者に名前を聞いた。彼は、シャートといった。


 僕はシャートに向かい話をした。僕が考えている作戦は、現在退却中の王国軍と合流してもらうことだ。そして、彼らに同じ出身者に公国に寝返るように工作してもらうことだ。脱出については、忍びの里の者とライルの兵に任せることにする。王国軍も少なからず混乱していることだろうから作戦は成功しやすいはずだ。


 「イルス公。そんな難しそうなことを私達で出来るでしょうか? とても自信はありませんが」


 「確かに難しいだろう。僕も公国の兵を使ってやりたいところだが、動かせる兵にも限界がある。それに移住作業が同時並行に進んでいるため、混乱しているの実情なのだ。だからといって、先延ばしにすれば、救出は難しくなる。だから、シャート達に頼まざるを得ないのだ。君たちも王国の扱いその身で分かったはずだ。君たちの仲間は遅かれ早かれ使い捨てのような扱いを受けることになるだろう」


 だから、頼む。と僕はシャート達に頭を下げた。これにはシャート達が驚いていた。


 「頭をお上げください。私達仲間のためにイルス公が頭を下げる必要はありません。むしろ、私達が願い出るべきことでした。是非とも、私達に仕事をおまかせください。どんなことがあっても仲間のために、公国のために成し遂げてみせます。みんなもそれでいいな!!」


 シャートが皆に声を掛けると、皆は力強く頷いていた。僕は内心、ホッとし、とにかく彼らのために公国の出来うることは全てやってやるつもりだ。


 「シャート。公国はお前たちを全力でサポートする。皆で力を合わせて、作戦を成功させよう」


 僕達は一致団結して、事に当たることにした。僕はグルドに作戦のことを相談した。グルドはガムドの方が向いているだろうと言って、ガムドと仕事を代わるように行動してくれた。すぐにガムドはやってきた。作戦について話すと、ガシッと手を握ってきた


 「ありがとうございます。私もかつては北部諸侯の一翼を担っていた者です。その領民を救ってくださることに感謝を申し上げずにはいられません。私も全力で応援させていただきます」


 そういうとすぐにシャート達を交えて、作戦会議となった。その際にシャート達の怪我を僕が治療しようとした。軽傷とは言え、放っておけば重傷になる可能性がある。しかし、シャートは拒んできた。


 「私達はこれから公国軍から命からがら逃げてきたフリをしなければなりません。そのときに傷がなければ怪しまれることでしょう。怪我はそのままで結構です」


 確かにシャートの言う通りだ。僕は頷き、治療するのをやめた。作戦は、シャート達が王国軍に紛れ、連合出身者を説得することから始まる。その際の密告だけ気をつけるため、迅速に行わなければならない。その後、集団で夜陰に紛れて脱走する。脱走先は南の砦だ。王国軍は必ず王都に戻る時に近くを通るはずだ。その時を狙う。


 ライルには、脱走したシャート達を援護するように行動してもらうことになる。あとは、本人確認だ。それだけは徹底しなければならない。僕は、割符を渡すことにした。一枚の板を割り、その片方をシャートに手渡し、もう片方をライルに預ける。これが一致すれば、本人であることを確認できるはずだ。


 「ガムド。シャート達に食料と水を渡してやってくれ。彼らはこれから厳しい状況に置かれる。少しでも体力を付けておいたほうがいいだろう」


 皆に用意したのは、おにぎりだ。皆は不思議そうな顔をして恐る恐る口にしていたが、一口食べた瞬間、勢い良く食いついていた。口々に旨いという言葉が聞こえてきた。


 僕はハトリを呼び出した。すぐに現れてくれるので助かる。


 「ハトリ。彼らの護衛を頼めるか? 里の者しか出来ない仕事だ」


 「勿論です。ロッシュ殿。我らの里におまかせください。彼らの集団に紛れて、身辺警護を致しましょう」


 僕は頷き、シャートには見知らぬものが居ても気にしないように伝えた。不思議そうな顔をしていたが、何とか納得してくれたようだ。


 作戦は開始され、ガムドの兵がシャート達を戦場であった平原まで連れていくことにした。あとは彼らに任せるだけだ。ライルに割符と共に作戦を伝える使者を送った。それから、二週間後、僕のもとに知らせがやってきた。作戦の成功を伝えるものだった。一万人が王国に送り込まれた数だが、保護されたのはなんと九千人も及んだ。ほとんどの者の保護に成功したのだった。


 すぐに彼らは家族のもとに向かうことを許可し、久々の家族の再会を果たすことが出来た。

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