エルフの里を訪問①

 服飾店で、色綿糸で作られた服が登場してから、村人の間で爆発的人気が出たため、トール夫婦は寝る間も惜しんで仕事をしていた。その無理がたたったのか、体調を崩してしまいマグ姉の薬局で少し入院するという騒ぎになった。本来では薬局で入院は出来ないのだが、夫婦が同時に倒れてしまったということで世話の出来る人がいないため、薬局で面倒を見ることになったのだ。


 僕はゴードンを通じて、しばらくの間、服飾店は休むということと色綿糸の服の生産量を決めるということを告知してもらった。やはり、トール夫婦の負担が大きすぎたようだ。人員を増やすように、トール夫婦とゴードンに働きかけなければな。


 トール夫婦に人員を増やすことの了承を得て、服飾の技術を学びたい者を募集したところ、たちどころに数十人の希望者が殺到した。そこで、トール夫婦に面接をやってもらい、十人まで絞り込んでから、実際に仕事をしてもらい、その中から数人を採用して、技術を教えてもらうことにした。やる気や忍耐力が重視されたが、もっとも重視されたのが、手先の器用さである。そのため、人間が多く選ばれることになってしまった。


 その結果に対して、村人の一部からは人間を優遇していると批判が出始めたのだ。僕の耳にもそれが入ったので、対処するために、面接や技能試験などを公開にすることにし、採点の一部を村人に任せるようなこともした。試験に公平性や透明性を与えたことで、批判は少しずつ小さくなっていった。


 最終的に残るのは、冬頃に決めると言うので、もう少し先の話になりそうだ。


 トール夫婦が体調を崩して、思いの外、困った人がいた。マグ姉だ。成人式の衣装をトール夫婦に頼んでいるため、その納品が少し遅れてしまうというのだ。一応、当日には間に合うという話だが、それだって多少の無理をしての話だ。今は、体力の回復に努めているが、手持ちの薬では少々心許ない。マグ姉は、僕のところにやってきて相談……というか頼みかな? をしてきた。ハイエルフのリリのもとに連れて行って欲しいらしい。リリの卓越した薬への知識は、マグ姉も認めるところがあり、魔の森で採れる薬の原料には不思議な力が宿っていることが多いらしい。その知識を借りに、エルフの里に連れて行って欲しいというのだ。僕も成人式の成功は願っているし、トール夫婦が一日も早く回復することは良いことだと思っている。


 しかしなぁ、リリには、僕の中では思うことがある。正直、あまり会いたくないのだが……。僕が、あまりいい顔をしないので、マグ姉は新年会のことだと察したようだ。頬が急に赤くなりだしたからだ。マグ姉はそれでも、僕に何度も頼み込んできたので、承知せざるを得なかった。すると、マグ姉は立ち上がり、僕の手を引っ張って外に連れ出そうとした。


 「えっ⁉ 今から行くの?」


 「そうよ。善は急げ、ですもの」


 僕は、すぐにミヤを呼び出し、これからエルフの里に行くから一緒に来てくれるように頼むと渋々だが了承してくれた。ミヤもあまり行きたくないようだ。そういえば、卵を使った菓子を持っていくと約束していたな。こんな機会でないと渡せないからと思い、エリスを呼び出し、菓子作りをお願いした。完成したら、リードと共にエルフの里に来るように頼み、僕達はエルフの里に向かった。


 途中、ミヤが魔牛牧場に用があるからあとで合流すると言い残して、先に行ってしまった。マグ姉と二人きりになるのは久々だった。そう意識すると、急に恥ずかしくなっていた。マグ姉の方を見ると、マグ姉も同じなのか、急に黙り込んでしまった。僕は、マグ姉の手を握ぎると、マグ姉も握り返してくれた。


 「ねえ、ロッシュ。私達、結婚するのよね?」


 「あ、ああ。そうだね」


 「今更なんだけど、ロッシュは嫌じゃない? 勝手に決めたみたいになったじゃない? 時々、思うの。ロッシュはもしかしたら嫌だと思っているじゃないかなって」


 「本当に今更だな。たしかに、周りに決められるって思ったこともあったけど、それでも僕は嫌じゃなかった。考えても考えても、その結論は変わらなかった。一緒にいて、楽しいことや辛いことを経験して、色々なことをしてきたけど、嫌だと思ったことはなかった。僕は、君たちとずっといっしょにこれからも暮らしていきたいと思っているんだと気付いたんだ。それが、今の本音かな。もう少ししたら、君たちにはわかりやすい言葉で伝えてあげたいと思っているよ」


 マグ姉は、うん、と小さく頷いた。そして、こちらに振り向き、ニコっと笑った。


 「ロッシュの今の言葉。すごく嬉しかったよ。皆にも伝えておくね。きっと、喜ぶと思うわ」


 急に気恥ずかしくなって、僕はうん、小さくと頷くしかなかった。そのまま、散歩みたいな気分で魔の森の境界線までゆっくりと歩いていった。すると、前にミヤが立っているのが見えた。横には荷車があり、樽のようなものが積んであった。


 「遅いわよ。なんで私が待たないといけないのよ。あまりに遅くて、先に行ったんじゃないかって心配までしちゃったわ。しかも、手なんて繋いじゃって。マーガレット、ここからは私と交代しなさいよ。」


 僕とマグ姉は自然すぎて手を繋いでいることを忘れていた。まぁ、ミヤに言われたからといって離すつもりはないけど……


 「それにしても、その樽はなんだ? まさか、魔酒じゃないだろうな?」


 ミヤは、そっけなく魔酒よ、と答えた。こういう時は、何を言っても無駄なことが多い。どうせ、エルフの里で飲むためのものだろう。しかし、何人で飲むつもりなんだ? ミヤの酒の量の感覚が未だに理解できない。ミヤは、僕達が手を離さないことに業を煮やしたのか、近付いてきて、無理やり僕の手を奪いに来た。マグ姉は抵抗するかと思ったが、あっさりと手を話し、ミヤに譲った。ミヤも驚いていた。


 「随分と簡単に引くのね。まぁ、殊勝な心掛けとして褒めてやってもいいわよ」


 ミヤがマグ姉を挑発するような言葉を掛けたが、マグ姉は笑みを浮かべて余裕がある表情だ。マグ姉は、ミヤを呼び寄せ、二人で僕から少し距離を取った。なにやら、マグ姉がミヤに話していて、ミヤがちらちらとこちらを見てくる。ああ、さっきの話を伝えているのか。二人が戻ってきて、ミヤが僕の耳元でありがとう、と言った。


 「ロッシュの手は二つあるんだもの。マーガレットと私で一つずつ使いましょう。それいいわね」


 マーガレットもミヤの言葉に了承して、僕の手を取ってきた。ミヤは、マーガレットに負けじと反対の腕に胸を押し当てるように腕を絡めてきた。すごく歩きづらいけど、二人が幸せそうだから、我慢するか。荷車は、眷属が引いてくれると言うので、そのままエルフの里に向かった。

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