エルフの里を訪問②

 エルフの里についた僕達をエルフたちが歓迎してくれた。以前のようなギラついた視線を感じることがなくなり、ちょっと注目されている程度だった。案内をしてくれるエルフはいつも違うのは、偶々なのかな? リリの館に着くといつものエルフが対応してくれる。この人はリリの秘書みたいなのかな? 部屋に案内されると、相変わらず大仰な態度で僕達を出迎えた。


 「連絡もなしに来るなんて珍しいこともあったもんじゃな。まぁ、我が君ならいつでも歓迎じゃ。もちろん、後ろの女子おなごたちもよ。ん? 我が君よ。そんな怖い顔をして、どうしたのじゃ?」


 「どうしたじゃないだろ!! 分かってて言っているんだろ? とりあえず、僕は怒っているんだぞ」


 「妾には思い当たる節がないわけではないが……そんなことで怒るなんて、妾は失望したぞ。よいか。ロッシュ。エルフにとってはの、あれは最高の礼なのじゃ。それを怒るということは、エルフの文化を侮辱することになるのじゃぞ。それにの、あれは妾にとっても初めてのこと。折角の良い思い出を穢さないでおくれ。そなただって、大いに喜んでいたではないか。だから、気を静めておくれ」


 ぐっ……たしかに不意打ちとはいえ、僕に隙があったのかもしれない。リリが来たときから予想して、対処をしておかなければならなかった……のか? リリの顔を見ると、ニヤッと笑っていた。僕は言い負かされてしまったようだ。悔しいが、何も言い返せなかった。次こそは……しっかり覚えておこう。


 僕がリリに負けたところを見計らって、マグ姉が間に入ってきた。そうだ。今回はマグ姉がリリに用があってきたのだった。


 「リリさん。あなたのおかげで、ロッシュが私達と結婚することに踏ん切りがついたことに感謝してますわ。ありがとう。あの夜は私にとってもいい思い出となりました」


 「さすがは、王の娘よ。よく分かっているではないか。ロッシュも、この女子を見倣うのじゃぞ」


 いちいち言ってくるのが、少々腹が立つな。しかし、ここで反論しては向こうの思う壺。僕は、引きつった笑みを浮かべて大人の態度を取った。その後もマグ姉が話を続ける。


 「今回来たのは、リリさんに頼みがあってのことなのです。村で、体力を著しく消耗した者を早く回復させる薬に心当たりはないでしょうか? どうしても、早く回復させなければならないのです。リリさんは、薬草に造詣が深いお方。何卒、知恵をお借りできないでしょうか?」


 「ふむ。体力回復の薬とな。ないわけではないが……ちなみに何の薬を処方しておるのだ?」


 マグ姉は、トール夫婦に与えている薬が入った袋をリリに手渡した。リリは小袋を見つめた後、袋を開け、懐紙を取り出した上に薬を取り出した。薬の匂いを嗅ぎ、小指で薬を掬い、舌先で舐めた。その仕草が妙に色っぽかったが、真面目な雰囲気だったので顔には出さないでいた。


 「なるほどの。良い薬じゃ。相手のことを考えて調合してあることがよく分かるの」


 そう言うと、リリが待機しているエルフに薬箱を持って参れと命令すると、すぐにエルフが薬箱をリリの前に置いた。リリは、薬箱から一つの袋を取り出し、マグ姉の前に置いた。


 「そなたには、それをやろう。この調合した薬に混ぜて使うとよい。それはエルフの秘薬で、効能を高める効果があるのじゃ。そなたにこの薬を渡すのは、この前、貴重な薬を貰った礼だと思ってくれ。そなたの薬は良い薬じゃ。効能を高めれば、体力の回復を早めることが出来るであろう。ただ、ほんの少し媚薬が入っているせいか、興奮してしまうかもしれんが。」


 マグ姉は、リリに頭を下げ、袋を大事そうにカバンにしまいこんだ。さすがは、リリだな。すぐにマグ姉の助けになるとは。最後の言葉が気になるが……トール夫婦だから大丈夫か。


 「そういえば、リリさん。近い内に、ロッシュの成人式をする予定なの。どうかしら? リリさんも参加してくださらない? きっと、楽しくなるはずよ」

 

 その後、リリがマグ姉に成人式について、いろいろ聞いていたが、結局は曖昧な返事をして終わった。僕もせっかくならリリに参加してほしかったが、あまり乗り気にはならないようだ。すると、ドアからノックする音が聞こえ、待機しているエルフがドアを開けると、そこには、エリスとリードが立っていた。到着したようだな。エリスとリードの登場に、リリは少し腰を上げ、鼻をスンスンと動かしている。どうやら気付いたようだ。エリスが部屋の中に入ると甘い香りが部屋の中に広がっていく。


 「我が君。この妾の鼻を刺激する匂いは……」


 僕は、エリスから大きなカゴを受け取った。カゴには、大量のパウンドケーキが入っており、そのどれもが美味しそうに出来上がっている。


 「リリよ。鶏を貰った折の約束を果たそう」


 僕は、エルフにナイフを借りて、パウンドケーキを薄く切り分けた。それを皿に載せ、リリに供した。もちろん、その場にいるエルフにもあげた。早速食べようとすると、リリがケーキを取り上げ匂いを嗅ぎ、皿に戻した。僕が食べようとしているのを止め、エルフを呼び出し、なにやら小声で話していた。焦らされること、数分。エルフが紅茶が入ったティーカップを持ってきた。なるほど。これはケーキに合いそうだ。


 ようやく食べることが出来た。やはり旨いな。魔牛乳でバターを作ってみたが、なかなか上手くいったみたいだ。これなら、いくらでも食べられそうだな。僕がもう一切れ食べようと思い、カゴを覗き込むと、空になっていた。そんな……カゴいっぱいといかなくても、相当量があったはず。この人数なら、腹いっぱい食べても残るはずだ。どうして。周りを見渡すと、今まで居なかったエルフが十人近く屯して、ケーキを食べていた。リリも一本丸々を切らずに食べていた。


 僕は、紅茶を飲みながら、リリが幸せそうに食べている姿を眺めていた。本当に幸せそうに食べるよな。さっきまで、野獣のようにケーキをがっついていたリリが満足し、上品そうに口を拭い、優雅に紅茶を飲み干した。


 「これは、なんと素晴らしい甘味か。我が君の村では、このようなものを作れるというのか。恐ろしさすら感じてしまうの」


 そこで、マグ姉が何かを思いついたようにリリに話しかけていた。


 「リリは、そのケーキを気に入ったみたいね。成人式では、もっとたくさんの種類のケーキが出される予定よ。もちろん、ケーキ以外の甘味もあるわよ」


 「な、なに!! まことか。行くのじゃ。すぐに行くのじゃ。里の者総出で行こうではないか」


 周りのエルフたちも大盛り上がりし、中には涙を流している者も居た。エルフにとって、甘味って一体何なんだろうか。とりあえず、勝手に話を決めたマグ姉には後で説教をしよう。他の種類の甘味なんて、思いつくだろうか?


 さて、薬も手に入ったし、約束も果たすことができたし帰るか。僕達は、目配せをして帰る支度をさせた。すると、ミヤが僕の袖を引っ張り、今日は夕飯をここでご馳走になっていきましょう、と囁いてきた。僕は、迷惑になるから帰るぞ、とミヤに言うと、見るからに落胆した顔になった。ミヤは、エルフの里の食事……というか魔界の料理が好きだからな。


 「我が君よ。食事の支度をしてある故、食べていくがよい。ケーキなるものを馳走になったのじゃ。そのお返しと思ってくれてよい。もちろん、それ以外にも期待して良いぞ」

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