色綿糸
スタシャに改めて染料液の作成を依頼してから、しばらく経った頃、ホムンクルスが屋敷にやってきて、染料液の入ったカゴを持参してきた。前の染料液と同じように見えるが……ホムンクルスは何も言わずに去ろうとしていた。僕は、ホムンクルスを止め、スタシャの様子を聞いた。
「スタシャ様、忙しい。ミスリル手に入って興奮。今も実験中」
僕が頷くと、ホムンクルスは足早に去っていった。ミスリルを手渡してから、スタシャの様子を見ることがなかったので少し心配していたが、杞憂だったようだ。とりあえず、染料液が使えるかどうかを僕が判断できるわけではないので、魔牛牧場に行くことにした。ミヤも同行してくれるようだ。
魔牛牧場に到着すると、ミヤに染色ができる彼女を呼んでもらうことにした。今回は、ミヤに引っ張られてくることはなく、自分の足で来て、僕に挨拶をしてきた。彼女の変化に少し戸惑いを思えながら、染料液を鑑定をお願いした。彼女は、僕から手渡された染料液の瓶を大事そうに一つずつ確認をしていく。その手際はプロのようで、緊張感のようなものが漂う。横では、トマトジュースを浴びるように飲んでいるので、緊張感が一瞬で薄れてしまうんだけど。
「ロッシュ様。この染料液は魔界でも手に入らないと思われるほど、高品質のようです。これならば、要望にお答えできると思います」
僕は、とりあえず安堵した。これでダメだったら本当に途方に暮れるところだった。僕は、さっと綿糸の束をいくつか取り出し、彼女に差し出した。彼女も僕の意図するところがすぐにわかったようで、早速染色作業に入った。通常、綿糸の不純物を取り除き後、染色液に浸け、乾燥させ、また染色液に浸け、乾燥させるを繰り返し、希望の色に近づけていく工程をたどる。そのため、場合によっては一ヶ月以上もの長い期間を必要とするのが染色工程である。
しかし、彼女は染料液の入った瓶と綿糸を並べ、魔法陣を展開すると、綿糸が淡く光り、徐々に青色に染色されていく。数秒で、キレイに青く染色された綿糸がそこにはあった。瓶の中を覗くと、いくらか液が減っていた。綿糸を触ってみるとサラサラとした肌触りで乾燥しているのが分かった。すごいな。こんな短時間で染色を終わらせることが出来るなんて。待てよ。
「これって、使っている内に色が無くなっていくことはないか? 以前、魔力切れで魔力糸が消えたことがあったんだ。それと同じことは起きないか?」
彼女は、少し黙ってからニコっと笑った。
「それはないですよ。というか、ありえないと言ったほうが良いですかね。私が出来るのは、特性の改変のみです。もともと特性があったものを変えることが出来るだけで、追加やないものに特性を付与することは出来ないんです。この綿糸には特性はないですから。ただ、経年劣化で色褪せはあるかもしれませんけど」
それは良かった。着た途端、色が落ちたのでは意味がないからな。すると、トマトジュースを飲んでいたミヤが割り込んできた。
「どうやら話はついたみたいね。これからは、彼女に染色の仕事をお願いするということでいいの?」
僕は、頷き、彼女に意向を聞くと、是非やらせてくださいといってくれた。
「そう。それじゃあ、名前を彼女に与えてくれないかしら?」
いつものが来たか。彼女には、エマルと名付けた。
「じゃあ、エマル。残りの綿糸を各色で染色してもらえないか?」
エマルは、はい!! と元気よく答えて、黙々と綿糸に色を付けていった。僕は、エマルの仕事を見ながら、トマトジュースを飲んで時間を潰していた。しばらくして、色とりどりのキレイな綿糸が、テーブルの上に山のように積また。一つ一つ手に取ってみたが、本当にキレイだな。エマルに、七色以外の色は出来るのかと聞くと、各色を配合すれば出来ると答えたので、試しに、橙色をお願いすると、エマルはすぐに仕上げてくれた。素晴らしい技術だ。
エマルには、今後も綿糸を持ってくるから、染色をしてもらうように頼み、僕は色綿糸を持って服飾店のメトレーを訪ねた。色綿糸を手渡すと、メトレーの顔色が変わり、興奮をしている様子だ。生地にしてもらうように頼もうとしたが、言う前に色綿糸を持って機織り機の前に座り始めた。しばらくすると、リズミカルな音が店の中に響いてくる。メトレーはかなり集中しているため、夫のトールに服の試作をお願いした。
「ロッシュ村長。今回はどのような服にいたしましょうか?」
そうだな。せっかくだから屋敷の女性陣全員に服を送ろう。夏服が良いだろう。
「うちの屋敷の女性に送りたいのだ。寸法はトールに任せるぞ。夏服がいいな。デザイン等はトールに任せてもいいか?」
もちろんですとも、とトールが快諾してくれたので、僕はミヤと一緒に屋敷に戻ることにした。ミヤもその場にいいたので、自分のために服を作ってもらえることを知って嬉しそうだった。
「随分、うれしそうだな。ミヤ。前は、自分の服は自分で作った方って言ってたじゃないか。今回だって、そんなに嬉しくないと思っていたんだが」
「あのね。ロッシュ。好きな人から貰ったら何でも嬉しいのよ。それに、その服はロッシュが頑張ったから作れるんじゃない。それで嬉しくない女性なんていないとおもうわ」
僕は、ミヤから非常識人だと罵られた気分になった。もう少し気を付けて発言することにしよう。
しばらく経った時、トールが新作を持って屋敷にやってきた。すぐに居間に通して、屋敷の女子たちを集めた。トールは、色綿糸で作った生地をまず取り出した。各色の色がついた生地に女子たちは、すこし興奮の色を隠せないでいた。中には、グラデーションの生地などあり、メトレーの技術と遊び心を感じることが出来た。
続いてトールは五つの包を取り出し、それぞれを女性たちに配った。
「ロッシュ村長。夏と言うので、ワンピースを拵えさせていただきました。一応、色を変えてあり各服には色綿糸で刺繍を施してあります」
そういってから、女性たちは思い思いに包を開け、服を自分に当てて、お互いに見せあっていた。基本的には、髪の色に合わせているようで、刺繍がとてもキレイに出来ている。トールがこんな技術を持っていたなんて……隠していたな。トールを賞賛して、これを村人にも提供してほしいと頼むと、トールは難しいそうな顔をした。
「正直、この刺繍は一着作るだけでも数日を要します。今回は特別に作らせてもらいましたが、村人に提供するのは少し難しいです。もう少し、職人が増えてくれれば出来るんですが……」
もう少し職人が欲しいところだな。そろそろトールたちには弟子を養成してもらいたいところだな。一応打診だけはしておこう。それにしても、染色が入っただけで、服が持つイメージがこうも変わるとは思わなかった。女性たちも喜んでいるようで、本当に良かった。マグ姉も気に入ってくれたみたいで、何か考え事をしているようだ。
「ロッシュ。ちょっと相談なんだけど。成人式の時に着る服は、この色綿糸を使って新調するのはどうかしら。今年は、成人式をするのは、数人しか居ないから、村からのプレゼントということで。どうかしら?」
僕はもちろん、と了承し、トールにも聞くと、時間を貰えれば、と言うので、マグ姉の計画通りにすることにした。
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