マリーヌ

 マグ姉と今後について話してから、しばらくして、マリーヌが目を覚ました。マグ姉さんは、まだ、本調子とはいかないみたいで、夕飯後すぐに、寝てしまった。その直後に、マリーヌが、僕とエリスがいる居間に現れた。まだ、寝ぼけているのか、今どこにいるかわからない様子だ。


 マリーヌは、透けそうで透けないエリスの寝間着を着ているので、少し目のやり場に困った。それを察した、エリスは、すぐさま自分の羽織っていた服をマリーヌに掛けた。なぜか、僕がエリスに睨まれたが……仕方ないじゃないか……


 マリーヌは、自分の状況がなんとなく分かってきたみたいで、自分の格好を見て、すぐにしゃがんで、自分の体を隠す仕草をした。マリーヌにも、睨まれてしまった。僕は、健全な男の子の反応をしていただけなのに、なんで、女子たちに睨まれなくてはいけないんだ……


 とりあえず、マリーヌを落ち着かせるために、ソファーに座らせた。マリーヌも流石に貴族だ。優雅な所作で、ソファーに座った。マグ姉を見てなかったら、ドキドキしていただろう。マリーヌにコーヒーを出すと、すごく喜んでくれた。一気に飲んでしまったので、エリスにお代わりを要しするように頼んだ。


 「熱くなかったか? 」

 「はしたない真似をしてしまいましたわ。わたし、コーヒーに目がないものですから……このコーヒーすごく美味しいですわ。もう飲めない味と思いまして、つい……」


 今や、コーヒーも貴重品になってしまったんだな。屋敷に大量にコーヒーがなければ、今頃は、たんぽぽコーヒーでも飲んでいたかもしれないな。

 

 お代わりを持ってきたエリスが、マリーヌに、屋敷に着いてからの事を説明すると、二日も寝ていたことにびっくりしていた。


 「そんなに寝ていたなんて、大変ご迷惑をおかけいたしましたわ。イリス辺境伯様」


 ソファーに座っていたマリーヌが、立ち上がり、頭を下げてきた。マグ姉もそうだけど、貴族だからって偉ぶることがなくて、すごく好感を持てるな。僕は、とりあえず、マリーヌをソファーに再び座らせた。彼女は、まだ体力がない状態だ。長く立たせるのは負担なはずだ。


 「マグ姉にも言ったが、気にしないでくれ。それに、イリス辺境伯と呼ばないでもらいたい、ロッシュと気軽に呼んでくれてかまわない。僕はただの村長にすぎない。それと、助けたのはライルだ、僕は何もしていない。ライルには、後で感謝を言ってもらえると助かる。因みに、ライルっていうのは、僕の部下ではないぞ」


 僕が、矢継ぎ早に言うものだから、マリーヌは、キョトンとした顔をしていたが、徐々に合点がいったのか、軽く頷いた。それより、小さな声で、マグ姉……と呟いていた。どうやら、そっちのほうが気になるようだ。


 「まだ、マリーヌは、体調が本調子ではないので、しばらくは屋敷の方に泊まってくれ。これは、マグ姉にも伝えて、了承をもらっているから……マリーヌも気兼ねしないでいいからな」


 「ご好意、感謝いたします。ただ……今は、まだ休みたくありません。お時間があれば、もうちょっと、話をしませんか? マグとは、他にはどんな話をしたのですか? 」


 僕は、マグ姉と話した内容をかいつまんで話した。主に、薬師に関することだ。その話をすると、マリーヌが悩んでいた。きっと、自分の今後の仕事について考えていたんだろう。マグ姉が仕事をすることを選んだのに、自分だけはしない訳にはいかないと思ったのかな? しばらくの時間、悩み続けていた。僕の飲んでいたコーヒーが空になるくらいに……すぐにエリスがおかわりを持ってきてくれた。ほんと、エリスってこういうとこに気が回るな。


 「自分の仕事について考えていました。しかし、恥ずかしい話ですが、私にはマグのような特殊な技能もありません。精々、文字が書けるくらいしか能がありませんわ。マグは、将来のことを考えていたのに、本当にお恥ずかしい限りですわ」


 どうやら、悪い方向に自分を追い込んでしまったようだ。気が滅入っているときだから、尚更なんだろう。僕もマリーヌの仕事を考えていた。こう言っては何だけど、マグ姉みたいに活発な感じがないから、とても農業をするのは難しい気がする。それよりも、何かないかな……字が書けるなら……子供が読めるものを書いてもらうってのはどうだろうか。今は、生活が苦しく、子供達が勉強できる環境を作ってやることは出来ないだろうが、近い未来、もう少し、豊かになれば、子どもたちの教育に力を入れることが出来る。その時のために、本を用意しておきたいな。マリーヌに提案してみるか。


 「マリーヌ。僕からの提案だが……子供向けの本を書いてみないか? 子どもたちの識字率も上げたいし、将来のために勉強は欠かせないだろ。そのためには、本が必要不可欠だ。それを書いてもらえないか? 」


 マリーヌは、またしばらく考え……答えを出したようだ。


 「ロッシュさんの提案を受けたいと思いますわ。ただ、本と言っても、何を書いて良いものか……」

 「それは、おまかせします。この屋敷に書庫があるから、それを写本してもいいし、マリーヌが今まで学んだことを、本に書いてもいい。幸い、紙だけはたくさんあるからな、自由に使ってくれ。どうだ? 」


 マリーヌは、頷き、わかりました、と答えた。後は、マグ姉と旅の話を聞いたりしていた。ふと、疑問に思ったことをマリーヌに聞いてみた。


 「答えづらいことだったら申し訳ないが……」


 僕がそう切り出すと、マリーヌは察してくれたようで……


 「私が牢獄に入っていたという話ですね。この話は、あまり思い出したくない話なのですが、ここでお世話になる以上、身の潔白を示さなければならないでしょう。私は……」


 話がものすごく長かった。要約してしまうが、マリーヌは、婚約関係だった第二王子を、庶民の編入生と取り合いになってしまったんだって。第二王子は、最初は、庶民の子と馬鹿にしていたんだけど、段々に惹かれ始めてしまったんだと。ついには、第二王子は、マリーヌに見向きもしなくなってしまったと。それだけで終われば、まぁ、マリーヌ可愛そうだねって感じだったんだけど、第二王子は、マリーヌに敵対的な態度に急変した、と思ったら、理由も分からず、投獄されてしまったんだって。投獄中は、すごく苦しい思いをしたみたいだが、そこには、触れたがらなかった。


 話がよく分からない。というのが、僕の率直な意見だった。それって、マリーヌの行為が第二王子の逆鱗に触れてしまったってことなのかな? マリーヌって伯爵令嬢でしょ? 王族だからって、そんなに簡単に投獄されちゃうものなの? 貴族という仕組みがよく分からない。


 とりあえず、マリーヌは、投獄されるようなことはしてないらしい。あとで、マグ姉にも確認してみるか。本人からだと、いまいち要領を得ないからな。


 この話は一旦、止めることにした。すでに、深夜をまわり、エリスも近くでウトウトしている。話は、また後でし、本の事についてだけ、確認した後に、部屋に戻ってもらった。僕は、エリスを起こし、部屋に行くように促した。


 僕も早く寝よう……


 後日、マリーヌについて、マグ姉に確認したところ、概ねマリーヌの言う通りだったらしい。ただ、貴族と庶民の常識の差が軋轢を産んでしまったみたいだ。第二王子は、庶民の娘に惚れきっているから、マリーヌが庶民の娘に手を出していることが気に食わなかったみたいだ。


 マリーヌが投獄されたのは、王の預かり知らぬことみたいだ。第二王子が勝手にやったことみたい。職権乱用も甚だしいな。それと、王家の者には、裁判を通さずに投獄できる王家侮辱罪というのがあるみたい。王家には、絶対的な力が付与されているのだな、と思った。しかし、王家はもうない。その法律で苦しむものはいなくなるだろう。


 僕は、王都に公爵が第四王子を擁立していることをすっかり忘れていた。

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