マーガレット

 マーガレットお姉さんとマリーヌさんには、しばらく屋敷に滞在してもらうことにした。強気に振る舞っていたが、長い旅のせいで、心身ともに衰弱しているのが、目に見えてわかったからだ。

 屋敷に着いた日は、二人共、すごい勢いで夕飯を食べた後、すぐに眠りについていた。マーガレットお姉さんが、次に目が覚めたのは二日後になってからだった。マリーヌさんはまだ起きてこない。


 僕が執務室にいると、エリスがマーガレットお姉さんが目覚めたことを告げにやってきた。エリスに、ありがとうと告げ、食事とお風呂を用意してくれるように頼んだ。マーガレットお姉さんは、夕飯を食べた後、旅塵も落とさずに寝てしまったからな。


 僕は、来年の農業計画を一段落着いた頃には、夕方になっていた。ドアがノックされ、エリスが夕飯の報せをしに来たのかなと思ったら、マーガレットお姉さんだった。


 「仕事中、お邪魔だったかしら。夕飯前に少しお話がしたくて……」


 そうか。あの日は、言葉数少なく、寝てしまったせいか、話らしい話は出来なかったんだな。僕は、ソファーに誘導して、話す態勢を整えた。さすが、そこは、一国の姫だった女性だ。優雅な佇まいでソファーに座った。僕は、その仕草をみて、息を飲み、すごくきれいな人だなと思ってしまった。


 「私が、この村に到着した時、ロッシュにはお礼を十分にすることが出来ませんでしたね。本当に助かりました。もう少し、遅ければ、マリーヌと私は、命を落としていたかもしれません。ありがとうございました」


 姫が、僕に頭を下げた。僕は、ただただ萎縮するのみだった。


 「助けたのは、ライルですし……僕は何もしてない。それに、僕達は親族なんでしょ? 助け合うのは当然だよ」


 僕は本音を言ったつもりだったが、姫には不満だったらしい。


 「ロッシュは、辺境伯なのでしょ。ライルというのは部下ですよね。部下の功績はすべて貴方のものなんですよ。その自覚をしっかり持ちなさい。それに、親族だからって甘えるつもりはないです。イリス領に置いてもらう以上は、私も働く覚悟ですよ」


 ほえ〜。少し呆気に取られていた。正直、この世界に来てから、僕を正面から叱ってくれる人っていなかったから、すごく新鮮に思えた。それに、権威を振りかざさないことに、すごく好感をもてた。


 「わかりました。でも、イリス領といわずに、ただの村と呼んでください。僕は、もはや辺境伯ではなく、ただの村長です。僕は、この村人たちをとにかく、餓えないようにしたいんだ。それと、僕はライルを部下ではなく、共に生きる村人、仲間だと思っているんだ。だから、ライルに後で感謝を言っておいてほしいんだ」


 マーガレットお姉さんが難しそうな顔で少し考えていた。なんか、変なことを言ったかな?

 「私の思慮が足りなかったようですね。私が一番、王家がなくなったことを知っていたのに……。ライルという者には、後で感謝を伝えておきましょう。ですが、ロッシュに感謝している気持ちは今でも変わりませんよ」


 とりあえず、分かってくれてよかった。


 「それにしても、偶然でもライルが、マーガレットお姉さんとマリーヌさんを連れて来れくれて、本当に良かったよ。そうでなければ、今こうして話なんて出来なかったんだから」


 「それはね……偶然ではないのよ。マリーヌと私は、王都から真っ直ぐ、イリス領に向かっていたのよ」

 それは、変だな。僕とマリーヌさんには面識はないし、マーガレットお姉さんとは、幼少に会ったきりだ。それに、僕なんかマーガレットお姉さんのこと、思い出すことすら出来なかった。僕は、不思議そうな顔をしていると……


 「不思議でしょ。私も不思議なのですが……以前に、辺境伯様に、お会いした時、「困った時があったら、必ず私を頼れ。助けになる」 と言われたのを覚えていたんです。もう、私には、誰を信じていいか分からず、あの言葉が頭に浮かんだのよ。辺境伯は、巷の噂で、戦死したと聞かされていましたが、辺境伯の領土に行けば、何とかなるかもしれない……そう思い、マリーヌと私は、イリス領を目指していたのよ。ですが、ロッシュの仲間のライルという者が通り過ぎる偶然がなければ、今、ここに私達はいなかったのですから、それは、本当に良かったのだと思っていますよ」


 父上が、そのようなことを……僕は、父上の言葉を守っていこうとすぐに決意することができた。父上のおかげで、村は豊かになる素地を作ることが出来た。その恩は、ここで返すべきなのだ。


 「父上の言葉は、僕の言葉と思ってほしい。必ずや、マーガレットお姉さんの助けになろう」


 「ふふっ。私はもう助けられましたよ。さっきも、言いましたが、この村で、ロッシュの庇護に入るつもりはありません。ちゃんと自立して、この村に貢献しますよ」


 なんて、素晴らしい人なんだろうか。王族ってわがままなんだろ? って思っていた自分が恥ずかしい。本人がやる気を出しているのだから、それは、尊重してやりたいと思う。でも、何をやってもらおうか。特になければ、農業をやってもらおうと思っているんだけど……


 「私は、薬草を栽培し、薬を作りたいのですけど。どうですか? 」


 どうですか? と言われてもなぁ……薬なんて、素人が手を出していいものなんだろうか?


 「私は、少し薬の心得があるのよ。ロッシュは知らないと思いますけど、私には弟の第一王子がいるんですよ。そのおかげで、私は王位継承権から外されて、自由に生活させてもらいました。将来、どこかに嫁ぐか、自分で生活するしかなかったですから、どちらに転んでもいいように、自活する方法をずっと模索していたのです。それで、目を付けたのが薬師だったのです。ちょうど、宮廷に腕のいい薬師が出入りしてまして、その者に師事をお願いして、勉強をさせてもらいました。薬草も自分で作ってましたのよ。ふふっ。それにね、旅の途中は、私の薬を売って、路銀の足しにしていたんですから。だから、薬師としてやっていけると思っているのです……どうですか? 」


 そこまで、考えて、勉強もして、実際に商売までしているなら、信頼しても大丈夫だろう。


 「そこまで、考えているなら、村では薬師をやってもらおうと思う。薬草の栽培もするということは、畑も準備しないといけないな。薬草の種なんかは、どこで調達するとかの目処は立っているのか? あと、薬は、体力回復のものを中心に作ってもらえると助かる。怪我や病気は、僕の魔法で治すことが出来るが、体力回復だけは、どうしようもないんだ」


 マーガレットお姉さんが、びっくりしたような顔をしていた。


 「ロッシュは、立派な村長なのですね。さっきと顔が全然違いますわ。まずは、薬師として認めてくれたことを感謝します。それと、体力回復を中心ということですと……いくつか、薬草の候補は浮かびます。ただ、調達の目処はまだ……。この村の周辺を調査してから、判断でしてもよろしいですか? その後で、畑を準備するということで? 」


 だいたい話がまとまったな。この村に、薬局を絶対に必要なものだと考えていた。もっとも、もっと先になるものだと思っていたが……。


 「ロッシュ、最後に。私のことは、マグと呼んでください。親しいものには、そう呼ばれているので……」


 僕は、それ以降、マーガレットお姉さんを、マグ姉と呼ぶようになった。少しは、距離が近付いただろうか。僕からは、もう少し、気さくに話しかけてくれるように頼んだ。他人の感じがしてさ……僕の、唯一の親戚だもん。僕は家族のように接したいと思っていた。その後、夕食を共に食べた。マリーヌさんが目覚めたのは、もうしばらく経ってからだった。


 一ヶ月後……


 雪が溶け、春の芽吹きが一斉に始まった頃、僕とマグ姉は、薬草の調査をするために、近くの森に来ていた。ライル達自警団にも同行を頼んだ。一応、王族だから、万が一を考えて、警護に当たってもらった。マグ姉は、それを分かっていながら、何言わずに受け入れてくれた。


 マグ姉が言うには、薬草は、春が一番種類が多いらしく、効能も高いとのことだ。森を探索していたが、最初のうちは全く、薬草が見つからず、途方に暮れていたが、自警団の団員が、もしかしたら、見つかったかもと報告してきたので、その場所に案内してもらった。森を一望できる小高い場所に、少し開けた場所があった。そこには、森では見なかったような草が生い茂っていた。


 「これは……ロッシュ、すごいものを発見したわね。こんなに薬草が自生しているところを見たことがないわ」


 マグ姉は、すぐに、自生している草を丹念に調べた。どうやら、薬草の群生地帯だったようだ。望みの薬草を見つけることが出来たようだ。更には、希少な薬草も発見することが出来たと、マグ姉はご満悦だった。何に使うかは、今度、ゆっくり聞いてみよう。


 たくさんの薬草を採ることが出来た僕達は。早速、屋敷近くの畑に定植し、薬草を栽培を開始することができた。


 「マグ姉、薬草の栽培なんだけど、野菜とかと同じでいいのかな? 僕は、薬草栽培をしたことがないから分からないんだ」


 「基本的には同じでいいと思うわ。ただ、薬草は、清らかな水を好むのよ。だから、井戸ではなく、湧き水を使うのが理想的なの。幸い、この屋敷内に、湧き水が出ているところがあるから、その水を使いますね。それで、いいかしら? 」


 「もちろんだよ。栽培でだったら、何でも使ってよ。じゃあ、肥料とか、こっちで用意するから、それを使って欲しいかな。肥料の指定があれば、調達も出来る限りするよ」


 「ありがとう。本当に助かるわ。ロッシュの庇護に入らないと言っておきながら、なんでも頼みっぱなしなんて恥ずかしいわね」


 「そんなことないさ。誰だって、最初は、誰かに頼らなければいけない時はあるさ」


 「ふふっ。ロッシュは時々、大人のようなことを言うのね。それだけ、この残酷な世界は、貴方から子供時代を奪ってしまったのね」

 マグ姉は、すごく悲しい顔をしていた。ん〜僕は転生者だからなんだけど……マグ姉が妙に納得しているみたいだから、放っておくか。栽培について、話を戻した。


 マグ姉の望みどおり、できるだけ、群生地の環境に近づけるため、最初は、群生地周辺の土をいくつか持ち帰り、定植時に利用してみた。あとは、様子を見ながら肥料を与えてみよう。その辺は、マグ姉と相談しながら、少しずつ、栽培法を確立していけたらいいな。


 あとは、薬を販売する場所が必要となるか……レイヤに、今年、最初の建築をお願いした。マグ姉の薬局を建設してもらうことにしたのだ。レイヤは、大張り切りで、建築に取り掛かってくれて、本当に助かった。今回は、完全に新築なので、とにかく、人がたくさん来ることを前提に、間口を広くとってもらうことにしたのだ。こうすれば、混雑したときでも、客をさばくことが出来し、急患が出ても、対処しやすくなる。


 とりあえず、薬草が収穫できるようになるまでは、開店休業状態だけど、しょうがないな。まだ、薬局の住居部は出来ていなから、しばらくは、マグ姉は、屋敷で住むことに決まった。


 「もうしばらくお世話になるわね。そういえば、さっき、貴重な薬草が見つかって言ったわよね。あれね……強壮剤の原料になるものなのよ……いつでも、言ってね。作ってあげるから」

 顔を赤らめながら、マグ姉はもじもじとしていた。強壮剤って……そうゆうことだよね? 子供にどうしろっていうんだい? もう少し、大人になってからお願いします!!


 マグ姉は、これから出来る薬局を想像しながら、建設予定地に立っていた。自分の店を構えることが出来て、ご満悦のようだ。


 さて、そろそろ肥料作りを始めようとしようか。

 

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