二年目
肥料作りとミルク
「ロッシュ村長、ようやく春がやってまいりましたな。今年の作付けは、去年、区画整理した畑に順次、始めてもよろしいでしょうか? 」
ゴードンが、朝から張り切った口調で、僕に相談してきた。去年は、ほとんど、土木に時間を割いてしまって、畑には全く着手できなかった。今年は、きれいに整地された畑で、作付けを開始できる。これだけでも、土地利用の効率は飛躍するだろう。あとは、肥料が必要となるが、肥料は一朝一夕に作れるものではないからな。
「そのように進めてくれ。私は、肥料づくりに着手しようと思う。村人を数名、集めてくれ。それ以外は、皆、畑を耕すのと畝作りと種まきの方に回ってくれ。それと、木灰と石灰を用意してあるから、それも撒いておいてくれ」
「ついに、肥料づくりが始まるわけですな。後学のためにどういうものを作るか、教えていただきたいのですが」
「そうだな。今回作るのは、
ゴードンがちょっと頭を傾げた。そうだろうな。この村には、牛や豚がいない。
「ふふっ。去年の秋からいるではないか……」
そう、魔牛が……。ミヤの眷属のまとめ役であるサヤに頼んであったのだ。冬の間、魔牛のフンを集めておくように。その甲斐もあって、十分な量が集めることが出来た。魔牛のフンは、見た目は牛糞だが、光沢があるのが特徴だ。魔牛で厩肥を作ったことはないが、試す価値は十分にある。それに、厩肥を作れれば、秋作の野菜の全部とはいかないまでも、一部で使うことが出来るだろう。そうすれば、品種改良で、収量を上げることが出来るはずだ。
肥料の増産は、魔牛の増加を意味するが、すぐには難しいだろう。そうすると、品種改良を進めていき、よりよい品種を作り上げていくほうが生産的だな。ふと、ゴードンを見ると、なんだか、微妙な顔をしていた。
「それは……大丈夫なのですか? フンとは言え、魔の森の魔獣のものですよ。私は少し不安を感じますが……何が起こるのか」
やはり、そうだよな。まだ、ミヤの眷属達の頑張りで、魔族への偏見は少しずつ薄れてきてはいるが、無くなるまでには至っていない。魔獣は、もっと酷いだろう。僕は、魔獣への偏見も薄れていることを期待したが、ゴードンですらそうなら、他の村人はもっと拒絶してくるだろう。
「わかった。無理にとは、言うつもりはない。であれば、魔牛の牧場周辺の畑で試験してみよう。その収穫物を見て判断しよう。今年は、村の畑で使うことは出来ないが、仕方がないだろう。厩肥作りは、賛成してくれるんだろ? 」
ゴードンは、作る分には賛成とのことだ。可能性を広げるのが私の仕事だと言っていた。
僕は、準備をするべく、魔牛牧場に向かった。久しぶりに来たが、牛舎は、非常にきれいにされており、魔牛たちも幸せそうに、魔草を頬張っていた。毛並みも艶があり、図体も更にでかくなっていた。サヤの案内で、魔牛のフンを見に行った。
そこには、山があった。首が痛くなるほど、上を向かなければ見ることが出来ないほどだ。これは想像以上だ。臭いもなく、すこし光沢があり、これは上質なフンではないだろうか。これを厩肥にすることが出来れば、いい肥料になりそうだ。
ゴードンが手配してくれた村人たちが、魔牛牧場に来てくれた。皆、サヤたちを警戒しているようだ。こんなに、美形なのに、怖がる要素がどこにあるのか、さっぱり分からない。今や、村にいる娘と大差ないだろうに。
村人たちには、麦わらを細かくする作業をしてもらうことにした。厩肥づくりで細心の注意を払うところは、水分量だ。フンは屋外に放置されていたこともあって、多少水分量が多いようだ。これは、握った感じで分かる。
麦わらを大量に入れれば、肥料づくりの第一弾は完了だ。後は難しいことはないが、強いて言えば、雨に当たらないことが重要だ。レイヤを呼び、簡単な屋根を付けてもらった。
屋根づくりをしている間、レイヤの仕事を見ることにした。去年に比べて、大工の腕が飛躍的に上がっていることが分かった。設計をすぐに作り、寸分違わず、木材を加工し、丈夫な屋根を作り上げていく。レイヤの仲間たちの連携も大したものだった。まだ、肌寒い時分でも、タンクトップという姿には恐れ入った。これが、職人根性というものなのか……タンクトップから覗ける……眼福眼福……
これで、厩肥づくりのほとんどが済んだ。フンの量が、計算できていなかったな。あんなに大量だったとは。おそらくだが、100トンぐらいの量は確保できたのではないだろうか。この量だと、今年作付けの畑の大部分に撒ける計算なのだ。厩肥は場所さえあれば、保管性の高い肥料だ。今年は無理でも、来年に使うことも出来る。まずは、魔牛牧場の周りの畑で実験だな。
厩肥づくりはとりあえず終わったので、解散すると、村人の一人だけがサヤ達に頭を下げたが、他の村人は一目散に村に帰っていった。魔族との溝は一部の人では埋まりつつあるようだな?
サヤ達は、魔牛牧場の事務所的な場所に僕を案内してくれた。初めて入るが、働いている魔族たちの椅子があり、事務所と言うより休憩室みたいな感じだった。そこで、お茶を出してくれた。乳白色のお茶だ。珍しいものがあるものだと、少し恐る恐る飲むと……これ、牛乳じゃない? いわゆる、ホットミルクだ。
僕は、びっくりした顔で、サヤを見た。サヤは、ビクついた様子になった。
「魔牛乳が、お口に会いませんでしたでしょうか? 大変、申し訳ありませんでした。すぐに下げさせます」
ちょっと、待て。魔牛乳とは……いや、分かるよ。魔牛の乳でしょ。うん。分かるけど……
「これって、結構、搾れるの? 」
サヤ達が目を合わせ始めた。ん? 変なこと言ったかな?
「一日、100リットルは採れると思いますが……飲むんですか? 」
飲むから聞いているんだが……ああ、そうか。僕がびっくりしたから、飲まないものだと勘違いしているのか。
「もちろん。僕がびっくりしたのは、牛乳……じゃなかった、魔牛乳があることにびっくりしただけだ。まさか、これが、ここで牛乳に似たものが手に入るとは思っていなかったから」
サヤ達は、ホッとした様子になった。最初にこれを言ってやればよかった。魔牛乳は、牛乳に比べ、濃厚で、バターやチーズにしたら、美味しいものが出来るだろう。そのまま飲むには、少し重いかな。お茶かなんかで、薄めれば、美味しいけど。
僕は、少し、魔牛乳を譲ってもらって、僕は屋敷に戻った。エリスに頼んで、コーヒーに魔牛乳を入れて飲んでみた。これには、屋敷にいる皆が絶賛していた。マグ姉とマリーヌさんは、懐かしいと泣き、ミヤは、恍惚とした表情で、どっかに行ってしまった。魔牛乳……また、一つ、村に貴重な食料が手に入った。
ちなみに、この魔牛乳を飲むと、魔力の回復が少し早くなることがわかったことで、僕の愛飲飲料となり、常に持ち歩くようになった。それを見ていた、村人が少しづつ興味を持ってくれて、亜人を中心にだが、少しずつ飲む人が増えてきている。やっぱり、『魔』が付くけど、牛乳は美味しいよね。
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