ミヤ
ミヤが移住してきてから数日後、ゴードンが訪ねてきた。
「ロッシュ村長、お加減はいかがですか? 魔の森で迷った時の疲れがまだ残っているように見受けられますが……実は、今日来たのは、あの吸血鬼のことなのですが……」
ミヤについてか? そろそろ、言いに来るとは思っていたが……意外と早かったな。吸血鬼を含む魔族と言われる種族は、人間を食うと恐れられている。これは、正しい知識によるものと言うより、ただの恐れから来る噂の類なのだが、なかなかに根深い問題となっている。
「言いたいことは分かっている。皆が、ミヤを恐れているということだろう? 僕にも、それは、よく分かっているつもりだ。まずは、本人を呼ぼうではないか。本人に聞くのが、一番早かろう? 」
エリスに、ミヤを呼ぶように伝えた。小さい声で、露出の少ない服で来るように伝えた。余計な情報はない方がいいだろう。露出が多いだけで、男を誑かすとかの噂が容易に出てくるものだ。
ミヤが姿を表した。村人が着るような質素な服だ。それでも、ミヤの隠された魅惑のある姿態を隠しきれてはいないが……ゴードンもミヤの美しさに目を奪われているようだな。
「わたしは、吸血鬼のミヤよ。エリスから話は聞いたわ。私が、人間を襲うことなんてありえない事よ。これは、ロッシュとの約束。それで、納得してもらえないかしら? 」
ゴードンは難色を示していた。
「ミヤさんが、ロッシュ様を裏切るとは、私は思っておりません。しかし、それだけでは、皆の不安を取り除くことができるかどうか……」
やはりそうだよな。口約束に過ぎないしな。ミヤも落ち込んでしまっている。
「私は、この村にいてはならない……ということか? 」
ゴードンは明言を避けているが、暗にそう言っているようだ。
「ゴードン。ミヤは私を絶対に裏切らない。しかし、それでは、納得せぬ者もいるだろう。だから、ミヤの秘密を打ち明けよう。実はな、ミヤには約束を破れない呪いがかかっているのだ。破れば、朽ちて無くなってしまうという。この呪いがある以上、ミヤは皆に危害は加えないと思っている」
ゴードンは、ちらっとミヤを見た。ミヤは、少しびっくりしていたが、すぐに神妙な顔をした。
「そういうことでしたら、私は信じましょう。私が、皆をなんとしても説得します。ミヤさん、嫌な思いをさせて申し訳なかった。しかし、吸血鬼に対して、悪い印象があることだけ覚えておいて欲しい。あとは、ミヤさんの行動ひとつですべてが決まります。くれぐれも注意してくださいね。」
「わかった……」
ミヤが、涙声になりながら、ゴードンに感謝していた。ゴードンが、屋敷を去っていった。
「ロッシュ、どうしてあんな嘘を? 呪いも解かれているし、破っても強い痛みを伴うだけよ」
「ミヤは、僕を裏切るつもりなのかい?」
ミヤは、すぐに首を振った。
「で、あれば問題ないよ。それに、説得するには、あれくらいの嘘は必要だった。秘密にすることで人は信じたがるからな……ゴードンはもしかしたら、嘘であることに気付いたかもしれないが、ゴードンに任せておけばいいだろう」
「わかったわ。ところで、そろそろ、着替えてもいい? この服がどうも着心地が悪いのよ……」
「着ていた服はボロボロだから捨ててしまっただろ? どうするんだ? 今から調達は難しいぞ」
「それなら問題ないわ。あれは、私が魔力で紡いだ糸で作った服だから。私の魔法で服なんて簡単に作れるのよ」
魔法の可能性の広さに驚いた。そういう魔法も存在するのか。試しに作ってもらった。ミヤが魔法を使ったのか、ミヤの体が光りに包まれ……会ったときの服を着ていた。新品そのものだ。しかし、相変わらず、露出の多い服だな。胸元なんて、今にもはだけそうだし、スカート部分も短すぎる……個人的には好きだが、今は評判を気にするときだ。もうちょっと,露出を抑えた服を頼むと、黒のワンピース姿になった。それでも、丈が短い気がするけど、大丈夫だろう。
しかし、この魔法は非常に役立つ。服を作る職人がこの村にはいないからな。ミヤにやってもらえないだろうか……ミヤに聞いてみると、それは難しいらしい。なんでも、洋服のイメージは難しく、さらに、魔力消費が激しくて、いくらも作れないらしい。すごく便利だが、やっぱり欠点はあるんだな。
……以前、旧都の服飾屋の設備が使える旨の報告があったのを思い出した。そこには、布を織る機織と裁縫の道具一式が揃っているとのこと。ということは……糸さえあれば、服、作れないか?ミヤに聞くと……
「そんなの簡単よ。イメージが単純だし、魔力消費も少ないから。色や材質もある程度、変えられるのよ。すごいでしょ? 」
それはすごい。すごいよ、ミヤ! ゴードンに後で伝えておこう。ついに、この村に服屋が出来ることになるな。候補者を選定しないといけないし、そのあと、店舗も作らないといけない。すぐというわけにはいかないが、ミヤには、サンプルとなる糸をいくつか、作ってもらおう。
ミヤとの会話が一段落着いたところで、ライルが屋敷に来訪した。
「村長さん。ちょっと相談をしたいんだが……一人、自警団を辞めたいと言ってきた奴がいたんだ」
あまり穏便な話ではなさそうだ。僕は、じっくりと話を聞こうと思った。
「そいつは、もともとは鍛冶屋の息子みたいでな、そもそも戦争なんか行けるような性格のやつじゃなかったんだよ。いつも、難しそうな顔してな……俺達とは、少し距離を取るようなやつだったんだ。それは、別にいいんだが……それでも、この村に来て、何とかやってきたんだが、緊張が解けたんだろうな。違う仕事をしたいと、相談してきたんだ。それで、村長さんに仕事を斡旋してもらえないか、相談しに来たんだよ」
「そもそも、自警団は大丈夫なのか。当分、補充とかしてやれないぞ」
「それなら、問題ないだろうよ。特に、敵がいるわけでないし、今はほとんど雑用しかやってないんだからよ」
「それなら、うってつけの仕事がある。鍛冶師はどうだ? 幸い、工房を立ち上げたが、職人が慢性的に不足している。そろそろ、鍛冶の方にも手を回したいところだったんだ」
「そいつは、ありがたてぇ。あいつも喜ぶだろうよ。早速、伝えてくるわ。」
「頼んだよ。僕の方から、ゴードンを通して、工房責任者のカーゴに話を通しておくから。住居とかは、レイヤに相談しておくか。その人には、明日からでも工房に顔を出して構わないと伝えてよ」
「了解!!助かったぜ。村長さん、世話になった」
ライルが屋敷を後にしたあと、エリスに事務的なことを伝え、仕事をしてもらった。しかし、鍛冶職人の息子か……期待できそうだな。そうなると、鉄の輸送か……牛か…馬か……
「牛が必要なの? それなら、魔の森にたくさんいるわよ」
ミヤか。そんな嘘を言ってはいけないよ。僕が森に入ったとき、そんな影も形もなかったぞ。
「当たり前よ。魔の森の牛は臆病で有名ですもの。人なんか来たら、すぐに逃げちゃうわ」
そうだったのか。しかし、牛がいるか……ずっと、探し求めていたものが、こんな目の前にあったなんて。
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