魔の森と吸血鬼 後編
僕は、方向感覚を失い、辺りを彷徨い歩いた。開けてきたと思ったら、崖が目の前に現れた。引き返そうとすると、視界の中に、人が倒れていた。団員か? その人に近づくと、団員でないとはっきり分かった。それは、女性だった。人間でも亜人でもない。桃色の髪をし、整った顔立ち。目を閉じているが、すごく美人であることが分かる。お尻からは黒く細い尻尾が生えており、耳が尖っていた。この特徴は、本で呼んだことがある……吸血鬼だ。
僕は、助けるかどうか迷っていた……吸血鬼は、人間を襲うと言われている。ここで治療して、村人に仇なす存在になるかもしれないと思ったからだ。僕が悩んでいると、吸血鬼が意識を取り戻したようだ。薄目を開けた。
美しい黒い瞳をしていた。やはり、ものすごい美人だ。
「助けて……」
人語が分かるようだ。吸血鬼に呼びかけてみた。
「お前は人に危害を加える魔物か? 危害を加えないなら助ける」
「危害は……加えない、から、助けて……」
僕は意を決して、回復魔法を吸血鬼にかけた。吸血鬼の体が淡く光り、顔についたかすり傷がみるみる治って、きれいな素肌となった。
吸血鬼が、自分の体の痛みが無くなったことに気づくと、すぐに立ち上がろうとした。僕は、吸血鬼の動きに備えて、魔法を放つ構えをした。しかし、吸血鬼は立とうと思っても、すぐに尻餅をついた。体力が限界なんだろう。回復魔法では、傷は治せても、体力は回復できない。
あらためて、吸血鬼をみてみる。露出の多い服がぼろぼろで更に露出が多くなり、大事な部分だけが奇跡的に隠れている程度だ。スタイルがものすごくいいのが分かる。年齢は、僕より少し年上くらいかな。
吸血鬼を警戒していると……
「助かったわ。貴方が助けてくれなければ、魔獣の餌食になっていたかもしれないもの。礼をいうわ。ありがとう」
意外だ。素直にお礼を言われるとは思わなかった。こんな美人だ。ついつい油断してしまう……
「吸血鬼。お前は人に危害を加えないと言ったな。オレは、ここを去るから、付いて来るなよ。そうだ。これを羽織っていろ。魅力的だが、いささか、露出が多すぎる。目に毒だ」
僕は、自分の羽織っているマントを吸血鬼に与えた。
「ちょっと待って。私はミヤよ。吸血鬼って呼ばないでちょうだい」
「そうか。それでは、ミヤ。達者でな」
「だから、待ちなさいって! なんで、すぐに行くのよ。ここが、どこだか分かっているの? 貴方がどこに行くつもりかわからないけど、私だったら、案内できるわよ」
「なに⁉ ここが分かるのか! しかしな……」
「私は、人には危害は加えないわ。魔族の契約は知っているかしら? 私達、魔族は一度契約をすれば、その契約は死ぬまで守り通すわ。これは、血に埋め込まれた呪いなのよ。貴方に攻撃の意志すら向けられないわ」
「それが本当に呪いなら、多分、解除されているぞ。オレの回復魔法は呪いも解くからな。疑うなら、オレに攻撃の意志を向けてみるといい」
「そんな馬鹿な話があるわけ…・・・あれ? 本当だわ。貴方に攻撃の意志を向けても、呪いが発動しないわ。本当なら、死ぬような激痛が走ると言われているのに」
「それなら、お前を信じる理由はなくなったわけだ。おれは、自力でここを脱出する。それじゃあな」
「待ってよ。行かないで。私を連れてって……。私は、吸血鬼の王の娘よ。お父様の部下が反乱を起こして、お父様は命がけで私を魔界から出してくれたの……だから、わたし、行くところもないし、死ぬわけには……それに、あなたは命の恩人よ。わたしは、貴方に従うつもりよ。だから、わたしを連れて行って」
ミヤは泣き崩れて言った。おそらく、彼女の言ったことは本当のことなんだろう。僕は、ミヤを助けてやりたいと思い始めた。こんなに泣いている女性を見捨てることはできそうにないな……。
「わかった。ミヤの気の済むようにするがいい。僕は、ロッシュだ。この森の近くの村で村長をしている」
「ロッシュ……」
ミヤは僕の名前を言うと、眠りに落ちてしまった。安心したんだろう……すごい格好をしているミヤに、僕のマントを掛けた。ミヤは、すやすやと安心した顔で寝入っていた。
数時間すると、ミヤが目覚めた。ミヤは寝る前のことを思い出して、恥ずかしがっている様子だ。あの時は、相当切羽詰まっていたんだろう……
僕はもう一度、村に来ることの確認をすると、ミヤは当然とばかりに、強く頷いた。
ここからは、ミヤに案内されながら、村に行くことになった。しかし、期待を裏切られた。ミヤは村への路が分からなかったのだ。僕達は数日を費やして、森を出ることに成功した。
魔獣って、結構食べれるんだな……更に、魔獣を食べると、魔力回復が早まることが分かった。新たな発見だった。
食後、二人で焚き火の前で座っていた。
「ミヤ、吸血鬼って、人の血は吸うのか? 」
「吸わないわよ。大昔はね、人の血を吸っていたのよ。そもそも、この世界に君臨していたと言われているわ。でもね、人間の逆襲にあって、魔界に逃げ延びたのよ。それが、私の祖先。そこには、血を吸える人間がいなかったから、世代が変わるに連れて、血を吸う衝動がなくなっていったのよ。だから、私の代は、血を吸いたいと思っている吸血鬼はいないと思うわ」
吸血鬼の歴史に触れることが出来た。人間に対して、僕はすこしモヤっとした気持ちになった。僕達はようやく森を脱することが出来た。
森の目の前では、団員が待機していてくれた。僕とはぐれた団員たちは、怪我人が出たものの、皆無事だったようだ。運よく、別動していたライルが、団員たちを発見してくれたのだ。
僕達は、全員無事で、村にたどり着いた。村では、村長行方不明で大騒ぎとなっていたが、団員が先触れをしてくれたおかげで、騒ぎは沈静化していた。僕とミヤは屋敷へと戻っていった。
ミヤのことを、エリスとココに紹介した。ミヤもこの屋敷の一員として迎えること。彼女が、魔族で吸血鬼であることを告げると、びっくりしていたが、ミヤに敵意がないことがわかると、すんなり受け入れてくれた。それどころか、エリスが仲間ができたと、喜んでいた。
早速、ミヤを風呂に入れて、休ませてやった。数日は休ませたほうがいいだろう。僕も後で風呂に入ると、エリスが背中を洗いに入ってくることが日常になってしまった。
「ミヤさんも、ロッシュ様のお嫁さん候補ですね……」
エリスがぼそっと、言ってきた。僕は、聞こえないふりをした。なにやら、エリスが僕のハーレムを作ろうとしている気がした。
話は戻るが……
エリスとミヤが初めて顔を合わせた時、僕に対する言葉遣いについて、一悶着あった。
「ちょっと、ミヤさんと言ったわね。そのロッシュ様を呼び捨てにするのを止めなさいよ」
「何を言う。私は、吸血鬼の王の娘よ。ロッシュには、感謝しているし、ロッシュのためならば、いかようなこともしよう。しかし、人間に媚びへつらうなど出来るわけがなかろう。わたしは、これからもロッシュと呼ぶぞ」
「ぐ……ロッシュ様への気持ちは大したものね。でも、やっぱり、言葉遣いだけは直してちょうだい」
「私は、絶対に変えない!! フンッ!! 」
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