名古屋駅400メートルの壁

@stdnt

第1話

(本作品の時刻表は令和元年11月現在に実在のものを利用している。)


 現代社会は、数十年前では想像もできなかった近未来の様相を呈してきている。張り巡らされた海底ケーブルによって全世界に網羅されたインターネット、縦横無尽のGPS衛星網。犯罪捜査では復元できない通信データはほぼ皆無である。削除したはずの電子データも、通信機器本体だけでなく、ハブと呼ばれる通信経由機器から復元可能な時代となった。履歴も残らず、追跡不可能な情報は皆無となった。また、監視カメラのAI解析により、数万の捜査員によるローラー作戦にも匹敵する捜査システムが実現している。

このような高度に発達した現代社会において、国家間の情報戦は、皮肉なことに一昔前のアナログな方法が一番確実なものとなっていた。


 公安がマークしていたロシラのスパイが、母国で開発された新型のコンピュータ・ウイルスをマイクロ・チップに所持して北海道経由で本州に上陸した。時を同じくして、対馬列島より入国した北鮮朝のスパイの存在も確認されている。両者は名古屋を目指していた。


 公安のマークにより、二人のランデブー・ポイントが特定された。2019年11月24日、名古屋駅の東海道新幹線ホームであった。その時刻は20時30分前後。


 特定されたのは、ランデブーの直前であった。何しろ両者ともに通信機器を一切所持していない。おそらくランデブー・ポイント・タイムともに、事前に決めてあったのだろう。しかし公安の尾行は24時間体制で完璧であった。新幹線ホームでのマイクロ・チップの受け渡しを現行犯でおさえ、両者を確保することは容易であろうと考えられた。


 名古屋駅20時36分、のぞみ409号新大阪行きの最後尾車両より、ロシラのスパイが16番線ホームに降り立った。17番線ホームと同じホームである。改札に向かう素振りはなく、立ち尽くしている。公安の読み通り、受け渡しが始まるはずである。


 同じく20時40分、今度は北鮮朝のスパイがホームに現れた。大阪寄りの階段から姿を現している。両者の距離、およそ400メートル。公安捜査員に緊張が走る。確保は間近だ。


 ほどなくして17番線ホームにのぞみ253号新大阪行きが入線してきた。定刻通りの20時41分である。両者は動かない。のぞみ253号の発車間近、北鮮朝のスパイが突然のぞみ253号に乗車。ロシラのスパイは動かない。受け渡しはホームか、車内か、後続ののぞみ253号にまで手配が回っていなかった公安捜査員は焦る。こういうかく乱の方法があったのか。


 焦る捜査員を前に、のぞみ253号は発車してしまった。北鮮朝のスパイはのぞみの車内に、ロシラのスパイはホームに残っている。捜査員に気が付いて受け渡しを断念したのか。捜査員はロシラのスパイを任意同行し、駅事務室で身体検査をすることにしたのだが・・・マイクロ・チップは消えていた。北鮮朝のスパイは、まんまとマイクロ・チップを受け取っていたのである。両者の距離、実に400メートル。


 今回の作戦はアナログな方法ではあったが、先端技術も使用されていた。マイクロ・チップは磁気テープではない特殊記録媒体だったため、超強力磁石に張り付けてもデータは壊れないものとなっていた。ロシラのスパイが放った超強力磁石とマイクロ・チップは、入線してきたのぞみ253号の先頭車両に飛びつき、400メートル先の同志のもとへと走り去ったのだった。


 北鮮朝によるものと思われる大規模な電子マネーのハッキングが発生したのは、それから数日後のことである。新型のコンピュータ・ウイルスが暗躍していたもののようであった。

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