第二章 光と影

第六話 ここから

「はぁ〜。なんか面倒な事になったなぁ」


 思わずボヤいてしまった。


 街の海沿いに佇む一角、行きつけの喫茶店。学校の帰り、俺はカウンター席でストレートティーを一口。はぁー落ち着く。やはりここのお紅茶は格別ですわね!


 ……おっと、いかんいかん。紅茶飲んでるとやたら上品になってしまうから困るぜ。なんつーか、雰囲気というか、香りというか。紅茶そのものが品格あるんだよなぁー。ちょっとだけ贅沢な気分に浸れる。アレって不思議。エレガント症候群?ロイヤルシンドローム?まぁなんだっていいか。


「あらぁ?いっくん、深い溜息なんかついちゃってどうしたの?」


 ここ『喫茶なないろ』のマスター、九十里晴くじゅうりはるさん(通称ハルにぃ)とは昔から、家族ぐるみの付き合いがあった。世話焼きで聞き上手という事もあり、何かある度彼のもとへ赴き、相談に乗ってもらっていた。


「やっぱり声に出ちゃってた?いやそうかなー?とは思ったんだけど」


「何かあった?またかなちゃんの事?困ったらオネエさんに気軽に相談して!」


 かなちゃんとは妹の事である。ハルにぃにはその件で何度かお世話になった。


「いや、今回はかなの事じゃなくて。新しい部を立ち上げたって話、したでしょ?その最初の活動で体育祭の手伝いするって事になって。それで生徒会に話をする事になったんだけど……」


「けど……?」


「俺がちょっとしたからかい……に遭ってるところを部員の子に見られちゃってさ。それで……」


「ち、ちょっと待って!いっくんまたまたそんな事……。あなたはこれ以上傷ついちゃいけない子だってあれだけ言ったのに!そりゃかなちゃんも心配するわけね」


「あれ、今『かな』って言った?なんでここで妹の名前が出てくるのかなー?詳しく聞かせてもらいましょうか」


「あ、あのね?今のはえーっと……。そ、そう!この間ここに来た時、悲しそうな顔してたなーって思っただけよ、うん!」


「ねぇハルにぃ。俺やっぱ次のライブ出るのやめ」


「あぁそうだ!思い出したわ!!前回お店に来た時かなちゃん、『おにぃがまた傷ついてる』って言ってたわ!それで私は気になって詳細を聞いたの!……それで、次のライブが、何?」


「あぁ、次のライブ、最高のステージにするから楽しみにしてて☆ んーなるほどねー。よーし今日は緊急家族会議決定だな♪」


「お手柔らかに、ね?……それで、話の続きは?」


「ん?……あぁそうだった。そう、それで……」


 部室に正体不明の男がいたのが先日の出来事である。


 **


「誰?」


「え?」


「え?」


「え?」


「……え?」


 七崎、三上、二井見。それぞれが続いて驚くもんだから、伝言ゲームかなにかかと思ってとりあえず反応してみたのだが……。どうやら違うらしい。一様に浮かぶ不満げな顔。俺何かミスったっぽいな。言うのがワンテンポ遅れたせいか!?


「ねぇイロ。一応聞くけど冗談ではないよね?」


「冗談ってなにが?」


「この人の事、本当に知らないの?」


「知らん。てか興味ない。で、誰だその人?入部希望者か?」


「イロハくん、もうそこまでにしといた方が……」


「ん?それってどういう…」


 すると長身の男が前へ進み出てきた。


「どうやら初対面らしいので挨拶を。んんっ。どうもは・じ・め・ま・し・て一条色葉くん。紫苑しおんと申します。よろしく」


「……ご冗談では?」


 **


 俺は他者に無関心選手権で相当な上位を見込めると自負している。だからいつかはこんな風になる予感はあったよね。正直、生徒会長どころかクラスメイトの顔すら怪しい。あれ、うちのクラス何人いたっけな?俺、七崎、それと二井見。あとは……。うーん、まぁ、これだけ把握出来てれば十分でしょ!ね?それにしてもあの人が生徒会長かぁー。どうりで見たことあると思った。……いやこれはマジな。しかしいきなりとんでも無礼を働いたわけですが(この後きっちり謝罪しました!)。


「えーっとそれで、会長様はどのようなご用件でこちらにいらしたのですか?」


「そうだな。まずはその敬語をやめろ。気味が悪い」


「はぁ。それで、一体うちの部に何のようですか?」


「あぁ。一つはお前たちが望んでいる体育祭の手伝いについてだ。話は既に七崎から聞かせてもらった。人手は多いことに越した事はない。こちらとしては大歓迎だ。是非とも協力してもらいたい」


「それは、願ってもない話ですね。ありがとうございます。精一杯努めさせていただきます」


「あぁ、よろしく頼む。二つ目は一条色葉、お前自身の問題についてだ」


「俺……ですか?」


「そうだ。先日の部活動紹介での件、本当は俺が真っ先に事態を収拾しなければならなかった。それなのに、俺の声はみんなに届く事はなく、場は混乱する一方だった。そんな時、お前の、一条の声が聞こえた。お前は俺の出来なかった事を成し遂げてくれた。自分でも、今になって言うのはどうかと思う。だがそれでも言わせてほしい。あの時、俺を救ってくれてありがとう」


 そう言うと、四ツ谷は深々と頭を下げた。


「いやその、やめて下さいよ会長。俺は別に大した事、してませんから」


「そういうわけにもいかん。本当に助かった。ありがとう。それと、同時に申し訳ないとも思っている」


「何故です?」


「そのせいなんだろ?お前がいじめられているのは」


「ごめんねイロハ、勝手に喋って。でも生徒会副会長として、クラス委員として、やっぱり見過ごせなくて……」


「あぁなるほど。そういう……。いえ、問題ありません」


「ダメだ。生徒会長として、この件は容認しかねる。それにお前には大恩がある。心配するな。我々生徒会が全面的にサポートする」


「いやだから俺は全然……」


「具体的には今度の体育祭でお前の名誉回復を図ろうと思う」


「だから俺の話をですね……って体育祭?」


「あぁ。問題解決にあたり、一条、お前の事を色々調べさせてもらった。それで、お前の特技は何だ?」


 色々調べた……?背中に嫌な汗が流れる。コイツ、どこまで知ってるんだ?


「俺に特技はありませんよ」


「全日本中学校陸上競技選手権大会」


「……懐かしい響きですね」


「お前は当時、相当足が速かったらしいな。中学三年に進級した途端、急に部を引退したというのは気がかりだが……」


 なるほど、


「まぁ確かに足はそこそこ速かったのは事実ですよ。やめたのは……他の事、やってみたいなって。小学生時代からずっと陸上一筋でしたから。それで、それがどうかしましたか?」


「体育祭当日、お前には最終競技であるクラス選抜リレーにアンカーとして出てもらう」


「……は?」


 この時俺の中に、何かとてつもなく嫌な予感が過った。

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