Ep.2 許せない事

 フツフツと湧き起こる感情があった。それが怒りだと気づくのにそれほど時間はかからなかった。しかし何故この感情なのかは分からなかった。いや、。周囲を飛び交う罵詈雑言。急速に成長するそれは抑えきれなくて。


 プツンッと何かが切れた音がした。


 

 気がつくと、みんなが俺を睨んでいた。



**

 


 部活動紹介で叫んだ後、俺はすぐに十継先生のもとへと向かった。


「失礼します」


 職員室へ入ると彼女はすぐに見つかった。そして俺がデスクに向かおうとするや否や、彼女からは手を前に出して待ての合図。どうやら俺の意図を汲んでくれたらしい。職員室の外で待つこと数十秒。十継先生が出てきた。


「近くの生徒指導室が空いてるからそこにしましょう」


 言われるがままに彼女の後を追う。すぐに部屋に着き、中へ入る。見慣れた景色が広がる。


「珍しいわね。キミがあそこまで熱くなるなんて」


 席に着くなり十継先生はそう切り出した。


「まだ何も言ってませんが」


「七崎さんの事じゃないの?」


「まぁそうなんですけどね」


「ならいいじゃない。照れ隠ししても無駄よ」


「別にそういう訳じゃ……」


「冗談よ。それで、私に何をお望みかしら?」


「もう検討ついてるんじゃないですか?」


「キミの口から聞きたいわ」


 否定しないんだな。


「分かりました。では、単刀直入に言います。十継先生、『アクティ部』の顧問になってもらえませんか?」


「七崎さんが立ち上げようとしている部よね?でも今日のを見ている限り、部員が集まるようには思えないのだけれど。他には?」


 なんでもお見通しなのな。


「……一人、部に入ってくれそうな生徒を先生に見つけてもらいたいんです。出来ればそのまま勧誘してくれると助かります……」


「なるほどね〜」


 少し逡巡する素振りを見せる。


「うん、分かったわ。私に任せて☆」


「え!?そんなにあっさり……。いいんですか?」


「あなたがここまでするほどだもの。協力しない手はないわ。もしかして、あの子に惚れた?」


「そんなんじゃありません。ただ……」


「ただ?」


「壇上に俺がいたんです。あの頃の。それで、気がついたらあのザマでした」


「そう……」


「今だって、どうにかしてます。こんなの……」


「らしくない?」


「そうですね。俺は最低ですよ。彼女を利用して自分自身が救われる事しか考えてない。俺は……」


「大丈夫、大丈夫だから」


 突然頭を撫でられる。


「そう、ですね。ごめんなさい、今日の俺はどうかしてました。もう、大丈夫です」


 そう言って、その手を拒絶する。


「あとのことはよろしくお願いします。では、俺はこれで失礼します」


 その場から逃げるようにして部屋を出る。人の温もりは、やはり今も怖いままだった。


「七崎白羽さん。あなたならきっと……」


 生徒指導室にはその言葉だけが残響していた。


**


 祝賀会当日。


 今日こそ必ず。私は固い決意を胸に、この日を迎えた。



「ありがとう」



 たった五文字の言葉。けれどそれを口にするのがこれほど難しいなんて知らなかった。勿論、家族には臆せず言える。それが他の場合だと躊躇ってしまうのは何故なのだろうか。この謎は暫く解けそうにない。もう二度も助けてもらった。なのに私は彼に何も返せてない。それどころかまた救われてる。一度目は、もしかしたら彼は覚えてないかもしれないけど。うん、頑張れ私!


 と、意気込んだはいいものの、いざ始まってみるとどう切り出したらいいか分からないわ!そもそもそんな雰囲気じゃないし……。うーん、これは帰り際の方がいいのかしら……?


 結局ズルズル引きずってしまい、カラオケはお開きとなった。帰り道。別れ道で彼が先に遠ざかっていく。ここ、ここしかない。意を決して彼の背中を追う。


「あの、一条くん。ちょっといいかしら?」


「どうした?」


「あ……」


 そう。あと少し、あと少しだから!


「あ……アクティ部の顧問って十継先生よね?」


 ……って何を言ってるのよ私ー!わざわざ走って来て言う事じゃないでしょう!!ど、ど、どうしよう……。


「あぁそうだが」


「部編成の日に教室に来て、そしたらいつの間にか顧問になってた。私、別にお願いしていないのに……。一条くん何か聞いてる?」


「別に何も。まぁ十継先生は面倒見がいいから適任じゃないか?それともあの人は嫌いか?」


 あぁ、会話がどんどん進んでいく。


「そんな事はないけれど……。ごめんなさい、さっきの話は忘れて。私の杞憂だったみたい。さようなら、その、えっと…ま、また明日ね」


 あーっ、会話終わらせてどうするのよ!


 この時私は、もう暫く謝れそうにない事を悟った。私は、こういうポンコツな自分自身がどうにも許せない。

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